決着
スルデワヌトは、レーネット軍の予想以上の粘りに半ばあきれ、半ば感心していた。
戦力の八割を投入してレーネット軍を波状攻撃し、かなりの損害を与えているはずだがレーネット軍の陣形にはほとんどほころびが見られない。
レーネット軍はアルテヴァーク騎兵との戦い方をよく心得ている。
レーネット軍を遠望していたスルデワヌトの目が、敵陣に新たな動きを捉えた。レーネット軍の右翼に監察使の軍旗が見える。つまり、スハロート軍を敗退させてレーネット軍に合流したのだ。
「ルティアセスめ、使えぬ男だったな」
監察使軍が布陣したのは台地の上なので、騎兵突撃は不可能だ。レーネット軍に気を取られている間に厄介な場所を取られた。ただし、監察使軍の主力は歩兵なのでアルテヴァーク騎兵に対して攻勢に出ることはないだろう。
アルテヴァーク騎兵もかなり消耗している。五〇〇騎を一単位として編成し、一撃離脱戦法を続けていた。他の隊が攻撃している間は休めるとはいえ、疲労は蓄積する。特に馬の疲労が問題だ。
「そろそろ、馬を捨てて歩兵化する時期かもしれぬな」
スルデワヌトが戦法の転換を伝令に伝えようとしたとき、敵左翼から五〇〇騎ほどの騎兵が突出してアルテヴァーク騎兵の一団を粉砕した。続けて、レーネット軍歩兵に騎兵突撃しようとしていたアルテヴァーク騎兵に横槍を入れて、この隊も壊滅させられた。
レーネット軍の騎兵はアルテヴァーク騎兵と何度も交戦して消耗しているはずだ。軽快に戦場を駆け回れるのは監察使軍の騎兵しかない。
格下と侮っていた監察使軍騎兵に最強のアルテヴァーク騎兵が狩られるという屈辱的な光景を目にして、常に冷徹だったスルデワヌトは己を見失うほどの激しく逆上した。
「あの目障りな騎兵を駆逐する。続け!」
彼は、予備兵力として温存していた直属の二〇〇〇騎を動かした。
監察使軍騎兵は、スルデワヌト本隊に気付くと一目散に逃げ出した。だがアルテヴァーク騎兵を狩るために駆け回っていたため、速度が出ない。スルデワヌトに一気に距離を縮められた。
この様子を眺めていたウィンは、「やあ、かかったね」と言ってわははと笑った。
もちろん、スルデワヌトには聞こえない。
逃げる監察使軍騎兵を深追いして、スルデワヌト本隊がレーネット軍左翼の前に差し掛かった。
その瞬間――。
レーネット軍左翼の背後から、一〇〇〇騎の騎兵が出現してスルデワヌト本隊の右側面を食い破った。
「こいつらは何だ? どこから湧いた!?」
スルデワヌトが異変に気付いて振り返った。既に、スルデワヌト本隊中央部は完全に分断されていた。
スルデワヌト本隊の右側面から左側面に抜けた敵騎兵は、並走する形でスルデワヌトの背後に迫っていた。
スルデワヌトが新手の騎兵に気を取られている間に、スルデワヌト本隊とそれを救おうとしたアルテヴァーク騎兵はレーネット軍に近づき過ぎた。
長槍を構えた歩兵たちが一気に突撃してくる。
しかも、監察使軍とレーネット軍左翼が押し包むように陣形を変えたため、アルテヴァーク軍はどちらに向かっても長槍を構えた歩兵と相対する状態になっていた。
アルテヴァーク軍は総崩れになり、ある者は左右から槍で突かれ、ある者は槍ぶすまを正面突破しようとして馬を殺され、落馬した。
スルデワヌトはなすすべもなく、敵が手薄なところをめがけて馬を走らせるしかなかった。
突き出される槍を剣で払いのけ、横から迫ってきた歩兵の顔を盾で打ち砕き、包囲網を辛うじて突破した。
彼に従う兵は五〇騎を割り込んでいた。
「われらは勝っていたではないか。どこで間違えた?」
自問自答するが分からない。こうなっては戦場から離脱するしかない。
ふと敵陣に目をやると、監察使軍の本陣が見えた。武装すらしていない男が、にこにこしながら手を振っている。
「あれが……監察使、なのか?」
スルデワヌトは信じられない、といった顔でその男を眺めた。ずいぶん長くそうしていたような気がするが、実際には一瞬の出来事だった。
スルデワヌトは監察使軍本陣の前を駆け抜け、そのままダウファディア要塞方面へと敗走した。
スルデワヌトを殺す絶好の機会であるはずなのに、なぜか追撃されなかった。振り返ると、新手の騎兵はみな停止して、スルデワヌトを見送っていた。
「陛下が敗走する際、監察使は追撃致しません。安心してお帰りください」
という軍使の声を思い出した。
「約束を守ったというわけか。では安心して帰るとしよう」
スルデワヌトは声を上げて笑った。
もうどうでもよくなっていた。
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