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居眠り卿とナルファスト継承戦争  作者: 中里勇史
帝国監察使

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嫌がらせ

 監察使がプルヴェントを人質にしてスハロートに出頭を命じているという。監察使にしかできない芸当だ。

 レーネットは、何度話し合いを呼びかけても全く返答しないスハロートに怒りを覚えつつある。かといって、レーネットが監察使と同じ手段を取ったら全面的な内戦状態に陥ることは火を見るよりも明らかだ。

 だが相手が監察使では迂闊に手を出せない。監察使軍との戦闘は皇帝軍やグライス軍による討伐に発展する恐れがある。

 ナルファスト公国が一枚岩のときであれば地の利を生かして討伐軍を苦しめることもできる。ゆえに「公国を討伐する」などとは皇帝も安易に決められない。しかしレーネット派とスハロート派に分裂している状態ならば皇帝軍によって全土を制圧されるだろう。


 レーネットはさらに恐ろしい筋書きに気付いて、背筋に氷を押し当てられたような悪寒を覚えた。皇帝は監察使を捨て駒にして、監察使が害されたことを大義名分としてナルファスト公国を潰そうとしているのではないか。

 帝国に属する一つの王国とナルファスト公国を含む六つの公国の君主は「枢機侯」と呼ばれる。皇帝は、この枢機侯の互選によって選出される。ティーレントゥム家はスルヴァール王とゼンメルセ公の座を保持しており、この優位性によって玉座を独占し続けている。

 皇帝が「三つ目の枢機侯の席」をも手にしようとしているとしたら? こうなると、自分の役割は喜劇そのものだ。監察使を守ってやらねばならないではないか。


 レーネットは一息つくと、改めて監察使の行動の利点や危険を整理した。手段はいささか強引ではあるが、スハロートを交渉の席に座らせるのには有効だ。スハロートと話をしたいという自分の目的にも合致している。

 レーネットは集めた兵をデルドリオンまで進めて、その先は一〇〇〇の兵のみを連れてプルヴェント近郊に向かった。

 不思議なのは、プルヴェントにスハロートがいなかったことである。兵もほとんど配置しておらず、皇帝が背後に控えているとはいえ、わずか三〇〇〇の兵に屈して無血開城したのだという。スハロートもデズロントも今どこにいるのか。


 プルヴェントに近づくと、数人の幕僚らしき供を連れた監察使が城門の前で待っていた。

ロンセーク伯(レーネット)、お久しぶりです」

 ウィンは悪びれる様子もなく間の抜けた挨拶をした。

「セレイス卿、プルヴェントを占領したというのは一体……」

「何、デルドリオンと同様、プルヴェントに場所を移して駐留しただけのこと。やっていることに変わりはありません。『占領したぞ』というのは嫌がらせです」


 嫌がらせなのか。


「スハロート……いや、サインフェック副伯の反応は」

「それがね、全くなしです。仕方がないので、次はデズロント卿の城を落とす所存」

 ウィンは事もなげにそう言い放ち、

「ややこしくなるからロンセーク伯は動かないように」

 と付け足した。

 スハロート派が交渉に応じるまで、スハロート派と目される街や城を落として回るつもりらしい。三〇〇〇の兵でそんなことが可能なのか。

「皇帝陛下のご威光を利用すれば、まあ落とすだけなら可能でしょう。別に占領を維持する必要もないし」

 レーネットにはない発想だった。街や城を落とすのはその地域の支配権を獲得するためであり、それを維持するためには占領地に守備兵力を残さなければならない。

 だがウィンにはナルファスト公国の領土を奪う意志はない。占領地を維持する必要もない。街や城を落として「占領した」と宣言し、守備兵力を残さず次の街や城に向かう。スハロートが街や城を奪還するなら、そうさせればいい。これまで姿が見えなかったスハロート陣営が可視化されるというものだ。

 ウィンがやろうとしていることはスハロート派の領地に限定されるので、レーネット派には実害がないという利点もある。


「スハロート派の怒りや不満は私に集めます。事後の融和の観点から、ロンセーク伯(レーネット)がプルヴェントに入るのはお勧めしません。この嫌がらせ作戦にロンセーク伯が関与していると思われたらその後の話し合いが面倒になります」

 確かに、スハロート派にとっては嫌な作戦だろう。しかしレーネットにも意地がある。何もするなと言われるのには抵抗がある。

「では、私はただ傍観していろ、ということか」

「現時点でロンセーク伯にできることはありません。サインフェック副伯に交渉を呼びかけ続けてください」

 ウィンはレーネットの心情を忖度することなく答えた。貴族的な儀礼で糊塗された遠回しな言上に囲まれているレーネットにとって、ウィンの率直な物言いは衝撃的でもあり新鮮でもあった。時に無礼とも取れる言い草もあるが、不快ではなかった。

「もう少し言い方というものがあるでしょう」

 と言ってウィンを叱るフォロブロンにも好感を持った。

「了解した。私は兵をデルドリオンまで下げてサインフェック副伯陣営に呼びかけを続ける」


「そうそう、妹君にお会いしましたよ」

 ウィンは、ウリセファが乗り込んできた件をその後の彼女の動きとともにレーネットに手短に伝えた。レーネットは久しぶりに聞いた家族の消息を感慨深げに聞いていた。

「つまり、妹はスハロートやリルフェットと別行動を取っているということか……」

 ウリセファの無事を確認できたのは喜ばしいが、不安要素は増えた。一体、スハロート陣営はどうなっているのか。

 押し黙ってしまったレーネットを見ても我関せずとばかりに、ウィンは続けた。


「実は、ロンセーク伯に少しお借りしたいものがあるのです」


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