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愚者たちの輪舞 ―ブランタール公の凱旋―  作者: 中里勇史
帝国監察使

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22/212

プルヴェント占領

「監察使が動いた?」


 監察使の宿営地を監視していた家臣の報告を聞いたレーネットは、眉間に皺を寄せて無意識に顎をさすった。


 ――あの男は一体何をしようとしているのか。


「デルドリオン近郊に駐留していた全軍を動かしたようです。ラモリーン街道を南下しているとのこと」

「プルヴェントに向かっているということか」


 ――監察使とスハロートの間で何があった。同盟か、敵対か。

故アルサースの弟


「バルデール!」

「はっ、御前に」


 レーネットの前に、一人の青年が立った。

 ヴァル・プテロイル・バルデール。故アルサースの弟である。アルサースには子がなかったので、プテロイル家はバルデールが継承していた。

 兄弟だけあって、バルデールはアルサースによく似ている。だが、レーネットの近習となるべく幼い頃から共に過ごしたアルサースと異なり、レーネットとバルデールの間には埋めがたい距離がある。スハロートらと一緒に遊んだという共通の思い出もない。

 プテロイル家当主の座は埋めることができたが、アルサースの代わりにはなり得ない。


 喪失感をかみしめながら、レーネットは淡々と命じた。


「バルデール、領主たちに参陣するように伝えてくれ」


 これで、一週間後にはワルフォガルに少なくとも三〇〇〇の兵が集まるだろう。



 レーネットの下に「監察使軍動く」の報が入った頃、ウィンたちは既にプルヴェントの近くに到達していた。純軍事行動になるため、商人や娼婦たちの一団はデルドリオンに置いてきた。

 アディージャは、真っ赤な(スカーフ)を振って監察使軍を見送った。一体、誰のために振っているのか。


 ウィンはプルヴェントを半包囲するように軍を布陣させると、プルヴェントに使者を派遣した。


「プルヴェントは直ちに開城し、帝国監察使軍の占領下に置かれること。抵抗しなければあらゆる生命、財産の安全は保証する」


 プルヴェントが開城を拒んだ場合、実のところウィンには打つ手がない。たった三〇〇〇の兵では街を短期間では落とせない。一年も兵糧攻めにすれば開城するだろうが、そんなことをしている暇はない。プルヴェントがほしいわけでもない。


 プルヴェント側の使者がウィンの本陣にやって来た。貴族が来ると予想していたが、平民の市行政官だった。ルティアセス他、貴族たちは監察使軍が接近すると逃げ出してしまったのだという。

 彼は「監察使軍に占領される覚えはない」と言って、フォロブロンの前に傲然と立ち塞がった。


 そう、本陣でプルヴェント側の使者を迎えているのはフォロブロンなのである。ウィンは、居ない。

 フォロブロンは使者との交渉役に任命されて嫌な顔をしたが、「今回は強面外交だから」とウィンに説得されて強引に押しつけられた。確かに、ウィンのやる気のない顔では高圧的な態度を取っても効果はないだろう。

 フォロブロンが端正な顔を無表情にして迫ると、身分が低い者に対しては非常に効果がある。その後ろにベルウェンが同じく表情を殺して無言で立っているのだから相当怖い。

 ウィンとムトグラフは、奥に引っ込んでいる。


「我が軍はサインフェック副伯(スハロート)の配下と思われる騎兵の襲撃を受けた。その件についてサインフェック副伯(スハロート)に説明を求めたが、いまだ返答がない。そこで我が軍は安全を確保するためプルヴェントを占領し、改めてサインフェック副伯(スハロート)との交渉を試みるであろう。占領は恒久的なものではない。用が済んだら退去することをお約束する。それとも、皇帝陛下直属の我が軍の武勇をその身をもって試さんと欲するか」


 無表情のフォロブロンに詰め寄られ、使者は顔色を変えて震え上がった。ベルウェンが重ねて「欲するか」と言ってにらみを利かせて追い打ちを掛ける。ベルウェンは明らかに楽しんでいた。


 フォロブロンは自分たちを「皇帝軍である」とは言っていないが、皇帝軍だと誤解させるような言い方はした。

 プルヴェントの使者はそれでも抵抗の意思を示したが、最終的に開城に応じた。


「皇帝の影をちらつかせれば簡単に屈すると思っていたのだがな」


 フォロブロンは、使者の意外な気骨に感心した。


 こうして、レーネットが兵を集めている間にウィンはプルヴェントを占領した。八月一九日のことである。


「プルヴェントの諸君! 市民の生殺与奪は全て我が掌中にあることをゆめゆめ忘れるでないぞよ!」


 ウィンはそう叫ぶとわははと笑った。

 場所はプルヴェント市庁舎の一室。聞いているのはフォロブロンら監察使の幕僚数人だけである。


「その悪辣な侵略者みたいな口上は何ですか。ここにいるのは身内ばかりですよ」


 アデンがあきれてため息をつく。


「一度言ってみたかったんだよね、こういうの。プルヴェントの人には恥ずかしくてとても聞かせられないけど」

「我々に聞かれるのは恥ずかしくないんですか!?」

「聞き手がいないのに一人で叫んでたら馬鹿みたいじゃないか」

「十分馬鹿みたいですよ」


 ウィンとアデンのやりとりき聞きながら、フォロブロンらは肩をすくめて苦笑する。いつもの、緊張感に欠ける光景がそこにあった。


 ムトグラフの何か言いたげな顔を察したフォロブロンは、軍監としての本文を思い出した。


「で、これからどうする?」


 ウィンは軽口を引っ込めて真面目に答えた。


「まずはサインフェック副伯(スハロート)の出方を見よう。どこの誰の筋書きかは知らないが、『サインフェック副伯(スハロート)に攻撃された報復としてプルヴェントを占領する』という道化は演じてやった。とにかくサインフェック副伯(スハロート)本人を引きずり出さないと話が進まない。本拠地を占領されたら、さすがに何らかの行動に出るだろう」


 ウィンは顔をしかめつつ鼻の頭を指でかいた。


サインフェック副伯(スハロート)に対して改めて布告を出す。まずは交渉に応じろ。プルヴェントを返してほしければプルヴェントに来い、と。武力で解決するなど愚か者のすることだからね」


 プルヴェントを武力制圧した監察使は、胸を張って堂々と言い放った。

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