アトルモウ城 その一
ルティアセスは蒼白になって床を眺めている。いや、床すらも見ていないのかもしれない。固く口を閉ざしてブルブルと震えている。
「ルティアセス卿、答えろ!」
レーネットに命じられると、ルティアセスはのろのろと顔を上げた。それはレーネットが知るルティアセスではなかった。十歳ほど老け込んで、別人のような容貌になっていた。
彼は左右に視線を泳がせた後、レーネットの胸の辺りを見つめて唾を飲み込んだ。
「ご案内します。どうぞこちらへ」
ルティアセスは広間を出て、地下に通じる階段へと一同をいざなった。
地下は室温が低く、ひんやりしている。いろいろな匂いが混ざり合って、強い異臭を漂わせていた。
ルティアセスは、最も奥にある扉の前に立った。
「サインフェック副伯はこちらにいらっしゃいます」
まともな人間が、こんなところで寝起きしているはずがない。一同は顔を見合わせて、結局レーネットに視線が集まった。
レーネットも人に任せるつもりはなかった。取っ手をつかむと、大きく息を吐き出して、一気に扉を引き開けた。
何もない部屋の中央に、棺が安置されていた。
「かなり時間がたっております。棺はお開けにならない方がよいでしょう」
ルティアセスは震えながら口を開いた。
レーネットは棺の横にひざまずくと、拳で棺の蓋を一撃した。そして、拳を蓋に押し付けたまま動かなくなった。
「何があったのか、話してもらうよ」
ウィンが静かに、しかし有無を言わさぬ低い声でルティアセスに命じる。
「サインフェック副伯は、ロンセーク伯と話をするとおっしゃり、デズロントと共にプルヴェントを出立されたのです。しかし、すぐに戻ってきました。いや、サインフェック副伯のご遺体をデズロントが運んできた、と言うべきでしょうか」
ルティアセスは言葉を切り、深くため息をついた。
所々にろうそくが立てられているが、城の地下は暗い。ルティアセスの表情は誰にも見えない。
「デズロントが言うには、ロンセーク伯のところに向かおうとするサインフェック副伯をお止めした際、誤って死なせてしまったとか。我々はサインフェック副伯の死を伏せるしかなかったのです」
スハロートとデズロントがプルヴェントを出て行った後、何があったのかはルティアセスも正確には知らない。後頭部を強く打ち付けたことがスハロートの死因になったようだった。他に外傷はなかった。
デズロントに殺意があったのなら、もっと確実な殺し方をしたはずだ。
「それで時間を稼ぎつつ、行方不明になったティルメイン副伯を探していたというわけか。サインフェック副伯の代わりに立てるために」
ウィンはさめた声で質問した。
「はい……。ティルメイン副伯を見つけ次第、サインフェック副伯の死とティルメイン副伯の擁立を発表する予定でございました」
「スハロートはいつ死んだのだ?」
棺の横にうずくまったままのレーネットが、ようやく口を開いた。腹の奥底から絞り出すような声だった。激情を理性で無理に抑え込んでいるのが伝わってくる。
「サインフェック副伯がお亡くなりになったのは七月の下旬。ティルメイン副伯が公女様に連れられてご出奔なされたのはその直後でした。しかし、その時点ではまだサインフェック副伯がお亡くなりになったことを存じ上げませんでした」
「なるほど、ティルメイン副伯を探しながら宮内伯にお伺いを立てていたんだな」
ルティアセスを背後で操っているのは帝都の宮内伯たちに違いない。
「サインフェック副伯がお亡くなりになり、どうしたものかと……。代わりにティルメイン副伯を立てよと命じられたときには既にティルメイン副伯は行方不明に……。それからはなりふり構わず捜索したのですが……」
ルティアセスがリルフェットを探しているという噂が立ったのはこれが理由だったのだ。
「アルテヴァークを引き込んだのはルティアセスの意志か。宮内伯の指示か」
ウィンの質問にレーネットは驚愕した。宮内伯がそこまでするのか?
「宮内伯の指示でございます」
「ルティアセス、貴様のために何人のナルファスト人が死んだと思っているのか!」
レーネットの悲痛な叫び。
皆、固唾をのんで見守るしかなかった。
「お許しいただけるとは思っておりません。かくなる上は……」
そこで、ウィンがルティアセスの話を遮った。
「そこまでだ。『最後は潔いところを見せた』などとはさせない。敵国を引き込むは大罪。自害などさせない。楽に死ねると思うな」
ルティアセスは床に崩れ落ち、言葉にならないうめき声を発した。




