#1 だからほとんど証拠が残らない
「被害亡き、通り魔事件? それは、まさか――」
「そう。一年前のクリスマス・イブを境に、市内で頻発している謎多き事件。最初の被害者はあなたも知っているように我が校の生徒、九十九歩亜郎よ」
冬休み前最後の登校日を迎えた土湖花野学園。その部室棟の一室で、二人の生徒が椅子に座り、机を挟みながら言葉を交わしている。会話の中身はここ、四季市の市内で頻発している犯罪事件について、いかに生徒たちに注意喚起をするかというものであった。
この部屋の主である、朱色の髪をした男子生徒がいつものようにトマトジュースを飲みながら他の部員を待っていたところ、突然、風紀委員である継内瞳がやってきてこのような話を始めたのだ。どうやら冬休み前に行う、生徒たちへの注意喚起も風紀委員の仕事らしい。
トマトジュースを飲んでいた男子生徒――大和的当はこの部室の主として素直に瞳の話を聞くことにしたのだが、会話の途中で彼にとっても馴染みのある事件名が出てきたことで、より一層的当はその話を聞く態度を改めた。
何故なら、その事件の被害者である九十九歩亜郎は的当の大親友であるからだ。
「今月に入ってから、この事件は特に発生件数が増えているようね。九十九歩亜郎が襲われたのも十二月」
「犯人は――【神殺しの魔女】はクリスマスシーズンを狙っているのか?」
「さあ、どうでしょうね。犯人が【答想者】を狙い続けていることは確かよ。あなたも気をつけなさい、問題解決部の部長」
「おう、サンキュー。あ、お前も飲むか? トマトジュース」
「いえ、遠慮するわ」
トマトが嫌いなのだろうか。瞳はどこか渋い顔をしながら部屋を去った。次の部室へ行ったのだろう。風紀委員は忙しそうで大変だ――他人事のような感想を的当は抱く。
(被害亡き通り魔事件、ね。その名の通り、被害者が受けた刺し傷や裂傷などの被害そのものが無くなって――いや亡くなってしまう事件。だからほとんど証拠が残らない)
そう、一年前のクリスマス・イブ。歩亜郎は左手を突き刺されたが、その事実は亡くなり、彼が意識を取り戻すと左手の傷口は綺麗さっぱり亡くなっていた。斬られたという事実そのものが殺されてしまったのである。犯人の強すぎる殺意が、被害者の受けた被害そのものまで過剰に殺してしまっているのではないかと歩亜郎は考えていたが、果たして――あれから歩亜郎は犯人と遭遇していないので、真実は闇の中である。
「ごきげんよぉ、的当」
頭にハットを被った茶髪の少年が部屋に入ってくる。噂をすれば、歩亜郎だ。
「あ、歩亜郎! お前、終業式を欠席してどこへ行っていた?」
「夢の世界へ行っていたのだ」
それはただの寝坊だ。的当は内心そう思ったが、歩亜郎はそんな的当のことなど気にせず、いつものように紅茶を飲み始めた。正確には紅茶ではなく、インフィニ茶という怪しい飲み物である。歩亜郎は強烈なカフェインを摂取しなければ、日中活動ができないのだ。
「他のメンバーはどうしたのだ」
「神社コンビは終業式に出たが、もうすぐ年末年始で忙しいから帰ったぞ」
「葉子とキートは?」
「さあ? デートじゃないか?」
「キート! ブットバス!」
「待て、待て! 俺の勝手な想像だ! 真実じゃない! 落ち着け!」
「はぁ、はぁ……今日は部室の大掃除をするのではなかったのか? 皆がやらないなら、誰が掃除をするというのだ?」
「ああ。だからやるぞ。俺たちだけで」
「えー」
「ほれ、箒」
「掃除を押し付けられるなんて、やはり今日はみずがめ座の運勢が悪かったのだ」
文句を言う歩亜郎と、そんな彼を無視して換気のために窓を開ける的当。
彼らはこの学園の、ある部活動組織に所属するメンバーである。問題解決部を名乗るこの組織では、街や学園で生活を送る人々の小さなものから大きなものまでありとあらゆる問題を解決する活動を行っている。部長である的当を筆頭に、現在六人程度のメンバーで構成されているこの組織を、四季市の住民たちはアンサーズと呼んでいた。