憤り
きっと、王太子はまだ明かされない。
そんな考えがあった。
「おぉ、あの『運命』の絵画を見たか」
国王陛下に会うと、嬉しそうに微笑んだ。
「あれは、王家に伝わる伝承と同じものでな。王太子が姿を見せないのも関わってきているんだ」
「その理由とかって、まだ教えてくれないんですか……?」
気になる。
王太子の正体も、平和の秘密も。
この国が抱える秘密の全てが。
「スイ殿が『運命』を受け入れたとき、全てが分かる」
そう言って、国王はふっと微笑んだ。
「それまでは秘密だ」
*
「結局、何も分からずじまいだよ!」
聖女殿の自室。
ソファに寝転がった私は、揺れるシャンデリアを眺めた。
「陛下は、なんで何も教えてくれないのよ」
「優しさなのではないですか?」
控えていたリンが、くすりと笑った。
「一気に全てを知ってしまったら、スイ様はびっくりしてしまいそうなので」
「え、リンちゃんは全部知ってるの?」
言い方が、そんな感じがした。
バッとリンちゃんを見れば、彼女はまずいという顔をしていた。
口元を押さえて、目を逸らしている。
「……なんで?」
リンちゃんは、全てを知っている。
それなのに、私は何も知らない。
教えてはくれない。
「なんでよ、リンちゃん」
知りたいよ。
だって、その秘密を知れば、私がこの世界に召喚された事実だって分かる。
なぜ私が召喚されたのか。
私じゃなくてはだめだったのか。
知りたいことが多すぎて、それらの情報は喉から手が出るほど欲しいものなんだ。
「リンちゃんっ」
「スイ様……!」
「……これは、義務なんです」
リンちゃんへ伸ばしていた手。
それを止めるように、1つの手が私に触れた。
「フィスロ?」
フィスロだった。
いつの間にか現れていた彼の手が、私の動作を静かに止めていた。
「聖女様のお世話をする者だからこそ、守らなければならない秘密があります。それは、聖女の侍女という仕事に含まれる、大事な職なんです」
「そんな……」
そんなの、聖女はいつまで経っても余所者扱いじゃない。
どんなに聖女を慕っていても、聖女のだけは知られたくない秘密があるってことでしょ?
だから、リンちゃんは何も言えない。
言ってしまえば、それは職務放棄になってしまうから。
「……なんでよ」
私は、フィスロを見上げた。
自分の知らないところで泣いていたらしい、フィスロの姿が水面越しみたいにゆらゆらしている。
その中でもはっきりと見える、エメラルドグリーンの瞳。
それが、嫌に美しく見えた。
「結局、私はこの国の人になれないじゃない。日本から召喚されて寂しいけど、新しく生きていこうって決めたのに。聖女は国に馴染めずに、神格化されてそのままなんだ……!」
歴代の聖女がどうだったのかは分からない。
でも、聖女の役目が争いごとのない平和な世界を創ることだったら?
平和な現代のルーア王国に、私の存在はいらない。
聖女がいなくても平和な国に、わざわざ聖女を呼び出すのはおかしい。
なら、私はいなくてもいい存在だ。
「必要ないなら、戻してよ」
勝手に召喚して、平和だから仕事はないって言われて。
呆れたし、腹も立った。
でも、生きていくしかないからって割り切って、なんとかここまで来た。
仲間を増やして、なんとか楽しく生きてきた。
それなのに、聖女には言えない秘密があるって言われたら悲しくなる。
私は、必要な存在なのかって。
「そんなこと、言わないでください」
私の思考を断ち切るように、フィスロの声がした。
瞬間、私は爽やかなレモングラスの香りに包まれる。
顔を上げれば、目の前には聖女補佐官の制服があった。
「スイ様は、必要とされて召喚されました。それは事実です」
私は、フィスロに抱きしめられていた。
驚いて涙が引っ込みそうになったけど、涙は頬を流れ続けている。
「辛いでしょうけど、耐えてください。いつか、王太子殿下が迎えに参ります」
「王太子が……?」
「えぇ。あの絵画のように──」
その後、フィスロが何か言ったような気がした。
けど、私は何かに引きずり込まれるかのように意識が遠のいていく。
ふわふわとした浮遊感がした後、一気に眠りへと誘われるような。
目を閉じる最後の隙間、エメラルドグリーンの宝石が私を見ていた。
そんな気がした。
◇
「まだ、お伝えにならないのですか?」
泣きながら眠ってしまったスイ。
そんなスイをベッドへ寝かしながら、リンは後ろに問いかけた。
衝立の向こうでは、高貴な方が立っている。
「……まだ、時期じゃない」
低い声がこだました。
「聖女には、悪いことをしている。でも、伝えるにはまだ早い。そのための準備が整っていないんだ」
「殿下の心も、その『準備』とやらに含まれます?」
少し、いじわるに聞いてみた。
すると、衝立の向こうがムッと揺れる。
「うるさい。庇ってやったのに」
「すみません」
彼は、幼い頃から仕えている主だ。
完璧な主でも、どこか抜けているところがある。
だから、そこをヒースもからかっていた。
「聖女を頼む。僕は陛下と話をしてくる」
「はい。かしこまりました」
彼は、寝室の扉から姿を消した。
その姿を見送ってから、リンは淡く微笑んだ。
眠るスイを見ながら、まるで姉のように。
「いってらっしゃいませ」
部屋には、かすかにレモングラスの香りが残っていた。




