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愚者たちの輪舞 ―ブランタール公の凱旋―  作者: 中里勇史
反撃

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204/242

ミラロール攻略

「ウガググ」

「うるせえよ!」

「だっってててて」

「だからベンデ島で待ってろって言ったんだ」

「い、い一応う、かかか考えええたたのわっ私しし」

「分かったから、もう口閉じてろ」


 ウィン以下、約二〇〇人のミラロール潜入部隊は夜の海岸を歩いている。正確には、八〇セル程度の水深の浅瀬を歩いている。

 真冬の夜の海が、皮膚を切り刻み骨の芯まで刺し貫くように責めさいなむ。冷たさを通り越して熱ささえ感じる。

 水に触れていない指先までも感覚を失い、歯の根も合わない。


 ――ナルファストのときは逃げたくせに。


 にもかからず、今回は震えながら付いてきたウィンを見ながら、ベルウェンは「足手まといなんだがな」と思った。

 本当に迷惑だった。


 ミラロールの港は、切り立った崖に囲まれた入り江にある。

 ザルヴァーエルが語った通り、陸から海に突き出た崖までがひとかたまりの地形として捉えられる。

 ミラロール形成の特質からか、両側の崖は水面下も切り立った崖になっている。そのため陸づたいにこの崖を越えてミラロールに入ることはできない。

 入り江には船で侵入するしかない。

 そして、入り江内で上陸できる場所は、通常であれば港付近までない。


 通常であれば。


 オルドナ水軍の残党は、通常ではない場所を知っていた。

 それが、干潮時だけ何とか歩ける浅瀬だ。

 この時期は、深夜に干潮になる。侵入には好都合だが、寒中水泳するはめになるのが欠点だ。


 ウィンが静かになった。

 実に静かだ。

 静か過ぎる。

 ベルウェンが振り向くと、ウィンがいない。


「おい、大将(ウィン)がいねぇぞ。探せ」


 小声で傭兵たちに声をかけて辺りを捜索すると、ウィンがうつ伏せの状態でぷかりと浮いていた。


「幼児は水深が十セルでも溺死するって聞いたことがあるな」


 などと思いながら、ウィンを引き上げて仰向けにした。頬をたたくと、ウィンは意識を取り戻した。


「ベ、ベルウェン……。私はもうだめだ。私を置いて……」

「ふざけてる場合じゃねぇ。さっさと立て!」


 ベルウェンはウィンの脳天にこぶしをたたき込んだ。


 一行は、港に入れる地点まで辛うじて到達した。

 海から出ることはできたが、濡れた身体に冬の夜風が突き刺さる。ベルウェンたちでも、この状態が長く続けば体温が下がり過ぎて行動不能、最悪の場合は凍死する恐れがある。


「後はフェリーニナの嬢ちゃん次第だな」



 夜陰に紛れて、無数の小舟が入り江に侵入した。船体には炭をこすりつけて目立たなくしてある。

 小舟の一隻に、ニムの姿があった。夜目が利くニムでも、他の船はほとんど見えない。左側を進む船のどれかにダルナが乗っているはずだ。


 暗くても、ミラロールの所々に明かりが見えるので方向は分かる。入り江から明かりに向かって進めば、自然に港に着く。

 港には、侵略初期には無数にあった軍船は数隻しかなく、残りは漁民などが使う漁船だった。移住者を乗せるため、本国に戻っているのだろう。そのことは、日没直前に入り江の縁の岩に登って確認済みだ。配置もそのときに覚えた。


 入り江からの体感的な距離から、敵の船の手前二〇メルまで近づいたはずだ。ニムは懐から火打ち石を取り出すと、火をおこして小さな油壺の芯に点火した。これを船の先頭に置くと、そっと小舟から下りて海に入り、小舟を港に向けて押し出した。


「ニム!」

「ダルナか」

「ここまでは順調だな」


 小舟たちは、フラリフラリと漂いながら、波に乗って敵の船に衝突した。衝突した衝撃で、種火がついた油壺が船底に転げ落ちる。すると、小舟にそそがれていた油に燃え移った。

 小舟は燃え上がり、波に押されて再び敵の船に衝突する。漁船と漁船の間に入り込んだ小舟もあった。桟橋の下に潜り込んだものもあった。


 港で突然発生した火災によって、ミラロールは騒然となった。全ての小舟が延焼に成功したわけではなかったが、小舟の炎上自体が街の混乱を助長する要素になる。


 港の火災を合図に、入り江の外に待機していたガロナ水軍とオルドナ水軍の残党の船が一斉に突入した。


「野郎ども、死ぬ気で漕ぎな! 弔い合戦だ!」


 フェリーニナの号令に漕ぎ手が雄叫びで応える。炎によって港が明るく照らされている。延焼を免れて港から離れようとしている軍船の様子も手に取るように見える。だが、敵の船からはガロナ水軍たちの船は見えない。


