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シャットダウン・アンサーズ ‐答想聖解王と問題解決部の少年少女‐  作者: 羽波紙ごろり
【みずがめ座の運勢、最悪の日】
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#2 皆、抱える問題は人それぞれだ

「そういえば、今日俺たちのクラスに転校生が来たぞ」


「転校生? こんな時期に? 胡散臭い話なのだ」



 部室を掃除している途中、的当が歩亜郎に対してそのような話を始めた。聞けば、彼らが所属するクラスに転校生が来たようである。始業式に転校生が来るのはわかるが、終業式に来る理由が歩亜郎にはよくわからなかった。



「面白いヤツだったぞ。銀髪を白い三角巾でまとめていた。掃除が趣味らしい」


「変人なのだ」


「お前程ではないさ」


「え? そ、そうか? うへっへ」


「誰も褒めていないぞ」



 他愛もない話をしていると、ゆっくりと部室の扉が開いた。誰か来たのだろう。彼らが出入口に視線を向けると、そこには左目を黒い眼帯で覆い、金髪をツインテールでまとめた少女が立っていた。ある事情により、歩亜郎の妹ということになっている絶華(たちばな)葉子(はこ)だ。


 彼女もまた、この問題解決部の一員なのだ。



「お、葉子。中等部のホームルームはそんなに長かったのか?」


「そういうわけではないわ。ただ、依頼人を案内するのに時間が掛かっただけよ」


「依頼人? 誰か連れてきたのか?」


「どこにいるのだ?」



 的当と歩亜郎が辺りを見渡すが、葉子以外に誰もいない、ように見えた。



「あの」


「うへぁっ!」


「おいおい歩亜郎。そんなに驚くことないだろ」



 そこにはとても存在感が弱い女子生徒が立っていた。目を離したら消えてしまいそうな、そのような少女だ。銀色の長髪を白い三角巾でまとめ、蒼い瞳がこちらを見つめている。


 先程的当から話を聞いていた歩亜郎は、彼女の特徴に覚えがあった。



「もしかして、こいつが転校生なのか?」


「ああ。彼女が、俺たちのクラスに転校してきた雪上(せつがみ)一舞(いぶ)だ」


「雪上一舞です。よろしくお願いします」



 的当に紹介された一舞はその場でお辞儀をする。随分と礼儀正しい人間であると歩亜郎は思った。少なくとも彼女は歩亜郎なんかよりは確実に礼儀正しい生徒なのだろう。



「大和くん、ですよね? 同じ、クラスの」


「もう覚えてくれたのか? すごい記憶力だ」


「なんだ、お互い知り合いなの? なら、話が早いわ」


「葉子。彼女が依頼人なのか?」


「そう。依頼内容は、サンタクロースの捜索よ」



 葉子の言葉を聞いて歩亜郎の眉毛がピクリと上がるが、すぐに元の位置に戻る。思い出したのだろう。かつて遭遇した、サンタクロースを捜していた通り魔の少女のことを――



「サンタクロース、ねえ。何故、捜しているのだ?」


「妹のためです」


「妹?」


「はい。私の妹、雪上(せつがみ)一無(いむ)です」



 一舞と一無。二人は同じ日に産まれた、双子の姉妹だ。



「一無は、ある男の子と約束をしたそうなのです。サンタクロースを捜す約束を」


「その約束を、何故姉であるお前が守る必要がある? 一無とやらがサンタを捜せばよいだけではないか」


「無理です」


「何故なのだ」


「妹は、もういません。十年前のバレンタイン・デイ、火災に巻き込まれて」


「十年前のバレンタイン? 火災? まさか」


「歩亜郎、何か知っているのか?」


「場所次第だが、な。現場は四季市内の、鴎の園(かもめのその)病院だろう」


「ご存じなのですか?」


「十年前について調べた際に知った。ずいぶんと大規模な火災だったそうだ、な」



 そもそも何故、歩亜郎はわざわざ十年前について調べていたのだろうか。的当の疑問を他所に、一舞は話を続ける。



「私、その病院に入院していたのですが、お見舞いに来てくれていた両親と一無は火災に巻きこまれて。だから、私はせめて一無が病院で会った男の子に、一無のことを伝えたい」



 十年前。四季市内の病院で起きた火災。現場は一舞が入院していた鴎の園病院。一舞自身は看護師の誘導で逃げることができたが、彼女の家族は――



「雪上。お前の事情はわかった。話してくれて、ありがとう」



 的当は一舞の話を丁寧に手帳へまとめていく。


 クリスマスの時期になると、その実在性について世界中で議論されるサンタクロース。サンタさんはいるのか、いないのか。子どもたちの永遠の命題である。


 歩亜郎はサンタクロースの存在を信じていなかった。彼は一度もサンタクロースからプレゼントを受け取ったことが無いからだ。そもそも、彼には幼い頃の記憶がない。本人曰く、キャベツに頭をぶつけてから、昔の記憶が曖昧になったようである。


