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最終話

 白ちゃんの恋文が消えて、また戻ってきた日の翌日。

「こんにちはー」

 いつものようにわたしたちが保健室で憩っていると、女生徒がひとり、挨拶しながらやって来ました。

「いらっしゃい。どうかした?」

「はい、ちょっと」

 浅川先生に曖昧な返事をするところからして、どうやら病人怪我人の類ではないと知れます。

 はて、とわたしは思いました。それならば、彼女は一体何の用で来たのかと。

 見覚えのないひとでした。黒髪。前髪はおでこの真ん中あたりで切り揃えた姫カット。すこし日焼けした肌と一緒になると、すこしアンバランスなかんじがしました。

 彼女、すなわち小麦姫カちゃんは、とてとてと迷いない足取りで、わたしたちが座るベッドのほうに歩いてきます。

 その視線の先にあるのは、白ちゃんのベッド。

 白ちゃんと夕足先輩が話しをしている、二人の世界でした。

 小麦姫カちゃんは、先輩からすこし離れたところで足を止めます。

「こんにちは、先輩」

「ああ、こんにちは。月島さん」

 ええっ!

「来ちゃった」

 うふふ、とか笑ってどこからともなく奪ってきた椅子に腰掛ける小麦姫カちゃん。

 確かに……よく見ると、そしてよく声を聞くと、それは確かに月島さんでした。

「なっ、何しに来たんですか」

 わたしは思わずそんな声をかけます。

「何しに、って」月島小麦姫カさんは、まるで当然ですみたいな顔で言い放ちます。

「先輩に会いに来たに決まってるじゃない」

 一大事です!?

 うろたえたわたしは白ちゃんを見ますが、彼女は妙に落ち着いたもの。どうやら、何かひみつの談合が彼女らの間でなされたものと思われました。

「よろしくね、衣花」

「よろしく、月島さん」

 うふふ、と笑い合う二人の笑顔。こわいです目が笑ってませんから。



 昨日、放課後。白ちゃんは改めて、先輩に恋文を渡しにいきました。

 ところが、どうやらそこに、月島さんもついて行ったようなのです。

 そのときどんな会話が交わされて、彼女たちの恋にどんな結論が出たのか。それは、まだ、分かりません。

 でも、白ちゃんと先輩と、あと月島さんがふつうに一緒になって話すみたいなこの状況。

 これを見るに、ひょっとしたら、結論なんか何も出てないのかもしれません。

 保留、だとしたら。

 先輩あなた、煮え切らなすぎです。


  + + +


 一咲ちゃんについて、すこし。

 あの場では一応丸く収まったものの、実はわたし、本当にちゃんと「罰」を受けてくれるかはちょっとだけ心配していました。だって、保健室に来てくれだなんて、一咲ちゃんの気持ちというよりわたしたちのわがままですし。

 でも、幸い、彼女はちゃんと約束を守ってくれています。

 それどころか、以前よりだいぶよく話しをしてくれるようになりました。

 どうも、これまであんまり話しをしなかったのは、白ちゃんが好きだという感情を抑えるためでもあったみたいです。

 吹っ切れた、ということなんでしょうか。

 だったらいいな、すっきりできたらいいなと、わたしはそう願います。


  + + +


 ある日の放課後。わたしはいつものように、保健室に入ります。

 二つあるベッドのうち、手前側……すなわちわたしの場所には、今日も涙未ちゃんが寝ています。ベッドからすこし離れた場所、保健室の隅っこには、定位置に陣取る一咲ちゃんの姿。白ちゃんのベッドは、カーテンが引かれていて中の様子は分かりません。

 そして。

「まったく、なんであなたが来てるんですか」

 保健室の真ん中には、最近よく来るようになった、月島さんの姿が。

「ここは保健室ですよ。病人怪我人あるいは保健委員以外は立ち入り禁止です!」

 白ちゃん派のわたしとしては、月島さんが毎日のようにやってきては先輩と白ちゃんの間に割って入るのが面白くありません。

「いいじゃん。っていうか、相坂だって病人じゃないでしょ?」

「涙未ちゃんは」

 今日もわたしのベッドでぐうすか寝ています。よだれ、……あとおなか出てますし。

「……病人なんですよ。たぶん」

「……なるほど」

 神妙な顔で納得する月島さん。

「納得したなら、出てお行きなさい」

「えーっ、でもあたしだって病弱だったよ。貧血持ちだった、中学の頃」

「過去話は不許可です」

「えー」

 わざとらしい声を出して頭を抱える月島さん。顔笑ってますし。前髪さらに刈りますよ。

「だいたい何ですかその髪型は。雰囲気変わりすぎですし」

 茶髪で今風のパーマだったのに、今は若干お菊モード。

「だから前のは作ってたって言ったじゃん。元々こっち系が趣味なんだよねあたし」

「むぅっ。褐色のお仲間たちの元に帰りなさい!」

「何よ褐色って。てゆうか、あたし抜けたしあのグループ!」

 そんなかんじでやりあっていると、月島さんは切り札を出してきやがりました。

「ってゆうか、あたし、保健委員だし」

 見たことないですし!?

