第二話 家族の決断
ロランの腕輪は見るからに周りの子供たちと違っていた。商人ギルドのランクに当てはまらない色。腕輪の色が黒かったのだ。焦るロランにギルドマスターは今までと変わらないように発表を始めた。周りは驚きを隠せない。それでも、ギルドマスターだけは儀式を止めることはなかった。ランクを確認すると見にくいがそこにはFという文字が彫られていた。
祭壇の前にロランを連れて行き、他の子供たちと同じように観客席へと腕輪を確認させた。その時の観客席は大歓声ではなかった。
「なんだ、あの色…見た事がねぇ…。」
「不吉な…。」
「祟りでもあるんじゃねぇか…?」
「おい…あれって…大丈夫か?」
住人たちの不安を一身に受けて、胸がギュッと苦しくなった。なぜ、違う色が出てきたのかわからない。ロランは咄嗟に両親の顔を見つめた。周りの大人たちから両親も色々言われてしまっているようだ。悲しそうな顔と母の涙を見てしまった。
「ロラン=オージャーはFランク!」
ギルドマスターはいつも通り儀式を進めた。周りをざわつかせ、元の位置へと戻ると周りに空間が出来ていた。ロランが近付くと悲鳴が上がる。まるで、ばい菌のように近くに行くとうつると言わんばかりに。仲良く話しをしていたロリーもその一人だった。
(なんだよ!皆して!俺だってこんな腕輪なんかいらねぇよ!)
最後のロリーの順番が来た。ロランの黒い腕輪を見た後の儀式は凄く冷たい空気が漂っていた。そして、ロリーもその空気にのまれた様子で足が震え、進むのに時間がかかっていた。
ロリーには怖さもあったようだが通常の腕輪の色となり事なきを得た。ただ、観客たちはロランの腕輪のせいで、ロリーに対する拍手の量が少なかった。驚きをずっと引きずり、ロランはずっと後ろ指をさされ続けていた。
「これにて、成人の儀を終了する。」
ギルドマスターの閉会の言葉で、それぞれが、解散となった。ロランはアルドのもとへ駆け寄った。しかし、アルドはロランを避けるように家族の元へ走っていく。遠くでアルドの父親が話すのが聞こえた。
「ロランとはもう口をきくな!あんな腕輪をしたやつに近寄ると不吉なことが起きるぞ!」
「わかっているよ…。父さん…。」
悲しかった。あれだけ仲の良かったアルドに避けられ、今まで優しくしてくれたアルドの両親の事が忘れられない。そして、今、ロランの心は音を鳴らして崩れていく。
(苦しい…。なんで…。なんでなんだよ…。この腕輪なんか…。)
ロランはうつ向いて一滴の涙を流した。悔しい気持ちとどうしようも出来ないもどかしさと、裏切られた気持ちが一斉にやってきて、わからない気持ちだった。
ロランは走って、自宅へと帰った。そして、ベッドでうずくまり、そのまま涙と共に寝てしまった。
夕方に目覚めると、母はいつもと変わらない日常を過ごしていた。夕飯の準備に台所で料理をしていた。父は鍛冶のための道具の手入れをしていた。
「おぅ、ロラン起きたか?ちょっと、こっちに来てくれるか?」
ロランは父の前に立った。すると、父は跪き抱きかかえた。急な出来事に驚いたが、頭が真っ白な中、父のぬくもりを感じ、悲しい気持ちが蘇ってきた。
「ロラン、お前は誰が何と言おうと俺の息子だ。辛かったな…。でも、きっとみんなもわかる時が来る!腕輪の色が違うからって、俺はお前の父親だ。そこだけは変わらない。お母さんも俺もお前の味方だからな。」
「ありがとう…父さん…。」
そんな時、玄関の扉をノックする音が聞こえる。母が扉を開けるとそこにはギルドギルドマスターと領主の二人が立っていた。
「ちょっと、お邪魔していいか?」
「あ、はい。どうぞ。」
母はテーブルへと案内した。父は話の内容に身に覚えがあるのか、ロランを背中で隠した。
「今日は何の用ですか?何か話があるのでしょう。」
