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居眠り卿とナルファスト継承戦争  作者: 中里勇史
帝国監察使

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捜索

 その噂は人々を困惑させた。

 「ルティアセス卿がティルメイン副伯(リルフェット)探しに血眼になっている」というのだ。


 いろいろな意味で不思議な噂だった。

 サインフェック副伯(スハロート)と共にワルフォガルから退去したティルメイン副伯がなぜ行方不明になるのか。スハロート派の重鎮であるルティアセスがなぜティルメイン副伯を見失うのか。そして、この噂があらゆる陣営になぜ流布しているのか。

 最後の疑問への答えは簡単だ。ルティアセスがなりふり構わず捜索しているから、自然に広まったのだ。スハロート派のみならずレーネット派の領内にまで捜索の手を伸ばしているのだから、隠す気がないとしか思えない。あるいは隠す余裕すらないと言うべきか。そのため次の疑問も浮かんでくる。


 ルティアセスはなぜそこまで焦って探しているのか。


 無論、ナルファスト公子たるティルメイン副伯が行方不明ともなれば一大事だ。慌てもするだろう。だが、それであればサインフェック副伯の名において捜索するのが自然だ。なぜ「ルティアセス卿が探している」となるのか。サインフェック副伯ではなくルティアセス卿がティルメイン副伯を必死で探す理由とは何か。


 この噂は、ウリセファたちの耳にも当然入った。

「ルティアセス卿はなぜそこまでティルメイン副伯にこだわるのでしょうか」

 ファイセスが首をひねった。当事者の一人であるファイセスにとっては、さらなる疑問がある。

「なぜ公妃(アトストフェイエ)公女(ウリセファ)を探しているという話がないのか」

 三人ではなくティルメイン副伯だけ探しているのだ。妙な話である。

「私や母上には利用価値がないということでしょう。むしろありがたいことです」

 ウリセファは別にすねているわけではなく、本心だ。それにしても不自然だった。スハロートならば三人を探すはずだし、三人とも庇護下に置いた方が保護者としてのルティアセスの存在感は増すというものだ。ウリセファや公妃に利用価値がないはずがないのだ。

 リルフェットの居場所に公妃も公女もいると思っているだけなのか、それとも他の二人を考慮する余裕がないほどリルフェットが必要なのか。

「いったん村にお戻りになりますか?」

 ファイセスはウリセファに確認した。

「村に戻ってもできることはありません。……兄を探すことを優先します」

 ウリセファは答えながら、ファイセスの質問の意図を理解した。

 リルフェットだけが捜索対象になっている理由を考えても答えは見つからないだろう。だとすると、今考えるべきことは次の行動をどうするのかだ。ファイセスは、「村に戻るのか否か」の二択に絞ることで、ウリセファの思考に方向性を持たせたのだ。

 ウリセファは、地図を広げてスハロートの行き先を考えているファイセスの背中を眺めた。

 彼は常に私の意図を理解し、必要であれば思考を正しい方向に導いてくれる。彼がそばにいてくれたら、私は判断を誤らないだろう。少なくとも、自分の判断力の範囲では。


 レーネットは、ウリセファがリルフェットらをプルヴェントから連れ出したことなど知る由もない。そのためリルフェットが所在不明という噂はレーネットの心をかき乱した。実の母親たちと共にプルヴェントに居ると思っていたからリルフェットのことは心配していなかったが、行方不明となると話が違う。

 「あにうえ、あにうえ」と言って、笑顔で駆け寄ってくる幼い頃のリルフェットが見えた気がした。裏表のない、心からの笑顔に何度癒やされただろう。そのリルフェットが、どこかで独り寂しく泣いている姿が思い浮かんだ。それだけで胸が張り裂けそうな気がする。


 レーネットは、暗く沈んでいた心を再び奮い起こした。スハロートたちがリルフェットを守れないなら、自分が守らなければならない。リルフェットの安全を見届けるまでは、歯を食いしばって役目を果たさなければならない。

 リルフェットを守りたいという想いが、レーネットに活力をもたらした。兄弟を守ることは、レーネットにとって重要かつ価値のある義務だった。

 レーネットもリルフェットの捜索を家臣に指示した。これによって、リルフェット争奪戦の様相を帯びることになった。


 ウィンも、「ティルメイン副伯(リルフェット)行方不明」という話に困惑した。

「やや、一体何がどうなっているんだ?」

 首をかしげたが、視界が斜めになっただけだった。

 ルティアセスがティルメイン副伯の確保に固執するのはなぜか。「ティルメイン副伯を心配している」以上の何かがあるような気がするのだが、材料不足で思考が定まらない。「サインフェック副伯(スハロート)が探している」のではない点にも引っ掛かった。


 「スハロート派がティルメイン副伯を確保しなければならない理由」と考えたとき、嫌な想像が脳裏をよぎった。だが、具体的な形として捉える前に想像はかき消えてしまった。

「何か思い付いたのですね?」

 アデンがウィンに尋ねた。

「思い付いた気がしたけど、分からなくなった」

「気に入らない結論だったから考えるのをやめただけではありませんか?」

「……」

「今あなたが考えていることが答えなのではありませんか?」

「……そうじゃないことを祈るよ」


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