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愚者たちの輪舞 ―ブランタール公の凱旋―  作者: 中里勇史
カーリルン公領統一戦争

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ムトグラフ来訪

「セレイス卿!? 無事だったのですか!」


 謁見の間で公爵(アルリフィーア)を待っていたムトグラフは、彼女と一緒にウィンがひょっこり現れたのを見て仰天した。

 文字通り飛び上がって驚いた。ひざまずいた姿勢のまま一三・六セルくらいは跳び上がった。


 アルリフィーアが公爵の椅子に座り、その斜め後ろにウィンが立った。


「やや、ホントにムトグラフ卿じゃないか。何してるんだい?」

「それはこっちが言いたいですよ。ラゲルスが落ち込んでましたよ。ベルウェンも今頃あなたを探してるはずです」

「ベルウェンならいるよ」

「ベルウェンも!? ああもう、何が何だかさっぱり分からない!」

「落ち着きなよ。公爵が困ってるじゃないか」

「ああ! そうでした。これはとんだご無礼を」


 ムトグラフは改めてアルリフィーアの前で姿勢を正した。


「ソド・ムトグラフ・ポーウェンと申します。マーティダ宮内伯に代わって参上致しました」


 ウィンとムトグラフのやりとりも、アルリフィーアが見たこともないものだった。彼もウィンの「仲間」だろうか。


「ムトグラフ卿、遠路はるばるご苦労である。まずはお顔を上げられよ。過剰な儀礼は無用である」


 取りあえず、謁見の間における形式的な挨拶は終わった。本来であればここでムトグラフの口上を聞くのだが、ウィンの仲間なら話は別だ。


「ムトグラフ卿、応接室に場所を移そう。ベルウェンも呼んで、ゆるりと話を聞こうではないか」


 一同は応接室に移動し、ニレロティス、ベルロント、ベルウェンを呼んだ。


「ムトグラフ卿!? あんたなんで居るんだ?」


 応接室に入ってきたベルウェンは、ムトグラフがちょこんと座っているのを見て仰天した。

 飛び上がりはしなかったが。


「それはこっちが言いたいですよ。まさかベルウェンまでカーリルン公領にいるなんて」

「ちなみに私もおります」


 という声に、ベルウェンは左眉をぴくりと動かした。


「アデンか? もう出てこねぇのかと思ったぜ」

「いろいろありましたが、こうして参上することがかないました」


 突然現れたアデンとかいう奴隷に、アルリフィーアは驚いて目と口で丸を三つ作って固まった。ニレロティスとベルロントも突然の発言に絶句している。

 だがベルウェンもムトグラフも意に介する様子はない。


「アデンは引っ込んでいてください」


 ムトグラフは顔をしかめてアデンを睨んだ。公爵を無視して内輪で盛り上がっている場合ではない。

 ムトグラフは、威儀を正してアルリフィーアに向き直った。


「残念ながら旧交を温めている場合ではないのです。カーリルン公(アルリフィーア)に重要なお話があって参上したのです。本題に入ってよろしいですか?」


 ムトグラフが仕切り直したので、アルリフィーアも動揺を立て直した。


 ベルウェンが現れたときも思ったが、ヘルル貴族と騎士と平民と奴隷が遠慮なく会話している様子に、アルリフィーアは改めて驚いた。だが、皆が気にしないなら自分がおかしいのかもしれない。

 思えば、ウィンとアルリフィーアも気楽に話している。

 公爵に向かって平気で無神経な発言をする。ウィンという男は、関わった人間と身分を超えた関係を築いてしまうらしい。つくづく変な男だ。


「ムトグラフ卿にご足労いただいた理由を伺おう」

「スソンリエト伯がカーリルン公位を狙っております」

「なっ!?」

「確証はありませんが、宮廷内の誰かと結託して現公爵(アルリフィーア)を引きずり下ろそうとしている疑いがあります。まずはその事実と、帝国に口実を与えないようにとお伝えする必要があると考えました」


