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第06話 アングラの誓い(3) 三つの構想

「まず、俺からだ」


 テルは、ラーメンどんぶりを脇に押しやり、テーブルに両肘をついて、身を乗り出した。その瞳には、狸のように人懐っこい光と、その奥に隠された、冷徹な戦略家の光が、同時に宿っていた。


「俺が担当するのは、この国の『血流』そのものだ」


 彼は、指でテーブルに、見えない川の流れを描いた。


「貨幣。そして、それを支配する思想。この二つだ。歴史が、何度も、何度も、俺たちに教えてくれている。真の覇権は、戦場で生まれるんじゃない。帳簿の上で、生まれるんだ。誰がカネの流れを設計し、誰がそのルールを支配するのか。それだけが、勝者と敗者を分ける、唯一の基準だ」


 カイが、カレーを食べる手を止め、無言で兄の言葉を促す。サクは、ブドウを口に放り込みながら、興味深そうに目を輝かせている。


「俺は、かつてアトランティスが、旧宗主国イギリスに対してやったことを、今度は、俺たちがアトランティスに対して、そっくりそのまま、やってやる」


 テルの声に、熱がこもり始める。


「今の世界情勢は、千載一遇の好機だ。覇権国アトランティスは、自らの傲慢と浪費によって、その力を失いつつある。挑戦国・万里は、剥き出しの野心で、アトランティスに牙を剥いている。奴らは、互いを牽制し、潰し合うことに夢中だ。その隙を、俺たちは突く」


 彼の言葉は、まるで未来を見てきたかのように、揺ぎない確信に満ちていた。


「俺がやるべきことは、二つ。一つは、この国を縛る『貨幣の鎖』を断ち切ること。政府が、自らの通貨発行権という最大の主権を取り戻し、『財源は税収である』という、財務省が七十年以上も国民に信じ込ませてきた巨大な嘘を、終わらせる。デフレという、国家の自殺行為に、終止符を打つ」


「そして、二つ目。この経済的な主権回復をテコに、アトランティスと万里の対立構造を最大限に利用する。光の当たる場所で正論を叫んでも何も変わらない。俺は、永田町という魔窟の、さらに奥深く、この国の『構造』そのものに潜り込み、奴らが使うカードを全て奪い、ルールそのものを、書き換えてみせる。それが、俺の戦いだ」


 テルが話を終えると、食堂の喧騒が、一瞬だけ戻ってきたように感じられた。


 次に口を開いたのは、カイだった。彼の言葉は、ぶっきらぼうで、飾り気がなかったが、その瞳の奥には、獲物を見据える猫科の獣のような、鋭い光が宿っていた。


「俺がやることは、もっとシンプルだ。テルくんの作る、その新しい『道』を、邪魔する奴らを、全て、排除する」


 彼の言葉には、「殺す」でも「倒す」でもない、「排除する」という、無機質で、それ故に恐ろしい響きがあった。


「今の戦争は、古い。大艦隊を浮かべ、戦闘機を飛ばし、ミサイルを撃ち合う。そんなものは、二十世紀の遺物だ。金と資源を浪費し、血を流し、憎しみの連鎖を生むだけ。馬鹿げてる」


 カイは、ふ、と自嘲するように鼻で笑った。


「俺が創るのは、全く新しい戦い方だ。誰にも見えない場所から、誰にも聞こえない音で、誰にも気づかれずに、敵の急所だけを、的確に穿つ。血は、一滴も流さない。死体も、出さない。ただ、敵の戦う能力と、戦う意思だけを、静かに、確実に、奪い去る。まるで、外科手術のようにな」


 その構想は、十三年前、目の前で恩人たちが無残に殺され、それを救えるはずの「力」が、法律に縛られてただ傍観していた、あの日の絶望的な光景から生まれていた。彼の求める力とは、破壊のための暴力ではない。守るべきものを、誰にも邪魔されずに、完全に守り切るための、絶対的な「制御された力」だった。


「俺は、この国の、誰にも見えない『刃』になる。光の当たる道を歩むテルくんの、影となり、その背後から襲いかかる、あらゆる脅威を、音もなく切り捨てる。アトランティスだろうが、万里だろうが、関係ない。俺たちの道を阻む者は、例外なく、排除する。それが、俺の役割だ」


 カイの言葉は、短く、簡潔だった。だが、その一言一句に、彼の激烈な正義感と、揺ぎない覚悟が、凝縮されていた。

 最後に、これまで黙って二人の兄の話を聞いていたサクが、おもむろに口を開いた。彼の表情は、まるで、お気に入りの玩具の設計図を、友達に自慢する子供のように、無邪気で、輝いていた。


「僕がやるのはね、テル兄と、カイ兄の、足元を固めることだよ」


 彼の口調は、兄たちの前でだけ見せる、「わがまま大王」のそれだった。


「カイ兄の言う『見えない戦い』って、すっごく面白いと思う。でもね、そのためには、とてつもないエネルギーがいる。今の日本みたいに、海外から石油やガスを買ってこないと何もできない国じゃ、カイ兄の『刃』は、すぐに錆びついちゃう。それに、食料だってそうだ。お腹が空いてたら、戦えないもん」


 彼の脳裏には、瓦礫の暗闇の中で味わった、絶対的な飢えの記憶と、光の中で消えていった、小さな命の記憶が、鮮やかに焼き付いていた。技術は、彼の世界では、人を救うための、絶対的な光でなければならなかった。


「だからね、僕、考えたんだ。すっごく、美しいアイデア」


 サクは、興奮で少しだけ早口になった。


「エネルギー問題と、食料問題。そして、カイ兄の言う『新しい戦い方』。この三つの、一見バラバラに見える問題を、たった一つの、完璧なシステムで、同時に解決するとっておきの方法があるんだ」


 彼は、身を乗り出し、目をきらきらさせながら、二人の兄に問いかけた。


「ねぇ、テル兄、カイ兄。この国の足元、海の中に、何が眠ってるか、知ってる?」

皆様の声援が、三兄弟の戦いを未来へと繋げます。この物語を多くの人に届けるために、皆様の力をお貸しください!(↓の★で評価できます)


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