密談
「で、ソルモン卿の返事は」
「足を負傷されたとのことで、完治したら参上する、と」
「どいつもこいつも、病気だ怪我だ不作だ親が死んだと、理由を付けて領地から動こうとしない」
またも参陣を渋る返事を聞かされ、プテロイルは憤っていた。いつものことだ。
レーネットは日に日に口数が少なくなっていった。本来のレーネットは、国境地帯に出没したアルテヴァーク王国軍を撃退したり山賊を討伐したりと、戦場を駆け回る武人だ。調略などというものには向いていない。
もちろん、戦わずして敵を降伏させることの価値は認めており、調略の利も理解している。特に今回はナルファスト公国内の問題であり、ナルファスト人同士が戦うことは回避したい。だが、向いていない。
調略というものは、単に領地の加増や役職の約束といった利益で釣るだけではない。親兄弟、親族、婚姻関係を突いて情に訴えたりもする。ある領主がスハロート側についたら、その隣の領主をレーネット側に引き込んで牽制する。さらに、周囲をレーネット側で囲い込めればスハロート側に付いた領主を寝返らせる可能性も高まる。
そうしたわけで、ワルフォガル城の一室は各家の系図や領地の配置を記した地図でいっぱいになっている。これらを見ながら「この領主に誘いをかけよう」「この領主にはあの領主に声を掛けてもらおう」などといったことを繰り返している。血は流れていないが、激しい戦いが続いている。
調略戦の空気にうんだレーネットは、夜風を求めて露台に出た。モルステット山脈から吹き下ろす涼風が心地よかった。
ふと庭を見下ろすと、2つの人影が話し込んでいるのが見えた。暗がりで人目を避けているようであり、単なる立ち話ではなく密談でもしているようだ。どうせここからでは声は聞こえない。
レーネットはさほど気に留めず視線を星に向けてしばし眺めていた。無意識に視線を下げると、先ほど話し込んでいた一方が城門の方に走り去る姿が見えた。尋常ではない様子に眉をひそめていると、もう一人がゆっくりと城に向かって歩いてきた。
フォルゴッソだ。
フォルゴッソは辺りを見回して人目がないのを確認してから城内に入った。そんなにも人目をはばかる必要とは何か? もう一人と何を話していたのか?
フォルゴッソに問いただすべきか否か、レーネットは答えが見つからなかった。