 そして、マーティダとムトグラフが導き出した懸念について説明した。要領を得たムトグラフの説明は、アルリフィーアにとって衝撃的なものだった。


「水利権の侵害? 領地を奪った? そのようなことがあったのか?」


 アルリフィーアはニレロティスとベルロントに確認した。知らず知らずにそのような無道を行っていたのか、それとも公爵に無断で横暴が行われていたのか。だが、ニレロティスにとってもベルロントにとっても寝耳に水の話だった。

 皆が満足する統治を実現しているとまでは言わないが、領主層がそこまで不満を持つような覚えはなかった。


「公爵、カーリルン公領の領主たちからの訴状は、数も保管方法も異常です。普通では考えられない。『カーリルン公の統治に問題あり』と思わせるためのもの、と考えた方が自然です。私もマーティダ宮内伯も公爵を疑ってはおりません。問題は、帝国中枢にいる者がそれを利用して『問題がある』とすることができてしまうということなのです」

「で、ムトグラフ卿はスソンリエト伯が糸を引いている、と考えてるわけだね」

「あの訴状の山で得をするのはスソンリエト伯しかいない、という状況証拠だけですが」

「スソンリエト伯か……」


 ベルロントはつぶやくと、腕組みをしてフーとため息を漏らした。


「スソンリエト伯と当家には因縁があるからのう」

「公爵もスソンリエト伯と聞いたとき驚いていましたね」


 とウィンが水を向けると、アルリフィーアは嫌そうに眉間に皺を寄せた。


「スソンリエト伯に求婚されたことがある」

「ええ?」

「あれは……五年ほど前かの。ワシが十一歳のときじゃ。あやつ、ワシに求婚しつついやらしい目でワシを舐めるように見たのじゃ。思い出すだけで気味が悪い。虫酸が走る! 気持ち悪い!」


 思い出したら腹が立ってきたらしい。


「ワシは十一歳じゃぞ、十一歳。子供じゃ。見るか? あんな目で」


 どんな目なのかは分からないが、つまりその頃から彼女とカーリルン公位を狙っていたということか。


「じゃから、『気持ち悪いんじゃ!』と言って、人形を頭にたたきつけてやったのじゃ」


 一同は絶句した。


 激しく拒絶された上に人形で殴られて、愉快な気分になる人間がいるとは思えない。復讐の黒い炎を胸に抱き続けていたとしても不思議ではない。

 和解する未来は見えなかった。


 ベルロントは、フーとため息をついた。


「スソンリエト伯の目も不快じゃが……」


 アルリフィーアはちらりとウィンを見て、口を尖らせた。


「死んだ魚のような無関心な目で見られるのも腹が立つな。もう少しワシに関心を持ってもよいのではないか?」

「え?」

「いや何でもない。話がそれた」


「スソンリエト伯は何か隠してるぜ。証拠はねぇがな」

「証拠がないのではどうすることもできぬではないか」


 ニレロティスがうめいたが、ベルウェンに苦情を言ってもどうすることもできない。


「確かにどうすることもできぬが、陰謀の存在が分かっただけでもましというもの。これもムトグラフ卿のおかげだ」


 とベルロントがとりなした。ベルロントもまた、事態の深刻さを完全には消化できていない。


 スソンリエト伯には何らかの勝算があって、一手一手進めているのだろう。

 その分だけカーリルン公は不利になっている。


「とにかく、スソンリエト伯はカーリルン公の統治能力の欠如を突こうとしています。帝国にそう思われるようなことがないようにしなければなりません。スソンリエト伯は恐らく、統治能力に対する疑念を抱かせるようなことを仕掛けているでしょう」

「そうはいっても、何をしてくるか分かんないんじゃ……」


 ウィンの言葉が途絶えた。


「しまった。こりゃマズいかもしれない」

「何だ、大将(ウィン)。何か気付いたのか」

「うん……いや、う~ん」

「はっきりしねぇな。何だよ。分かるように言えよ」


 ウィンの懸念の正体は、夕方に判明した。

 カーリルン公領北部の領主からの伝令がフロンリオンの宮殿に駆け込んできたのだ。


「北東部で領民が反乱を起こしました!」

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