閉塞
皇帝軍によってミラロールは完全に制圧された。
ミラロールに住み着いていたヌヴァロークノ人二〇〇〇人は全て捕らえられ、彼らの奴隷にされていた八〇〇人のミラロール市民は解放された。ミラロール市民はヌヴァロークノ人の処刑を要求したが、フォロブロンはそれを許さなかった。
アークラスムは怪訝な表情を浮かべた。
「けどよ、あいつらどうするんです? 伯爵」
ヌヴァロークノ兵はともかく非戦闘員の平民をどう扱うのか。
ウィンはアークラスムの方を見ずに答えた。
「彼らも奴隷にして売る。帝国各地や周辺諸国に」
先の戦いで捕虜にしたミラロール守備隊の生き残り三〇〇〇人弱と同様である。
レンテレテスが、ヌヴァロークノ人たちを眺めながらため息をつく。
「連れて行くわけにもいかん。帝国人の資格を与えることもあたわず。ファッテン伯と奴隷商人に任せるしかないだろう」
「それしかないでしょうな……」
オルロンデムのつぶやきが、アークラスムの癇に障った。
「スカした顔しやがって」
などと毒づく。もっと言いたかったが、フォロブロンの手前もあってその程度で抑えた。
「ヌヴァロークノには同情する。助けてあげられたらよかった。だが、彼らは武力で解決しようとした。帝国人を殺し、奴隷にした。ヌヴァロークノ人は被害者だったが、自らその資格を放棄したんだ」
ウィンは、ヌヴァロークノ人をあらためて眺めた。
ミラロールの住民がヌヴァロークノ人に何かしたわけではない。平和に暮らしていたのに一方的に攻撃され、殺され、犯され、追放され、奴隷にされた。
ヌヴァロークノ人はその罪を負わなければならない。
――あのヌヴァロークノ人の男女は夫婦だろうか。奴隷に落とされたら、引き離されることもあるだろう……。
ウィンは表情を消して空を見上げた。
地上には、見たくないものが多過ぎる。
◆
「フェリーニナ、本当にいいのかい?」
「だって必要なんだろ?」
「けど……」
「水軍に二言はないよ。やると決めたらやる。それだけさ」
フェリーニナはそう言って、不敵に笑った。
ミラロール港の海はえぐれたように深いが、天然の堤防になっている入り江の出口付近は意外に浅い。
そこに、オルドナ水軍やガロナ水軍の船、拿捕した敵の軍船を集めて自沈させる。焼け残った柱などもついでに放り込み、港を閉塞するのである。
これで、大型船はミラロールに入れなくなる。
「あれ撤去するの大変だぞ」
ベルウェンはげんなりしてウィンを見た。
ウィンもげんなりしている。だが、戦争終了までは、とにかくヌヴァロークノからの増援を近づけないことが重要なのだ。
「平和になったら、除去すればいい。大変だけど、不可能じゃない。平和になりさえすれば、ね」
「平和、か……」
太陽が西に傾き続ける中、フェリーニナは水軍の船が次々に沈んでいくのを見つめていた。夕日が彼女の美しい横顔を赤く染めていた。彼女は最後の船が沈むのを見送ってからつぶやいた。
「これでガロナ水軍は消滅しちまった。もう何も残っていない。きれいさっぱりなくなっちまったよ」
寂しそうに、空を見上げた。
「そんなことはないよ、フェリーニナ。ニレもダレも、水軍のみんなもいるじゃないか。彼らがいれば大丈夫。きっとガロナ水軍はよみがえる。大切なものは何もなくなってなんかいない」
「ウィン……」
フェリーニナはウィンを見上げると、ニコリと笑ってこぶしをウィンのみぞおちに力いっぱいたたき込んだ。
「ぐげぐっ」
「いい感じの話にまとめてんじゃねえぞ、このスットコドッコイ! アタシらの船どうしてくれるんだこの野郎!」
「また俺たちの名前間違えてるじゃねぇか!」
「わ、分かった、分かったってば。再建費用を補償するように帝国に伝えるから、痛っ! 勘弁してよ。痛い!」
フェリーニナは、ウィンを海に蹴り落とした。
◆
ファッテン伯の兵がミラロールに駐留することになったため、皇帝軍とラフェルス・カーリルン軍はミラロールの外に展開した。ミラロールの治安維持とヌヴァロークノ人奴隷の売却はファッテン伯に委譲された。
「次はトローフェイルの奪還か」
フォロブロンは渋面を南に向けた。皇帝軍とラフェルス・カーリルン軍は攻城兵器を持っていないので、街の攻略には時間がかかる。ミラロールのときのような奇策も使えない。
「問題はヌヴァロークノ軍本隊だね。兵力では勝ち目がない」
ウィンもさすがに「だからナインバッフ公の方に行ってほしい」という言葉はのみ込んだ。
「貴公は変わったな」
「え、何が?」
「らしくないことをするようになった。ナルファストでは絶対に水中からの侵入に参加しようとしなかったではないか」
「そうだったかな」
ウィンはわははと笑った。
「まあ、そういうときもあるよ。もうやらないけど」
「傭兵たちにはウケていたそうじゃないか。次もぜひ参加するといい」
「生きて帰らないと妻に叱られる。今回は危なかった。花畑が見えたよ」
「ほう、お父上が手を振っていたか?」
フォロブロンが冗談を言うのは珍しい。
「いや、父も母も居なかった。どうやら、私には迎えに来てくれる人は誰もいないらしいよ」
ウィンは再びわははと笑った。
フォロブロンは、無言で南の空を見上げた。
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