口火を切ったのは父だった。ロランを背中で守りながら、父は淡々と話をする。ロランは話の予想がついていた。今回の黒い腕輪の件であることは明白だった。初めて家に来た理由も納得である。
「あぁ、それは、その腕輪の件だ。じっくり話をしたいので、座らせてもらえるかな?」
そういうと、来客の二人は椅子に腰かけた。母も父もロランも渋々だったが、腰を下ろした。沈黙が続く家の中で、ロランも緊張していた。この黒い腕輪が現れたばかりに家族にまで迷惑をかけてしまったことが許せなかった。
すると、ギルドマスターが話を進めた。
「ロランの腕輪の件なんだが…。単刀直入に言う。ロラン!お前にはこの街から出ていってもらう。」
「な、なんでですか!?なんで、ロランが出ていかなきゃならんのです!?そんな横暴な!?腕輪の色が違うからですか!?」
気持ちをあらわにしたのは父だった。普段は冷静で物静かな父も感情を隠すことは出来なかった。それほど、重要な発言で我慢できない内容だった。
ロランは頭が真っ白になった。何を言われたのかわからなかった。12歳で成人の儀を終えたとしても、まだ子供に変わりはない。理解が追い付くまでには時間がかかる。それくらい、衝撃的で何も考えられない。
「昔の古文書にはこうある。“黒鉄の印を持つ者、破滅の王なり”。だからこそ、街を守る為にはここに置いておくにはいかん!」
「そ、そんな…なんとかならないんですか…?ロランは周りの子と同じです。この土地で生まれ、普通に暮らしているんですよ!?」
「災いを残しておくわけにはいかんのだ。いつこの街が滅ぼされるかもわからない。そんなやつをこのまま置いておくと住人達も不安がる。もうすでに、住人達には不満の声も出ているようだ。もう、明日の朝には出発してもらおうと思っているんだが、どうだ?」
「どうだ…って、そんな…。」
苦しい決断をしなければならなかった。ロランは話を聞きながら、頭をフル回転させ、どうすればいいのか考えた。このまま話をしても家族に迷惑をかけるだけなのもわかっていた。そんな時に、領主が口を開いた。
「……頼む。」
深々と頭を下げる領主に父も母もロランも何も言えなくなり、沈黙が続いた。時が流れる音がなんだか聞こえそうなくらい静かだった。
「家族で話し合ってもいいか…?」
「あぁ、明日の朝、また来る。それまでに結論を出してくれ。」
二人は立ち上がり玄関へと向かった。扉が閉まり、二人を見送ったすぐ母は泣き崩れてしまった。
「なんで…ロランがこんな目に…。」
泣き崩れる母の肩に手を置き、落ち着かせる父。そして、ゆっくりと椅子に座らせた。ロランは静かに両親の事を見守ることしか出来なかった。泣いている母を見つめていると、ロランの心は押し潰されそうな違和感を抱えた。これがなんだか、わからない。けど、ロランの腕輪のせいで家族がバラバラになるのだけは感じていた。周りの子供と変わらず生きてきただけなのに、こんな腕輪だけで追放だなんて馬鹿げている。そんな風にロランの心もだんだん燃えさかっていった。
「ロラン、お前はどうしたい?このまま街に残れば、これから先、辛い思いをするかもしれない。俺たちが近くにいれば守ってやれる。だが、ずっとお前の側にいてやることは出来ない…。」
父は一度言葉を切り、苦しそうに視線を落とした。
「街の外には魔獣もいる。戦い方も知らないお前には厳しい旅になる…。だが…。」
父はゆっくりと母のお腹へ目を向けた。
「母さんの腹には、赤ん坊がいる。俺たちは、お前と一緒に街を出てやりたい。でも、この子まで危険な目に遭わせるわけにはいかないんだ。」
「……。」
「だから、最後はお前が決めろ。どんな答えでも、俺たちはお前の味方だ。」
力いっぱいの握りこぶしで体が震えるロラン。悔しさに似た感情が沸々と湧き上がる。それでも、両親の為にも決断しなければならなかった。
