理想の国 その1
ウリセファ一行はブロンテリル村に戻ってきた。
「結局何も成果を挙げることができなかった。ファイセス卿とワインリス卿にはとんだ無駄骨を折らせてしまった。すまない」とウリセファは両騎士に頭を下げた。
「頭をお上げください。公女様は今回の旅でさまざまなものをご覧になり、お感じになり、公国の新たな方向性を見つけられた。これらを無駄とおっしゃいますな」
「ファイセス卿の言う通りです。この旅を価値あるものにするのは公女様しだいです」
2人の騎士はウリセファの成長を感じている。主君に向かって「成長した」とは言えないから表現に苦慮したが、とにかく価値ある旅だったと思っている。
「さあウリセファ様、弟君たちと再会致しましょう」と、エネレアがウリセファの手を引いた。
エネレアは、ウリセファに名前で呼ぶことを許されたことが嬉しくてたまらない。公女の名前を呼べるなど、平民にとってはあり得ない特権なのである。
2人の騎士も名前で呼ぶことを許されたのだが、どうにも遠慮してしまって相変わらず「公女様」と呼んでいる。ウリセファはこの点がやや不満だった。とはいえ、彼女もファイセスを名前で呼ぶことができない。「ソーンドーム」と言おうとしたことは何度もあるが、そのたびに血が頭に上がってしまって結局「ファイセス卿」と言ってしまう。その理由が分からないほど、ウリセファは幼くない。
屋敷に入ると、リルフェットが「姉上!」と言って抱き付いてきた。母は少しやつれた気がするが、村人とも気さくに会話を交わしながら村での生活を楽しんでいるようだ。
久しぶりに母と姉と弟がそろった夕食になった。スハロートがいないのが残念だ。ファイセスとワインリス、そして村に残ってアトストフェイエたちを守っていた3人の騎士、エネレアも同席させた。騎士たちとエネレアは遠慮しようとしたが、ウリセファが主君として同席を命じた。そんなウリセファにアトストフェイエは驚いていたが、ウリセファの表情に何か思うところがあったのか、ふと笑ってウリセファがしたいようにさせた。
ワインリスが、旅の中でウリセファが見せた武勇伝を面白おかしく語ってリルフェットを大いに喜ばせ、ウリセファを赤面させた。ウリセファの世話をしてくれたことについてアトストフェイエに礼を言われ、エネレアはまたも失神しかけた。
料理や給仕をしていた村人たちにも酒が振る舞われ、身分を超えて皆大いに笑った。貴族も平民も、共に豊かに笑い合える国。ウリセファの理想の第一歩が実現したかのようだった。
適当なところで酒宴もお開きとなり、アトストフェイエは一足先に自室に下がった。リルフェットは椅子に座ったまま眠ってしまった。その少年らしいふっくらとした頬を指でつついて、ウリセファはふふっと笑った。我が弟ながら、何と愛らしい。天使のようだ。
リルフェットはファイセスが抱いて運ぶことになり、ウリセファも自室に下がることにした。




