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愚者たちの輪舞 ―ブランタール公の凱旋―  作者: 中里勇史
継承戦争

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37/115

開戦

 レーネット-ウィン連合軍はアプローエ山脈の北限を東に向かって抜けると、山裾に沿って緩やかに南下を始めた。前をレーネット軍、その後に監察使軍が続く形になった。

 頻繁に斥候を放って周囲を探りながらの進軍なので、遅々として進まない。そうせざるを得ないほど、アルテヴァーク軍の奇襲は脅威だった。


 フォロブロンは、監察使軍としては初めて完全武装した。甲冑を着けて左手には盾、右手には騎兵用の短槍を持っている。兜だけは、脱いで鞍の前部に置いている。馬の頭や胸部などにも金属製の覆いを付けた。二人を除いて、多少の違いはあれど騎兵はフォロブロンのような装備を付けていた。


 例外である二人のうちの一人、ウィンは革製の胸当てを付けただけという簡単な装備で、気楽そうに馬に揺られている。


「いやあ、重そうだね、副伯(フォロブロン)

「セレイス卿こそ、そんな装備でいいのか? その胸当てでは矢も防げない」

「矢も届かない安全な場所に居るつもりさ。前に出たって役には立たないしね」


 そもそも、ウィンはまともな装備を持っていない。胸当ても、プルヴェントで適当に調達したものだ。監察使軍の総大将が平服では士気が下がるので、形だけでも軍装にさせたのだ。


 武具や防具などの装備を整えるのは主君への軍事奉仕の一環であり、自弁だ。甲冑は着用者の体形に合わせて作る特注品で、それだけに高価にならざるを得ない。

 フォロブロンらは武官として当然のように所有していたが、文官のウィンには装備を整える理由も機会もなかった。


 武具もだが、それを使う技術も必要だ。ナルファスト公国への道中、フォロブロンは渋るウィンに無理やり剣の稽古を付けてみたことがあった。だが、全くどうにもならなかった。やはり、幼少期から戦士としての鍛錬を続けてきたフォロブロンとその機会が与えられなかったウィンでは、一朝一夕では埋め難い溝があった。


 もう一人の軽装者はムトグラフだった。彼も戦闘向きではないためウィンの近くに居ることになった。


「セレイス卿の盾代わりくらいにはなりますよ」


 などと言っていたが、恐らく盾にすらなるまい。ムトグラフがウィンの盾になるような事態になったら、いずれにせよ死体が二つできるだけのことだ。

 そうなったら後片付けが面倒だ。


 フォロブロンは騎兵部隊を指揮するため、ウィンの近くには居られない。ウィンの近くには、ベルウェン配下のラゲルス・ユーストが配置された。彼はベルウェンを一回り大きくしたような男で、盛り上がった筋肉で袖がはち切れそうになっている。見た目に違わぬ武勇を誇るが、細かいところにも気が回る頭脳派でもある。彼がウィンの護衛兼ウィンの指揮の補佐を務める。

 もちろん、護衛の兵も二〇人ほどウィンの周りに配した。この監察使軍司令部が戦闘に巻き込まれるようでは戦いは負けだ。彼らの役目は戦うことではなく、ウィンを逃がすための時間稼ぎになる。


 レーネット-ウィン連合軍は、今のところアトルモウ城に向かうともダウファディア要塞に直行するとも決め難い経路を選んで進んでいる。スハロート-スルデワヌト同盟に対する陽動である。

 攻城戦では防御側が圧倒的に有利だが、どこを攻めるかを選べるという点では攻撃側に利点がある。会敵に有利な地点に移動するまではその優位を活かしたかった。


「敵が籠城するという可能性はないのでしょうか」


 ムトグラフが遠慮がちに質問した。


「あるよ」

「え?」

「あるよ」

「そうなのですか?」

「そうなのだ」


 別にウィンはふざけているわけではない。質問に率直に答えているだけで他意はない。だがこれでは、いつものことだが話が進まない。フォロブロンが代わりに説明を始めた。


「籠城にも利点がある。敵の拠点は二つ。こちらにはそれを同時に攻めるほどの兵力がない。よって、どちらかを全力で攻略することになる。敵は籠城して攻撃を防ぎつつ、もう一方の拠点から我々の背後を突くことができる。もう一方からの攻撃に備えるためには、攻城戦のための戦力を割くしかない。これでは攻撃が中途半端になり、戦いがいたずらに長引くことになりかねない」

「なるほど」


 とウィンが手を打った。


「お前が感心してどうする」


 という言葉をフォロブロンは辛うじてのみ込んだ。


「それでは困るではないですか」


 ムトグラフが当然の疑問を呈する。


「困るんだよ」

「どうするのです?」

「どうしようか」


 またムトグラフとウィンの間の抜けた掛け合いが始まった。


 実際問題として、戦術として籠城を選択した敵を誘い出すのは極めて困難なのである。そのため、籠城側に罵詈雑言を浴びせかけて逆上させる、籠城側の肉親を人質にして開城を迫る、敗走する振りをして追撃を誘うなど、さまざまな策が考案され、実行されてきた。

