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居眠り卿とナルファスト継承戦争  作者: 中里勇史
ナルファスト継承戦争

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アルティリット会戦 その二

 そのころウィンはというと、心配していた。

 ただしレーネットのことではない。

 傭兵たちは個々の判断で見事に急場をしのいだが、その弊害が見え始めた。台地からの攻撃を防ぎつつ、台地への攻撃を企図しているのはいい。だが台地に向かう兵が多過ぎる。

「ラゲルス、台地の上に向かわせるのは五〇〇人くらいでいい。他は呼び戻してくれ」

 ラゲルスはウィンの意図を理解し、伝令を走らせた。


 ウィンは、判断が遅過ぎたと自省した。

 実際、遅過ぎた。

 台地の反対側からスハロート軍の本隊が出現して、監察使軍の右翼を攻撃し始めた。監察使軍傭兵の多くは台地からの攻撃に拘束されているか、台地に登りかけていた。

 スハロート軍を迎撃できる兵力がほとんどなかった。

「やや、こいつは弱ったな」

 ウィンは間の抜けた声を出した。


 平地に残ったわずかな傭兵たちは、スハロート軍の本隊によって軽々と粉砕されていった。このままでは全軍潰走は避けられないが、ウィンにそれを防ぐための予備兵力はなかった。

 スハロート軍を指揮しているのはルティアセスだった。人格に難があり権勢欲が過剰な男だったが、ナルファスト南部に領地を持つだけあってアルテヴァークとの実戦経験は豊富だった。

 ナルファスト南部の地形にも明るい。スルデワヌトから待ち伏せ策を提示されたとき、この地を会戦の舞台に選んだのもルティアセスだ。台地上の弓兵によって敵部隊を拘束し、防御態勢と台地への反撃態勢を取らせたところを本隊で突く。ここまではルティアセスの思い通りに進展している。


 ルティアセスは厚顔な男と見なされているが、自分の立場は十分にわきまえていた。アルテヴァークを引き込んだ以上、スハロート派にも自分にも帝国における未来はない。かくなる上は、スルデワヌトに徹底的に協力して彼の野心を満足させるしかない。

 スルデワヌトに蔑まれていることも知っている。だがスルデワヌトは、たとえどれほど嫌悪している相手であったとしても、結果に対してはエサを投げ与える。

 スルデワヌトは言った。

「ナルファスト南部総督の地位をくれてやる。欲しければ自分で拾え」

 汚物を見るような目で。

 そしてルティアセスはそうすることにした。汚物扱いでも構わなかった。


 ルティアセスが率いるスハロート軍は、監察使軍の中央を突破しかけていた。

 スハロート軍右翼の前には、台地からの攻撃を盾で防ぐだけで手いっぱいの傭兵たちの一団。スハロート軍中央の正面には、傭兵のまばらな集団がいるだけだ。彼らは個別に戦線を支えている。この貧弱な集団を突破すれば、監察使軍は完全に分断されて組織的な反撃は不可能になる。

 驚くべきことに、監察使軍の傭兵たちはスハロート軍に対応しつつあった。傭兵たちは逃げずに踏みとどまり、その間に他の傭兵が集まってきて戦列を構築した。監察使軍の傭兵は、ルティアセスが知っている傭兵とは質が違っていたのだ。金銭だけでつながれた単なる雇われ兵ではなく、ベルウェン、十人隊長、百人隊長らとの個人的なつながりで構築された、異常に属人的な集団だった。

 それだけではない。彼らはここで逃げたら確実に死ぬことを知っていた。会戦における戦死者の多くは追撃戦時に発生する。一度潰走状態に陥ったら、もう立て直せない。背中を見せたら確実に死ぬ。たとえ不利でも、敵の方を向いて戦っている間は死なない。そうやって生き延びてきた男たちだった。


 そして、彼らのこのわずかな粘りが実を結んだ。

 あえて遊兵になって機会を窺っていたフォロブロンの騎兵部隊が、スハロート軍左翼を急襲した。スハロート軍が現れた瞬間ではなく、傭兵との戦闘に入るまで動かず、がら空きの敵側面に騎兵突撃を敢行することでスハロート軍本隊を激しく動揺させた。

 ルティアセスも左翼前方に見えている騎兵たちを警戒はしていたが、傭兵たちの予想外の抵抗に手間取った。結果、監察使軍の騎兵に対応するための左翼部隊まで対傭兵戦に引きずり込まれていた。

「やや、さすが副伯(フォロブロン)。完璧な頃合いだね」

 ウィンはわははと笑った。馬をほぼ後ろに向けており、逃げ出す寸前という態勢だったが。


 台地から降り注いでいた矢もいつの間にかやんでいた。矢を防ぐことに専念していた傭兵たちもスハロート軍への反撃に参加できるようになり、スハロート軍は左翼をフォロブロン麾下の騎兵、正面を傭兵部隊に押さえられた。スハロート軍の右側は台地になっており、行動が制約される。

 フォロブロンはスハロート軍の背後にまで騎兵を展開しつつある。

「どうやら勝てそうですな」

 とラゲルスがつぶやき、続いて明確に、ウィンに問い掛けた。

「あの中にサインフェック副伯(スハロート)もいるかもしれんですな。どうします?」

 ウィンは横目でラゲルスを一瞥し、十数えるくらいの間、目を閉じた。再び目を開けると、表情を消して応えた。

「そうだね、そのときは……討て」

 「討て」という指示がいつになく明確な意志を含んでいることに、ラゲルスは驚いた。逡巡はしたようだが、最後は迷いを振り切ったと感じた。

「よろしいんで?」

「捕らえてロンセーク伯(レーネット)に引き渡すのかい? 実の弟を処刑しろなんてロンセーク伯に言えないよ。アルテヴァークを引き込んだ時点でサインフェック副伯の処刑は確定だ。助命はできない。なら、処刑されるより討ち死にした、って方がましだろう」

「討ち死に……確かにそうですな」

「ロンセーク伯はこれからナルファストを治めていく。アルテヴァークからナルファストを救った英雄としてね。彼の手を汚させるわけにはいかない」

「で、サインフェック副伯殺しは旦那が引き受けるってんですかい」

「私のことはいいから、サインフェック副伯の件、前線に伝えてよ。サインフェック副伯以外は生かしたまま捕まえてね」

 ウィンの説明はラゲルスに対してではなく、ウィン自身に向けたものだったようにラゲルスには聞こえた。ベルウェンが、ウィンのことを大して評価はしていないが気に入ってはいる、ということが少し分かったような気がした。


 スハロート軍を包囲したことで、監察使軍の勝利は確定した。降伏勧告によってスハロート軍の兵の多くが戦意を喪失し、投降した。ルティアセスも捕らえられたが、スハロートは発見できなかった。

 勝ったものの、監察使軍はかなり疲弊していた。傭兵は二〇〇〇人ほどに減り、生き残った者も疲労が深刻だった。フォロブロン麾下の騎兵は健在だが、五〇〇騎程度ではアルテヴァーク軍に抗し切れない。

 とはいえレーネット軍に合流しなければならない。ウィンは残存兵力を再編すると、レーネット軍が戦っているであろう地点を目指して全軍に南下を命じた。

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