スルデワヌトの罠 その2
アルテヴァークをナルファストから追い出すには、アトルモウ城とダウファディア要塞を奪還しなければならない。効果的なのは、ダウファディア要塞を突くことだ。アルテヴァークとしては、アトルモウ城ならば奪還されたとしてもダウファディア要塞に退いて再戦を挑む余裕がある。逆にダウファディア要塞を落とされると退路を断たれ、アトルモウ城で孤立する。アルテヴァーク本国の状態も不安な今、これは絶対に避けなければならない。
ダウファディア要塞を直接突くとしたら、アプローエ山脈の東側を南下するはずだ。アルテヴァーク軍が接近したら山麓の台地に布陣して高所を確保するに違いない。自分ならそうする。アルテヴァーク軍にとって極めて不利だからだ。
だったら、そうさせなければいい。
スルデワヌトは側近を呼び寄せ、「ルティアセスを呼べ」と命じた。ルティアセスはあっという間に参上した。
「お召により参上仕りました、国王陛下」
「次の戦いには歩兵も必要になる。お主らにも働いてもらうぞ」
「それはもう、アルテヴァーク騎兵のお邪魔にならぬよう、務める所存」
スルデワヌトは反抗を許さないが、ルティアセスのごとく追従を弄する者も嫌いだった。だが、ナルファスト公国南部を獲得した後、それを維持する者が必要だった。他に適当な駒が手に入るまではルティアセスを利用するしかない。
汚物を見るような目を隠そうともせず、スルデワヌトはルティアセスを見下ろして続けた。
「ところで、サインフェック副伯にはまだお目にかかれぬのか。盟約の相手と一度も会うことがかなわぬとはさみしいではないか」
「サインフェック副伯は流行り病に伏せっており、起き上がることもままなりませぬ。国王陛下に病がうつりましては一大事。今少しお待ちを」
ルティアセスの返答は変わらない。病を盾に会えぬの一点張りである。
スルデワヌトとしては、必要であれば感染の危険を冒すこともいとわない。だが、スハロートに会うことにそこまでの価値を見いだしていない。スルデワヌトが欲しかったのは、ダウファディア要塞の通過権とサインフェック副伯を支援するという大義名分だけだ。今やダウファディア要塞はアルテヴァークの管理下にあり、ナルファストに侵攻できた段階でスハロートなどほぼ用済みなのである。会えようが会えまいが、生きていようが死んでいようが、大した問題ではない。
だが戦いは終わっていない。アトルモウ城にあるサインフェック副伯らの兵力にはまだ利用価値がある。アルテヴァークのために使わない手はない。
「近くロンセーク伯と監察使の連合軍が進出してくるであろう。勝敗はサインフェック副伯とルティアセス卿の兵力に懸かっている。貴公らの働きに期待するところ大である」
「必ずや国王陛下のお役に立ってご覧に入れまする」といってルティアセスは下がっていった。
余の役に立つだと? 貴様は一体誰の家臣なんだ、このゲスが。と心の中で吐き捨てたが口に出しては何も言わない。不快感を洗い流すかのようにぶどう酒をあおると、杯を投げ捨てた。
「ロンセーク伯と帝国の犬よ、早くダウファディア要塞を取り戻しに来るがいい」




