第06話 アングラの誓い(2) 地下食堂の熱気
ザワザワザワザワ……。
無数の声、食器のぶつかる甲高い音、食券販売機の無機質な電子音、そして、ラーメンのスープと、揚げ物の油が混じり合った、食欲を刺激する匂い。
そこは、東京大学の安田講堂、その地下深くに広がる「中央食堂」だった。
日本の未来を担うエリートたちが集う学び舎の、その最も低い場所にある胃袋。昼下がりのピークを過ぎても、その熱気は少しも衰えていなかった。あちこちのテーブルで、学生たちがノートパソコンを広げ、あるいは難解な専門書を片手に、喧々諤々の議論を戦わせている。その顔には、若さ特有の万能感と、それを上回る知的な探求心、そして、睡眠不足からくる隈が、勲章のように刻まれていた。
空気に満ちているのは、アカデミズムの気高い香りだけではない。野心、嫉妬、焦燥、そして、安価で腹を満たしたいという、極めて俗な欲望。それら全てがごちゃ混ぜになった、一種独特の、アングラなエネルギーが渦巻いていた。
ヤマト・テルは、その混沌の中心で、満足げに微笑んでいた。
「どうだ、カイ、サク。いい場所だろ?」
彼の前には、赤門ラーメンのコロッケトッピング。唐辛子で燃えるように赤いスープに、こんがりと揚がったコロッケの黄色い衣が浮かんでいる。その二つの色は、彼が破壊すべき【思想の鎖】と【貨幣の鎖】の色を、暗示しているかのようだった。
「別に。腹が満たされりゃ、どこでも同じだ」
そう吐き捨てたのは、次男のヤマト・カイだった。彼の前には、富山ブラックカレーが鎮座している。その、全てを呑み込むような漆黒の色は、彼が担当する【軍事の鎖】の、静かで、しかし絶対的な力を象徴していた。彼は、周囲の喧騒などまるで意に介さず、ただ黙々と、スプーンを口に運んでいた。
三男のヤマト・サクは、二人の兄とはまったく異なるメニューを選んでいた。彼のトレーの上には、山盛りのカットフルーツ。青々としたリンゴと、みずみずしいシャインマスカットの緑。その二色は、彼が解き放つべき【技術の鎖】と【資源の鎖】に、完璧に対応していた。彼は、周囲の学生たちの熱のこもった議論には一切興味を示さず、フォークで器用にりんごを突き刺しながら、兄の言葉に耳を傾けていた。
「ただ腹を満たすだけなら、もっとマシな店はいくらでもあるさ」
テルは、ラーメンを啜りながら言った。
「だが、俺は、ここが好きなんだ。この、むせ返るような熱気がな。日の当たる綺麗なキャンパスで語られる、高尚な理想論なんかじゃない。この地下の、薄暗い、混沌とした場所で、腹を空かせた奴らが交わす、血の通った、泥臭い会話。それこそが、世界を、本気で変える力を持つ。俺はそう信じてる」
彼は、カイとサクの目を、順番に、まっすぐに見つめた。
「だから、俺たちの『盟約』は、ここで行う。十三年前、父さんの前で立てた、あの灰色の誓いを、今日、このアングラな熱気の中で、本物の、血の通った盟約へと、昇華させるんだ」
令化二十四年、初夏。
ヤマト家の三兄弟は、それぞれの試練の時を経て、今、この始まりの場所に集結していた。
長男テルは、大学院を修了し、次なる戦場への準備を整えている。
次男カイは、兄と同じ大学に籍を置きながら、その肉体と精神を、来るべき日のために研ぎ澄ませ続けていた。
そして三男サクは、この春、兄たちを追って、この日本の知性の最高学府の門をくぐったばかりだった。
テルは、ラーメンのスープを一口飲み干すと、まるで芝居の幕を開ける演出家のように、静かに、しかし、力強く、口火を切った。
「さて、始めようか。俺たちの、未来を賭けた、作戦会議を」
食堂の喧騒が、まるで遠い潮騒のように、彼らの周りから遠ざかっていく。
三つの、異形の魂が、今、一つの意志として、未来を語り始めようとしていた。
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