 このエピソードの真偽は不明だが――


 このような理由から、過去の痕跡を探るために十年前の出来事を調査したのだろう。的当は先程の疑問を解消するために、このような仮説を立てた。



「サンタを捜すのも楽ではないはず。ここまで続けるとは、ご苦労だな」


「歩亜郎、失礼だぞ」



 的当が歩亜郎を窘めるが、彼は帽子を深く被り直すとそのまま窓の外へ顔を向けた。不貞腐れてしまったようだ。そんな歩亜郎を放置して的当は話を続ける。



「この街には問題が山積みだ。だからこそ俺たちがいる」


「それってこの街が、四季市が【IIT(ツインアイティー)実験都市】だから――」



 四季市。歩亜郎たちが住む、陸の孤島ともいえる街。この街の成り立ちを話すには、まず彼らについて説明しなければならない。



「ああ、【答想者(アンサラー)】の住む街だからな。皆、抱える問題は人それぞれだ」



 今から三十年ほど前。世界中で、あるウイルスの騒動が起きた。感染すると妄想や空想を繊細かつ鮮明に抱いてしまい、それが現実となる未曾有のウイルスだ。ヒトからヒトへ感染を広げ人類全体の三割以上がこのウイルスに感染したのである。


 そのウイルスの名は、アナムネーシス・ウイルス。


 妄想と現実の判別ができず、日常を送ることができなくなる人々が出始めたが、いつまで経ってもワクチンが完成することは無かった。それが十年間も続いたのだ。


 そのような状況を打破するために、一人の心理学者が立ち上がった。彼、暮井黄金(くれいこがね)は想造力学という新たな学問分野を開拓し、ウイルスを制御するナノマシン型ワクチンの開発に成功。後にアメイジング・グレイスと呼ばれることになるナノマシンの登場によって、人々はようやく妄想と共存することができるようになった。


 こうしてウイルス騒動は沈静化したのだが、その後アメイジング・グレイスの技術は発展を遂げ、イマジナリー・インフォメーション・テクノロジー、通称IITの分野を確立した。


 ナノマシンの適合者は自身の想像を自在にプログラミングできるようになり、その力を空想超能力、想造力(イマヂカラ)として使役し始めた。


 彼らが答想者(アンサラー)と呼ばれるようになり、人類は新たな共存の道を歩まなければならなくなった。そこで表向きIITの実験都市として、答想者(アンサラー)の保護都市――隔離都市を世界中に建設したのである。


 日本にも実験都市は数多く存在する。その一つが関東地方最大の実験都市、四季市なのだ。



「俺は四季市、好きだけどな。ま、最近は【想造犯罪事件】が多いけど」


「そういえば、一舞さんは以前どこの学校にいたの? 市内の学校?」


「いえ。一年前に市内の病院へ転院してきて、最近ようやく退院できて――だから転校生というより、本当は編入生なのです」



 一舞は幼い頃から身体が弱かったようで、入退院を繰り返していたらしい。最近になって、ようやく体調が安定したことから、学園生活を許可されたのだ。



「よし、決めた。サンタクロースの捜索、俺たちにも手伝わせてくれ」


「待て、的当。お前、正気か? サンタクロースなんて存在しない。捜すだけ無駄だ」


「いいや、まだわからんさ。俺はプレゼントをもらったことがあるのでね」


「それは、お前の親――」


「馬鹿兄貴。それ以上は許されないわ」



 葉子が歩亜郎を制止する。妹として、兄の夢も希望もないような発言を止めたのだ。


 渋々、歩亜郎も一舞の依頼を受けることを承諾する。時間の無駄だと捉えた彼だったが、だからといって他人の想いをいきなり真っ向から否定し続けることに抵抗を感じ、考えを捨てた。


 そして、彼は考え直す。むしろこれは良い機会なのではないだろうか。サンタクロースの実在性、あるいは非実在性のどちらかを支持できれば、自分の中に新たな答えが一つ増えることになる。それは今後の九十九歩亜郎の人生に何らかの影響を及ぼすだろう。


 好奇心と、達成感。それが満たされたとき、自分は何者になるのだろうか。答えを求め、答えに飢えている歩亜郎は、この状況を逆手に取ることにした。



「見つからなくても、文句を言うな。良いな?」


「は、はい!」



 掃除用具を片付け、歩亜郎は外出の準備をする。サンタクロースの居場所、それはどこなのか。サンタはソリに乗ってトナカイと空を飛ぶ。なら、高いところから捜した方が良いのではないだろうか。そう考えた彼は、的当たちに市役所へ向かうことを提案した。



「何だ、歩亜郎。お前も意外とノリノリだな」


「悪よりも悪い悪を目指す者として、最善の手を尽くすだけなのだ」


「はぁ? お前、まだそんなことを言っているのか。ま、好きにしろ」



 歩亜郎の思考回路が矛盾で満ちていることは、改めて指摘することでもないだろう。彼自身、世界に正解は存在しないと考えているため、どうしても考えが独善的になってしまう。


 中学生時代から歩亜郎の大親友である的当だが、いつまで経ってもこの滅茶苦茶な思考を解き放つ彼に慣れることはできていない。しかし、歩亜郎がこのような思考を得るに至った一因に的当も関係しているため、彼の考えを真っ向から否定するつもりはないのだろう。


 しかし、悪よりも悪い、悪。それを目指す歩亜郎を応援することはできなかった。


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