 わたし、素早く一咲ちゃんに目配せ。うなずく一咲ちゃん。なんてこったいです。

「さっ、サボりの癖に、権利主張だけは一丁前ですか」

「これからはちゃんと仕事するし。だから、問題なし」

 小憎らしい。

「どうなんですか、一咲ちゃん。この態度」

「……仕事するなら、いいんじゃない」

 一咲ちゃんは、月島さんに対しては妙に甘い気がします。逆に夕足先輩に向ける視線は、若干厳しいような……。やっぱり、完全に白ちゃんが好きだという気持ちが消えるわけではないのでしょう。開き直って、逆に露骨になった感もありますが。

 月島さんは勝ち誇った顔でわたしを一瞥すると、白ちゃんのベッド領域に闖入しました。

「こんにちは、先輩」

「こんにちは、月島さん」

「こんにちは月島さん。今日も来たんだね」

「あ、衣花、こんにちは。いたんだね。体弱いんだから、家で寝てればいいのに」

「月島さんこそ、物語が好きならこんなところに来てないで、図書室で本読めばいいのに」

「あたしより自分の体の心配したほうがよくない? ほら、今も顔ちょっと赤いよ熱あるんじゃない? 今すぐ帰ったほうがいいよ?」

「自分の体のことならよく分かるよ、心配しないでね。それにここ保健室だから、へんに帰ろうとするより安心だし。月島さんこそ顔ちょっと赤いよ。ベッドもう埋まってるし、歩けなくもなさそうだから早く帰ったほうがいいと思うよ?」

「はは、ありがとう衣花、心配してくれて」

「月島さんこそ、気遣ってくれてありがとう」

「まあまあ二人とも……」

『先輩は黙っててください』またハーモニクス。

 二人とも顔だけは和やかです。

 白ちゃん、キャラ変わってるし。

「衣花も詩とか好きなら図書室いって本よんだら?」

「私はいいよ、先輩とお話してるから。月島さんだけでどうぞ」

「なんだよ、じゃあ後で一緒にいく?」

「はいはい、あとでね」いくんですか。

 何がどうなったのか、この二人、あれから妙に仲がいいようです。いえ、本人たちに言うと全力で否定されるのですが。けんかするほど仲がいいと言ってあげたらすごい剣幕で怒られました。

 正直、ちょっと妬けるかも。

 ほら、今もけっきょく、白ちゃんが横たわるベッドの端に月島さんが横座り。先輩と三人で和やかに話し始めました。

 いったいどんな落ち着き方ですか、まったく。



 ――と、いう感じで。

 わたしが脳内設立した謎部活である保健室部に、一人新入部員が増えてしまったようです。新入というか侵入ですが。

 先輩も交え、これまでよりもすこしだけ、にぎやかで楽しくなった保健室。まあ、わたしとしてはちょっと引っかかるところもありますけれど、白ちゃんがとても楽しそうなので良しとします。

 わたしたちは、体が弱くて。

 それで憂鬱になることも、ありますが。

 みんながいる、この保健室さえあれば、そんな憂鬱すべてを受け容れられる気がします。

 優しい憂鬱(テンダーブルー)

 この場所には、そんな言葉が似合うような気がしました。

 願わくは、この場がいつまでもありますように。

 白ちゃん風にいえば――

 せかいが、きれいでありますように。



 わたしはじぶんのベッドに腰掛け、白ちゃんがいるほうに目を向けます。仕切りの白いカーテンは閉じられていて、その向うから話し声が聞こえてきます。

 カーテンをめくると、すこし背中の曲がった、ちいさく細い肩が見えます。

 振り返る、白ちゃん。

 その顔には、とても楽しそうな笑顔が浮かんでいました。

 そうして、わたしは挨拶します。

「白ちゃん、こんにちは」

「こんにちは、さくらちゃん。今日はせかいが明るいね」

「そうですね」

 ほほえんで頷き、わたしはいつものように問いかけます。

「今日の調子は、どうですか?」

 白ちゃんは、今日もすこし蒼白い顔に、とてもきれいな笑顔を浮かべます。

「うん」

 そして、はっきりとした声で、答えてくれました。

「いつもよりちょっと、元気だよ」

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