妖精の戯れ2
「てめえ......」
「エリーがこれを貯めるのに何をどれだけ我慢したか、それは俺には判らない。でも小さな女の子がそれだけ貯めるのに苦労していない筈はないんだよ。
小銭ばかりの袋を見ればきっとお前だって判る筈だ。頼む。お願いだ。俺もできる限り協力するから」
「どうしてそこまでする。何かあったのか? 弱みを握られているとか。否、てめえは弱みだらけだったな」
パルムが顔を上げる。
「別に何もないよ」
「ほう。――その子は幾つだ。歳だよ歳」
「何だよ急だな。八歳だそうだよ」
「惚れたか」
「惚れないよ! そりゃあもっと大人になれば美人になると思うけどさ」
「何だ。既に手を出したのか」
「出してない! と思う」
「......カーリン! パルムの野郎が幼女に手を出しやがった!」
カーリンと云うのはヘクターの妻だ。
今現在、この場には姿を見せていないが、恐らく奥の扉の向こう側――台所に居るのだろう。
茶色がかった金髪を縦に巻いた髪型が印象的な女性である。
ヘクターの軽口だか悪口だかに、しかし返事は返ってこなかった。
ちなみにヘクターはカーリンにべた惚れなので迂闊に身体でも触ろうものなら問答無用で鉄拳が飛んでくる。
一度だけ誤って肩が触れた瞬間、地面に這い蹲っていたことがあった。
一体全体何が起こったのか理解できない程の早業で、ヘクターがパルムを投げ飛ばした結果だった。
「お前は子供か! 告げ口するな! そもそも手は出していない! 少し、その、キスをごにょごにょ」
「カーリン! 最早云い訳の聞かないレベルだ!」
「だから違うんだって!」
パルムは必死になって事情を――エリーにキスされた状況を説明した。
ヘクターがにやにやとその様子を眺めてくるので、パルムの表情は自然と苦いものとなる。
どうして自分はこんなにも必死に弁明しているのだろうか。濡れ衣もいいところだ。ただ思い返してみると少しだけ、ほんの少しだけれど役得だったような気がしないでもなかったかも。
「それは良い思いをしたな。嬉しかったか?」
「そりゃあ悪い気はしなかった――って違う!」
心の内を読まれたようで赤面してしまう。それをみたヘクターががははと豪快な笑いを発する。
「冗談だ。――で。足が出た分はどうするつもりだ?」
先程の笑みを消し、ヘクターが真顔になって問いかけてくる。その圧力は付き合いの長いパルムでも一瞬気後れするほどだ。ただすぐに気持ちを切り替え、彼の目をじっと見据えた。
「返す。働いて必ず返す」
「家賃も払えない手前がどうやって返すってんだおい」
「それは言わないで!」
いちいち胸が痛い。
「言うわこの馬鹿! いい加減学べ! 手前のそのどん底人生を!」
「どん底とか言わないで! 本気で泣きそうになるから!」
「俺の店を涙で溢れさせてみろ、アリとマリに掃除させるからな」
「あ、どうぞどうぞ」
「本気にするなこのぼけ! ――全く、判った判った」
ヘクターは自らの後頭部を掻く。やれやれとかそんな言葉が続きそうな雰囲気が伺えて、思わず期待してしまう。
「やってくれるのか!?」
「勘違いするなよ。とにかくその妖精犬とやらを拝ませて貰ってからだ。それにそのエリーだかモリーだが、その子とも話をさせて貰うぞ。やるかどうかはそれから決める。いいな?」
「勿論さ! ありがとうヘクター!」
ヘクターはくくくと含み笑いをして。
「それにしてもてめえが幼女に手を出すとはな」
「......万が一それを広めてみろ。お前の家の玄関に■■■してやるぞ」
「てめえこそ子供じゃないか!」
ともかくヘクターの了承を得たパルムは、エリーの家に行く算段をつけた。
彼女の家を訪ねるのは明日になる。
ヘクターも午後から仕事があると云うので一先ずは事務所へ戻ることにした。
ハイアット大工店からパルム設計事務所までは五百Mの長さの路地の角を三回曲がれば辿り着く。
サブウェイの両脇にはこぢんまりとした店が、小さな看板を掲げているだけだ。
建築都市だけあって大工店だけでも十は並んでいる。
家具大工等の専門店まで含めれば二十や三十はあるだろう。
たかが一千五百Mの間にそれだけの店が並んでいる。
但し、魔法建築士の店はパルム設計事務所のみ。
本来ならこれはこれで隙間産業――文字通りの隙間通り――で儲かる筈なのだけれど、とパルムが短い距離を歩く間にそんなことを考えていたら、あっという間に事務所の前に着いた。
二首鷹の看板。
魔法建築士試験に受かった際に登録した自分の意匠。
己の誇りである筈だ。そうでなければならない。
だけれど、今は少しだけ鬱陶しく思えてしまった。
設計事務所の扉を開ける。
「おかえりパルム」
「おかえりなさいパルムさん」
そう云って、直ぐ目前――受付用の机にやる気無さそうに座った妖精たちが出迎えてくれた。
他には誰も居ない。
当然と云えば当然だし、何時ものことだ。
パルムは扉を閉めて中に這入ると、鞄を机の脇の留め具にかけた。
「何だかお疲れ?」
「顔色が良くないですね」
「エリーの処に行ってきたよ。ついでにヘクターにも会ってきた」
椅子に腰かける。
「で。どうなったどうなった?」
「早く教えて下さいよパルムさん」
妖精たちは身体を前のめりに乗り出し、今にも羽を広げて跳び回りそうな勢いで聞いてくる。
パルムはエリーの依頼と妖精犬、それにヘクターに依頼した件を、依頼料の件を伏せて、簡潔に説明した。
依頼料のことは妖精たちには云い難い。
やはり家主としての面子もある。
彼女たちにはなるべく心配させたくはなかった。
刻既に遅し、とヘクターには豪快に笑われてしまいそうだが。
妖精たちは煌びやかな羽を忙しなく震わせ――これが彼女たちの好奇心の顕れであることをパルムは識っている――妖精たちは顔を見合わせた。
「マリ!」
「アリ!」
「「妖精犬だって! 私たちの退屈しのぎきたー! ってあんまり喜べないけど!」」
両手を高く上げて叩き合う。
喜べない?
否、充分喜んでいるように見えるぞ。
「別にお前らの為ではないだろ。――そうだ。妖精犬のことについて教えてくれよ」
「ん? 妖精犬のこと? どうして?」
アリが首を傾げ、マリの手を離し、パルムの膝の上に顎を乗せ、上目遣いで見る。
「おかしいだろこんな人里に。妖精犬だよ。クー・シー」
「QOO・C」
「何その飲み物みたいな名前」
何となく飲みたくなる。
「妖精たちの元気の源、その名もQOO・C。炭酸が喉を刺激して大変爽やかな飲み心地」
「キャッチフレーズまで付いているのかよ!」
「QOO・Cの原材料はなんと、妖精犬のおしっこです!」
「返せ! 一度でも飲みたいと思った俺の気持ちを返せ!」
まあまあ、とアリを押しのけたマリが入れ替わりにパルムの膝に乗っかった。えへへ、とはにかんだ笑みを浮かべて足をぶらぶらさせている。




