アルティリット会戦 その4
ルティアセスは厚顔な男と見なされているが、自分の立場は十分にわきまえていた。アルテヴァークを引き込んだ以上、スハロート派にも自分にも帝国における未来はない。かくなる上は、スルデワヌトに徹底的に協力して彼の野心を満足させるしかない。
スルデワヌトに蔑まれていることも知っている。だがスルデワヌトは、たとえどれほど嫌悪している相手であったとしても、結果に対してはエサを投げ与える。スルデワヌトは言った。「ナルファスト南部総督の地位をくれてやる。欲しければ自分で拾え」と。汚物を見るような目で。そしてルティアセスはそうすることにした。汚物扱いでも構わなかった。
ルティアセスが率いるスハロート軍は、監察使軍の中央を突破しかけていた。
スハロート軍右翼の前には、台地からの攻撃を盾で防ぐだけで手いっぱいの傭兵たちの一団。スハロート軍中央の正面には、傭兵のまばらな集団がいるだけだ。彼らは個別に戦線を支えている。この貧弱な集団を突破すれば、監察使軍は完全に分断されて組織的な反撃は不可能になる。
驚くべきことに、監察使軍の傭兵たちはスハロート軍に対応しつつあった。傭兵たちは逃げずに踏みとどまり、その間に他の傭兵が集まってきて戦列を構築した。監察使軍の傭兵は、ルティアセスが知っている傭兵とは質が違っていたのだ。金銭だけでつながれた単なる雇われ兵ではなく、ベルウェン、十人隊長、百人隊長らとの個人的なつながりで構築された、異常に属人的な集団だった。
それだけではない。彼らはここで逃げたら確実に死ぬことを知っていた。会戦における戦死者の多くは追撃戦時に発生する。一度潰走状態に陥ったら、もう立て直せない。背中を見せたら確実に死ぬ。たとえ不利でも、敵の方を向いて戦っている間は死なない。そうやって生き延びてきた男たちだった。
そして、彼らのこのわずかな粘りが実を結んだ。
あえて遊兵になって機会を窺っていたフォロブロンの騎兵部隊が、スハロート軍左翼を急襲した。スハロート軍が現れた瞬間ではなく、傭兵との戦闘に入るまで動かず、がら空きの敵側面に騎兵突撃を敢行することでスハロート軍本隊を激しく動揺させた。
ルティアセスも左翼前方に見えている騎兵たちを警戒はしていたが、傭兵たちの予想外の抵抗に手間取った。結果、監察使軍の騎兵に対応するための左翼部隊まで対傭兵戦に引きずり込まれていた。
「やや、さすがアレス副伯。完璧な頃合いだね」と言って、ウィンはわははと笑った。馬をほぼ後ろに向けており、逃げ出す寸前という態勢だったが。




