第一話:オーロラ号の殺意 雨夜の邂逅(レイン・エンカウンター)
雨が降っていた。
ネオンに濡れた高層ビル群の間を、ヘリの音が低く響く。
この街では、死もまたビジネスだった。
「次のターゲットは――こいつだ」
薄暗い部屋の中、男は端末を閉じた。
画面に映っていたのは、一人の殺し屋のプロフィール。
コードネーム:ハンター・マイケル。
無駄を一切排した戦闘スタイル。
銃撃、近接、環境利用――あらゆる状況に適応する“完成された殺し屋”。
任務成功率はほぼ100%。
生存者の証言は、存在しない。
世界中に存在する“業火のカルテット”――
それは、暗殺を生業とする者たちの中でも、さらに頂点に立つ者たちの呼び名だ。
依頼はシンプル。
“標的を殺せ”
ただし条件がある。
同時に、別の“業火のカルテット”も同じ標的を狙っている。
つまり――
「最後に立っていた奴が、勝ちだ」
豪華客船「オーロラ号」。
パーティーの喧騒。
笑い声。
グラスのぶつかる音。
だがその裏で、死神たちが静かに動いていた。
赤いドレスの女が、ゆっくりとワインを口にする。
コードネーム:マリー・ブラッド。
毒、刃物、心理操作――“優雅に殺す”ことに特化した暗殺者。
標的は気づかぬまま死に至り、死因すら曖昧になる。
彼女の仕事は、常に“事故”として処理される。
「……いるわね」
視線の先。
タキシードの男が、無表情で歩いている。
ハンター・マイケル。
その瞬間、マリー・ブラッドはグラスを落とした。
――カシャン!
割れた音と同時に、彼女の手にはナイフが握られていた。
投げる。
一直線。
だが――
「遅い」
ハンター・マイケルは、わずかに体を傾けるだけで回避した。
同時に、テーブルを蹴り飛ばす。
料理と皿が宙を舞う。
悲鳴が上がる。
パーティーは、一瞬で戦場へと変わった。
銃声。
連続する閃光。
マリー・ブラッドはシャンデリアに飛びつき、そのまま宙を滑る。
床ではハンター・マイケルが、転がる椅子を蹴って盾にしていた。
「やるじゃない」
「仕事だからな」
言葉は短い。
感情はない。
だが互いに理解している。
――ここで躊躇した方が、死ぬ。
マリー・ブラッドがシャンデリアから飛び降りる。
その着地地点に、ハンター・マイケルはすでに銃口を向けていた。
発砲。
だが次の瞬間――
床が崩れた。
下の階。
そこはダンスフロアだった。
崩れ落ちた二人を見て、客たちは悲鳴を上げて逃げ出す。
音楽は止まらない。
狂ったように明るいリズムが、戦いをさらに歪ませる。
マリー・ブラッドは転がりながら銃を拾う。
ハンター・マイケルは落下の衝撃を利用して、すぐに距離を詰める。
接近戦。
拳と銃床がぶつかる。
テーブルが砕ける。
壁に叩きつけられる。
この戦いには、ルールなどない。
あるのはただ――
「生き残るか、死ぬか」
戦いは、船のあらゆる場所へと広がっていく。
厨房。
客室。
甲板。
爆発。
炎。
傾く船体。
それでも二人は止まらない。
いや、止まれない。
“業火のカルテット”にとって、依頼とは絶対だ。
そして――
「……終わりにしましょうか」
マリー・ブラッドが、最後の弾を装填する。
ハンター・マイケルは何も言わない。
ただ、銃を構える。
波が荒れる。
船が大きく揺れる。
その瞬間。
二人は同時に引き金を引いた。
静寂。
雨の音だけが残る。
甲板には、一人だけが立っていた。
どちらが勝ったのか。
それを知る者はいない。
ただ一つ確かなのは――
「次の依頼が、もう来ている」
その人物は、ゆっくりと端末を開いた。
新たなターゲット。
新たな“業火のカルテット”。
終わりのない殺し合い。
それが、この世界の“仕事”だった。
――そしてまた、一人が選ばれる。
最後に立つ者になるために。




