ネルドリエン その2
フォルゴッソは、自分に何が起きたのか理解できなかった。プテロイルが現れたかと思うと、短剣を突然胸に突き立ててきたのだ。
自分は一体どこで間違えたのか。
オフギースの遺体を発見した現場をデズロントに目撃されたときか。逃げ出したデズロントを取り押さえるのに失敗したときか。
デズロントは明らかにフォルゴッソが犯人だと勘違いしていた。そのデズロントがスハロートの下に逃げ込んだことを悟り、レーネット派として生きるしかなくなった。レーネットを勝たせる以外に生き延びる道はなくなってしまった。
だが、過激化するプテロイルは危ういと思った。ネルドリエンは権勢欲にまみれた俗物の権化だった。自分は穏健派として両者の均衡を取りながら、レーネットとナルファストに尽くしてきた。スハロート派からの内応の誘いも断った。
だが全て無駄だった。無駄だった。無駄だった……。
そして、フォルゴッソは思考することを永遠に停止した。
プテロイルはすぐに取り押さえられ、地下牢に入れられた。
レーネットは、プテロイルの行為を私闘ではなく乱心として処理した。城内での私闘は斬首であるが、乱心であれば牢に監禁して自由を制限するだけで済む。長年の友人に対するせめてもの温情であったが、プテロイルは程なく牢内で自害して果てた。
ネルドリエンは笑いが止まらなかった。目障りな人間が2人も、こうも簡単に視界から消えてくれるとは。愉快でたまらない。まさかここまで都合良く展開するとは思ってもみなかった。
フォルゴッソの刺殺現場には、ネルドリエンも居合わせていた。フォルゴッソの呆然とした顔、プテロイルの正気を失った顔。どちらも実に無様だった。
思い出すだけで笑えてくる。したたかに酔ったことも手伝って、次から次へと笑いが込み上げる。笑い過ぎて腹が痛い。息が苦しい。いや、胸が苦しい。息ができない。
一緒に笑っていた家臣たちが主君の異変に気付いたときには、既にネルドリエンの心臓は鼓動を停止していた。ネルドリエンは、後に「ナルファスト継承戦争」と称されることになる一連の事態の中で最もつまらない死に方をした男として記録されることになった。
重臣の相次ぐ奇禍によって、レーネット派の家中はぼろぼろになった。レーネットは取り急ぎ彼らの嫡子や兄弟に領主権を継承させて所領を安堵し、体制の立て直しに奔走した。
レーネットがなぜネルドリエン、プテロイル、フォルゴッソを重臣として重用しなければならなかったのか。それは、彼らが保有する兵力こそがレーネットの権力の源泉だからである。多くの領主が日和見を決め込んでいる今、積極的にレーネットを支援する彼らの兵力がレーネット軍の主力なのだ。この3人の継承者を立て、彼らに忠誠を誓わせなければレーネット軍は瓦解してしまうだろう。
尋常ならざる義務感と精神力によってこうした政務を処理する一方で、レーネットは何もかも投げ出して出奔したいという衝動に日に何度も襲われていた。
彼の精神力は限界に近づきつつあった。