(どうしたらいいんだ…。街を出たくない…。離れたくない…。けど…。)
苦渋の決断だった。どっちに転んでも、悲しみは付きまとう。しかし、ロランは心に決めて、言葉を繋いでいった。
「父さん、俺は…俺は…街を出ようと思う…。父さんたちとは離れたくないけど、俺がいると迷惑かけちゃうから…。俺は父さんや母さん、そしてこれから生まれてくる子に迷惑を掛けたくないんだ。立派なお兄ちゃんとして、生きていたい。ごめんなさい…。」
父の目は真剣そのものだった。母はずっと涙を流して、ロランの言葉を聞いていた。悲しみが渦巻き、無言の時間が続いていた。聞こえるのは母の鼻をすする音だけだった。
「わかった…。」
父は返事をすると、奥の部屋へ行ってしまった。母は優しくロランを抱きかかえ、悲しみを涙と共に流していた。
「大丈夫だよ。母さん。俺、お腹空いたよ。ご飯にしようよ。」
「そう…ね…。ご飯食べようか。」
そう言うと、母は布で涙を拭い台所へ向かった。ロランはコップや箸を準備し、椅子に座って待っていた。すると奥の部屋から父が何やら抱えて持ってきた。
「ロラン、これを開けてみろ。」
渡されたのはリュックだった。丈夫な布で作られており、ズッシリと重みがあった。中に入っているものを確認すると、そこには鍛冶で必要なハンマーやノミ、ナイフが入っていた。そして、この小道具を固定する腰巻ベルトも付いていた。
「ロランが大人になった時に渡そうと思って、買っておいたんだが、もし、邪魔じゃなければ、持って行ってくれるか?」
「ありがとう!父さん!嬉しいよ。」
「実はまだ、プレゼントがあるんだ。リュックの背中側にパイプが付いているだろ?これはかばん屋に特注で作ってもらったんだが、実は…。」
そう言うと、父はまた奥の部屋に何かを取りに行って戻って来た。それは、小さめのツルハシだった。
「俺が作った世界で一つしかないロランの為のツルハシだ。今のお前の大きさなら、これくらいがちょうどいいだろ?リュックのパイプに挿せるように、作ったんだ。本来は、違う形で渡したかったんだが、これからの旅で必要になるかもしれない。そう思って。今渡すことにしたんだ。」
ロランは嬉しかった。父の気持ちが嬉しかったのだ。この道具たちは今も、これからも大切な宝物であることに間違いなかった。
「全部、装備して俺に見せてくれ!」
ロランはベルトとリュックを装備して、道具を一つ一つ挿していった。多少重みはあるが、不思議と嫌ではなかった。ツルハシもパイプに綺麗に収まっている。挿入口にはゴム樹脂をしみこませた布が巻かれており、しっかり固定されていた。
「おっ、いいじゃないか…。ロラン…、本当に大丈夫なのか…?本当に出ていくのか…?」
「うん、俺はこの道具を持って出ていくよ。街の外も見たいしさ!心配ないよ!」
本当はロランも両親と離れたくはなかった。だけど、迷惑を掛けたくない一心で、強がって見せた。
「さぁ、ご飯の準備が出来たわよ。椅子に座って。」
椅子に座ったロランは母の夕食もこれが最後かもしれない。そんな事が頭をよぎる。悲しい顔を見せないように気丈に振る舞い、一口一口確かめるようにゆっくりと食べ進めた。料理から母のぬくもりを感じる初めての夜だった。当たり前に食べてきた料理が、こんなに暖かく感じるなんて…。ロランは涙を流しそうになったが、堪えた。父から言われてきた言葉“人前で男は泣くものじゃない”その言葉がロランの理性を取り戻していた。
食事を終え、翌朝の旅支度を始めた。ベルトのポケットには火打石を麻の小袋には火口と呼ばれる燃えやすい繊維を詰め込んだ。あとはロープも念のためにリュックに入れ、準備を進めていった。そして、今夜は早めの就寝をすることにした。