 効果があったものもあればなかったものもある。相手や状況によって効果の有無も変わる。確実と言える方法は存在しない。


 今回の場合、ダウファディア要塞の陥落はアルテヴァークにとって致命的であるから、ダウファディア要塞を攻めようとすればアトルモウ城の敵が出てくる公算は高い。だがいつ出てくるのか、となると不確定要素が多い。

 ダウファディア要塞を攻撃してもすぐには落とせない。レーネット-ウィン連合軍が攻城戦で疲弊した頃を見計らって出てくるという可能性もある。


 前を行くレーネット軍は、そろそろ軍列をダウファディア要塞方向に向ける頃だ。斥候を放ってこちらの動きをさぐっているであろうスハロート-スルデワヌト同盟にも、その情報がもうすぐ伝わるだろう。

 監察使軍はアプローエ山脈の山麓から突き出た台地を迂回し終わったところだった。ウィンがその台地をしきりに気にしていることにフォロブロンが気付いた。


「あの台地が気になるか?」

「高過ぎず、低過ぎず、ちょうどいい高さだよね。あそこから攻撃されたら嫌……」


 とウィンが言いかけた矢先、その台地から矢が雨のように降り注いだ。


「敵襲!」


 監察使軍に緊張と動揺が走った。


「ほら、すごく嫌だろ?」


 ウィンはわははと笑った。


「うるさい! セレイス卿は邪魔にならないところまでさっさと逃げる! ムトグラフ卿も! ラゲルス、頼んだぞ!」


 最小限の指示を出すと、フォロブロンは兜をかぶりながら馬を操り、騎兵部隊を指揮するために走り去った。


 各所で怒号が飛び交っているが、意外に混乱は少ない。傭兵たちは多少ごたつきつつも陣形を立て直し始めた。既に弓矢で応戦する者までいる。

 フォロブロンは騎兵を傭兵たちの東側にまとめ上げ、どこにでも機動できるように再編した。平地側でなければ騎兵を生かせない。


「やられたな……」


 フォロブロンは舌打ちした。

 敵は、最も有利な地形に布陣して待ち伏せをするという積極策を採った。その可能性を考慮して偵察を徹底していたつもりだが、斥候たちはこの台地を重視しなかったらしい。


 騎兵では台地の上の敵を攻撃できないので、台地からの攻撃が届かない位置まで騎兵を下げた。台地は、大兵力が展開できるほど広くない。下からでは見えないが、台地にいる敵兵はそう多くない。弓兵で奇襲して混乱させた後、平地に展開した本隊が頃合いを見計らって殺到してくるに違いない。


 台地の弓兵を排除するのは傭兵たちに任せて、フォロブロンは敵本隊の出現に備えることにした。


 自軍の傭兵たちは練度が高かった。

 盾で前面を守る者、上からの矢を防ぐ者に自然に分かれて防御陣を構築し、その間から弓兵が台地の上に矢を曲射する体制を整えつつあった。奇襲されることすら、彼らにとっては日常の出来事なのである。


 その間に、敵の矢が届かない地点から台地に這い上がる一団を構成している。白兵戦に持ち込めば、敵の弓兵を沈黙させることができる。そうすれば、台地から降り注ぐ矢を防ぐだけで精いっぱいの部隊を攻撃に回せる。

 これらを前線の十人隊長や百人隊長が独自の判断で実現していた。


「やや、私の出る幕はないねぇ。これは楽でいい」


 ウィンはのんきに感心した。アデンはそんなウィンを許さない。

「全てあなたの無能と怠慢が招いたことです」

「手厳しいな。それなりに努力したつもりなんだけど」

「そうでしたか? あなたは明らかに途中で飽きてましたよね」

「……」


 常にウィンと共にあるアデンにごまかしは利かない。

 レーネットとスハロートの直接対話を目指したものの、全くうまくいかないことに飽いていたのは事実だ。いっそメチャクチャにしてしまえ、と思い始めてもいた。アルテヴァーク王国の参戦によって予想以上にグチャグチャになってしまったが、それとてナルファストの混乱が続けばこうなることを危惧してもよかった。すべきだった。


 したとして、防げたかどうかは別だが。

 いずれにせよ、あらゆる可能性を考慮して手を打つ努力をしたかと詰められたら、していなかったと答えるしかない。なぜしなかったのか。


 飽きていたからだ。


「怠慢のツケはそのうち払うよ。まずは勝たないとね」


 九月九日、台地周辺の地名にちなんで「アルティリット会戦」と呼ばれることになる戦いがこうして始まった。

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