「ノコノコ出てきた間抜けから片付けるよ! ガロナの船で取り囲め! オルドナは先に行きな!」


 港から出てきた軍船に、ガロナ水軍の船が左右から激突した。鉤針がついた縄を敵船に引っかけて、離れないように固定する。

 敵の軍船には、完全武装の歩兵が二〇人ほど乗っていた。


「やっと俺たちの出番がきたぜ」


 フェリーニナの後ろから、甲冑を着込んだアークラスムが現れていひひと笑った。


「あいつらの相手は任せてもらおう」


 アークラスムは、傭兵たちを引き連れて敵の軍船に乗り移った。ヌヴァロークノ兵は、甲冑を着た一団の出現に明らかに動揺した。

 その動揺が後れを取る原因になった。

 ヌヴァロークノ兵は、アークラスムらによって全滅させられた。

 ガロナ水軍たちも、敵船の水夫らを一掃した。

 フェリーニナは、新たな命令を出した。


「アタシらも港に向かうよ!」



 港で火の手が上がったの見たベルウェンらも動き出した。この混乱に乗じて陸側の切り通しを制圧するのがベルウェン隊の役目である。

 ウィンは体温が低下した影響で動けなくなっていたので、傭兵の一人が背負うことになった。足手まといなのだが、意外にも誰も怒っていない。自分たちと共に冬の海を歩いてきた伯爵様のことが気に入っていた。


 先に到着したオルドナ水軍の船から傭兵と水軍の水夫たちが上陸して、街の制圧に取りかかる。

 ガロナ水軍の船も港に着こうとしている。


 逃げる住民。

 港の防衛に向かおうとするヌヴァロークノ兵。

 ミラロール全体が混乱に陥った。


 切り通しの守備兵も港に向かっていれば重畳だが……守備兵は残っていた。


「そううまくはいかねぇか」


 ベルウェンは苦笑すると、傭兵たちに戦闘準備を命じた。切り通しを確保してフォロブロンを引き入れなければミラロールの完全掌握は不可能だ。ヌヴァロークノ兵と住民の数の方が多いのだ。混乱が収まればジリ貧に陥る。


 切り通しの上の詰め所に居る守備兵は港に注意が向いていて、ベルウェンらが近づいていることに気付いていない。まさか市内側から敵に忍び寄られるとは思わなかったのだろう。

 港の炎が守備兵たちの顔をわずかに照らし、彼らの位置を浮き上がらせている。


 ベルウェンの合図で、傭兵たちが守備兵を次々に射倒した。守備兵たちは、矢がどこから放たれたのか分からず混乱した。さらに矢を射かけて守備兵を倒すと、傭兵たちは切り通しの上に通じる梯子を上った。

 切り通しの上の詰め所に居たヌヴァロークノ兵は、抵抗する間も与えられずに全滅した。

 だが、切り通し防衛のための詰め所はそこだけではなかった。切り通しの脇の詰め所から三〇〇人ほどのヌヴァロークノ兵が出てきた。


「まだこんなに居やがったか。慎重な連中だな」


 傭兵たちは軽口をたたいたが、状況は良くない。

 逆転の可能性はたった一つしかない。


「大丈夫だ。必ず来てる。門を開けろ!」


 傭兵たちが、切り通しを閉ざしていた門を開けた。ほとんど間を置かず、地響きが近づいてくる。

 騎兵が次々に切り通しを抜けてミラロールに突入してきた。騎兵たちは五〇メルほど駆け抜けると辺りを見回し、ヌヴァロークノ兵を見るや斬りかかった。


 これで形勢は決した。


 皇帝軍の突入を指揮したフォロブロンは、切り通しの脇に居たベルウェンを見つけて彼に近づいた。


「何とか勝ったな」

「さすがアレス副伯(フォロブロン)、ギリギリまで近づいていると思ったぜ」

「必ず切り通しを押さえてくれると信じていた」


 そこでフォロブロンは言葉を切り、辺りを見回した。


「ところで、ラフェルス伯(ウィン)はどうした。水軍と一緒か?」

「大将なら、そこにいるぜ」


 ウィンは、切り通しから少し離れたところでブルブル震えながらたき火に手をかざしていた。


「相変わらず寒さに弱い御仁だな」

「まぁ、今回は寒中水泳までしたからな。大目に見てやってくれ」

「寒中水泳!?」

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