願い その1
ウリセファはスハロートを探してスハロート派貴族の館などを巡っていたが、空振り続きだった。
あの監察使はレーネットとスハロートを仲直りさせると言っていた。彼が仲介すればウリセファの目的は果たされるかもしれない。それだけを心の支えにしてつらい旅を続けてきた。心身共に疲れ果てていたが、今なすべきことはスハロートを見つけて監察使に会わせることだと自分に言い聞かせて耐えてきた。
だが、ある貴族の館を訪ねたときに驚くべき情報を知らされることになる。
「監察使がプルヴェントとデズロントの城を占領した!?」
ウリセファは監察使に裏切られたと感じた。平和的な解決を目指すウリセファを嘲うかのように、帝国の手先は愛すべきナルファストの地を蹂躙している。ウリセファたちを喜んで迎え入れ、父や母のために泣いてくれた領民たちが皇帝軍によって殺されているのだと思うと全身の血が煮えたぎるような怒りを覚えた。
ウィンの軍は皇帝軍でもなければ虐殺もしていないのだが、情報が正確に伝わることはほとんどない。ウィン本人も、プルヴェントとリッテンホム城を占領したと喧伝し、それどころか「サインフェック副伯は交渉に応じよ。さもなくばさらに街や城を攻め落とす」と、もはや脅迫とも言える声明を発していた。ウィンの悪乗りと偽悪趣味が誤解に拍車を掛けた。
都市や城を軍隊が攻め落とせば犠牲者が出ると考えるのは当然のこと。ウリセファが勘違いするのも無理はなかった。
一瞬でもあの監察使を信じた自分の愚かさを思うと、悔しさを抑え切れない。人前で泣くまいと決めていたが、こぼれる涙を止めることができなかった。監察使の件はきっかけに過ぎない。父の死を知ったそのときから、ウリセファは感情を抑え込み続けていた。既に限界だったのだ。
エネレアにとって、ウリセファは高貴で気高く、美しく、そして強い、女神のような存在だった。そのウリセファが涙し、震えている。エネレアは泣きながらウリセファを抱きしめた。ウリセファの柔らかい体は、自分の筋張った硬い体とは大違いだった。ウリセファの美しい体を自分のような惨めな体で包むのは恐れ多いとおののいたが、ウリセファもエネレアの体を強く抱きしめてきた。そして、彼女たちは人目もはばからず、声を上げて泣いた。
ファイセスもワインリスも、なすすべもなくただ突っ立っていた。見守るべきか目をそらすべきかも分からなかった。
ファイセスは、エネレアを連れてきた自分の先見の明に心から感謝した。




