遅過ぎた決断
少し元気になったウィンの思考がようやく回り始めた。
この状況で考えられることは何か。
何をされたら嫌なのか。
何ができるのか。
何を見落としているのか。
軍議の席で、ウィンは状況をまとめた。
兵力は領地の生産力によって規定される。領主は領地の生産力に応じて家臣を養い、主君に対して軍事奉仕する。南部三郡の各兵力はこれに基づいて想定したものだ。兵力が生産力によって規定される以上、兵力をにわかに増やすことはできない。公爵軍も南部三郡も、この規定された兵力だけで戦いを進め、現在の状況に至っている。
ここまでは想定通りだ。
ここで、公爵軍にとって最も困るのは想定外の兵力の出現である。言い換えると、南部三郡は余剰兵力があれば形勢を逆転し得る。籠城も、この余剰兵力による後詰めを前提としたものであったとすると理にかなっている。
「しかし、兵が湧き出てくる泉があるわけではない」
ベルロントがこの議論の無意味さを指摘した。
「兵を増やせるなら苦労はない。無論、五人一〇人、いや一〇〇人程度ならどうにかなろうが、形勢を覆すほどの数はいかんともし難い」
「それがね、あるんですよ」
と言って、ウィンはベルウェンを見た。ウィンの視線を感じて、ベルウェンが目を細めた。
「傭兵、というわけか」
「その通り」
「しかし、傭兵はただではない。ザロントム攻囲軍を撃退できるほどの数となると大金が必要だ」
「その資金を融通する者がいればそれも解決しますよ」
「そんな者がおるのか?」
アルリフィーアが口を挟んだ。
「いないかもしれない。問題は、いたとすると我々は非常に危険な事態に直面するということです」
「むう」
「いないならよいのです。このままザロントムを囲んでいれば、いずれは勝ちます。市民にも被害が及ぶが仕方がない。いた場合、ザロントム攻囲軍が撃退され、南部三郡の統合は振り出しに戻ることになる」
ベルロントが眉間に皺を寄せてウィンを睨む。
「では、どうすればよいのか」
「カネさえあれば、彼がどうにかしますよ」と言って、ウィンはベルウェンを見た。
敵が傭兵で兵力を増強するなら、こちらも傭兵で兵力を増強する。馬鹿馬鹿しいほど単純な話だ。
ベルロントはあからさまに失望したような顔をした。
目の覚めるような奇策を期待したのだろうが、そんなものはない。戦いとは常に兵力の多寡で決まるものであり、兵力は経済力によって制限される。
必要な時点で必要なカネを使い、必要な兵力をそろえた者が勝つ。それだけだ。
いにしえの軍記物に登場する天才軍師のように、魔法のような戦術で敵軍を討ち滅ぼし、敵城を攻め落とす、などという芸当はウィンにはできない。
先入観がない分だけ目新しい方法を思い付くことはあるが、ウィンは基本的には凡人に過ぎない。
「どれほどの兵力があればよいのだ」
アルリフィーアがウィンとベルウェンを交互に見ながら聞いた。
「取りあえずは二〇〇〇。ただし、これは『負けないための兵力』です。敵が傭兵を雇っていた場合の備えに過ぎません。敵が傭兵を雇っていたとしてもいなかったとしても、兵力を二〇〇〇増やしたところで勝てるわけではありません」
「勝てんのか!?」
「仮に敵が傭兵を雇っていなかった場合。二〇〇〇の兵を投入したところでザロントムの籠城期間は変わらない。南東部や南西部の戦線に投入したとしても、ザロントムと同じく籠城されたら手詰まりだ。敵が傭兵を雇っていた場合は、ザロントム攻囲軍の敗北を防げるかもしれない。ただし、やはりザロントムの籠城期間は変わらない」
「……」
「一万、二万といった大兵力を雇って、ザロントムを力攻めで一気に攻め落とすという方法もあります」
アデンが極論を提示した。
これもまた覚悟の問題であり、君主としてどう決断するかの問題だ。あるかどうかも分からない危険の備えとして、大金を投じて傭兵を雇うか、不要と見なして雇わないか。どちらが正しい判断なのかは結果によってしか分からない。
アルリフィーアは、どちらかを選ぶか、どちらも選ばないか、の決断をしなければならない。
きっと、ウィンは「選ばない」という選択を許さない。決断することから逃げたら彼はアルリフィーアを軽蔑するだろう。それは嫌われることよりもつらかった。
今できる最善策とは何か。そう考えれば答えは一つしかない。
「ベルウェン、カーリルン公として依頼する。二〇〇〇の傭兵を集めてほしい」
「承知」
ベルウェンは左眉をちょいと上げた。ただしいつもの快活さはなかった。
「最善は尽くすがな……ただ……」
ウィンがベルウェンの言葉を継いだ。
「時間、だね」




