ネルドリエン その1
ネルドリエンは悲喜こもごもという状態だった。
現在のレーネット派では、ネルドリエン、プテロイル、フォルゴッソの3人が首脳部を形成している。この中のプテロイルはレーネットの側近でもあり目障りな存在だったが、このところ自滅傾向にある。
プテロイルは反スハロートの急進派としてますます先鋭化し、それに比例して同調者は少なくなった。血気にはやる若手領主には熱烈に支持されたが、保守的な領主たちからは煙たがられた。
「スハロート派の仕業に偽装して監察使を襲撃したのはプテロイルである」という噂もレーネット派の間でささやかれてもいる。そうすることで監察使をレーネット派に引き込むのだ、と。もちろん、好意的に語られているのではない。スハロートの紋章を落としていくなど、やり方が稚拙であざとさが目立ち、「いかにもプテロイルが考えそうなことだ」と続く。プテロイルは本来思慮深いと目されていたが、反スハロート的な言動が過激化する中で感情論が先走っているという印象を周囲に与えていた。
レーネットもまた、プテロイルには友情を感じているが政治的には距離を取り始めた。私的な会話は楽しむが、政治的な助言をプテロイルに求めることは減っていった。
生意気な若造が失速していくのを見るのは実に愉快だった。
一方、娘をレーネットに嫁がせる件は暗礁に乗り上げていた。レーネットに「今はそれどころではない」と一蹴され、取り付く島もない。この時点で、レーネットは「娘を嫁がせた程度で操れる相手ではない」ということに気付くべきなのだが、ネルドリエンにそこまでの知能はない。「いっそ、娘をレーネットの寝所に送り込むか」などと、既成事実を先行させればどうにかなると考えている。
そこまでしてナルファストをどうしたいのかというと、特に何もない。レーネット派における主導権を掌握することこそが目的であり、主導権を掌握して何をするかは些事に過ぎなかった。
この男が、ある夜に面白いものを目撃した。フォルゴッソがスハロート派領主の家臣と密会していたのである。内応を疑われても仕方がない行動である。いや、内応を疑うべきであった。その方が都合が良かった。
早速、「フォルゴッソがスハロート派領主と内通している」という話が「それとなく」プテロイルの耳に入るようにしてやった。フォルゴッソはそもそもスハロート派だったのだ。不自然な点は何もない。
プテロイルは激怒した。自分の周りの空気が変化していることに忸怩たる思いを抱き、鬱々としていた反動が一気に吹き出した。最近の屈託で精神の均衡を失いかけていたプテロイルは、「奸臣討つべし」という考えで満たされてしまった。そして、よりによってレーネットが見ている前でフォルゴッソを刺殺した。計画性も何もない、衝動的な行動だった。




