表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

45/70

憤り

 きっと、王太子はまだ明かされない。

 そんな考えがあった。


「おぉ、あの『運命』の絵画を見たか」


 国王陛下に会うと、嬉しそうに微笑んだ。


「あれは、王家に伝わる伝承と同じものでな。王太子が姿を見せないのも関わってきているんだ」

「その理由とかって、まだ教えてくれないんですか……?」


 気になる。

 王太子の正体も、平和の秘密も。

 この国が抱える秘密の全てが。


「スイ殿が『運命』を受け入れたとき、全てが分かる」


 そう言って、国王はふっと微笑んだ。


「それまでは秘密だ」





「結局、何も分からずじまいだよ!」


 聖女殿の自室。

 ソファに寝転がった私は、揺れるシャンデリアを眺めた。


「陛下は、なんで何も教えてくれないのよ」

「優しさなのではないですか?」


 控えていたリンが、くすりと笑った。


「一気に全てを知ってしまったら、スイ様はびっくりしてしまいそうなので」

「え、リンちゃんは全部知ってるの?」


 言い方が、そんな感じがした。

 バッとリンちゃんを見れば、彼女はまずいという顔をしていた。

 口元を押さえて、目を逸らしている。


「……なんで?」


 リンちゃんは、全てを知っている。

 それなのに、私は何も知らない。

 教えてはくれない。


「なんでよ、リンちゃん」


 知りたいよ。

 だって、その秘密を知れば、私がこの世界に召喚された事実だって分かる。

 なぜ私が召喚されたのか。

 私じゃなくてはだめだったのか。

 知りたいことが多すぎて、それらの情報は喉から手が出るほど欲しいものなんだ。


「リンちゃんっ」

「スイ様……!」

「……これは、義務なんです」


 リンちゃんへ伸ばしていた手。

 それを止めるように、1つの手が私に触れた。


「フィスロ?」


 フィスロだった。

 いつの間にか現れていた彼の手が、私の動作を静かに止めていた。


「聖女様のお世話をする者だからこそ、守らなければならない秘密があります。それは、聖女の侍女という仕事に含まれる、大事な職なんです」

「そんな……」


 そんなの、聖女はいつまで経っても余所者扱いじゃない。

 どんなに聖女を慕っていても、聖女のだけは知られたくない秘密があるってことでしょ?

 だから、リンちゃんは何も言えない。

 言ってしまえば、それは職務放棄になってしまうから。


「……なんでよ」


 私は、フィスロを見上げた。

 自分の知らないところで泣いていたらしい、フィスロの姿が水面越しみたいにゆらゆらしている。

 その中でもはっきりと見える、エメラルドグリーンの瞳。

 それが、嫌に美しく見えた。


「結局、私はこの国の人になれないじゃない。日本から召喚されて寂しいけど、新しく生きていこうって決めたのに。聖女は国に馴染めずに、神格化されてそのままなんだ……!」


 歴代の聖女がどうだったのかは分からない。

 でも、聖女の役目が争いごとのない平和な世界を創ることだったら?

 平和な現代のルーア王国に、私の存在はいらない。

 聖女がいなくても平和な国に、わざわざ聖女を呼び出すのはおかしい。

 なら、私はいなくてもいい存在だ。


「必要ないなら、戻してよ」


 勝手に召喚して、平和だから仕事はないって言われて。

 呆れたし、腹も立った。

 でも、生きていくしかないからって割り切って、なんとかここまで来た。

 仲間を増やして、なんとか楽しく生きてきた。

 それなのに、聖女には言えない秘密があるって言われたら悲しくなる。

 私は、必要な存在なのかって。


「そんなこと、言わないでください」


 私の思考を断ち切るように、フィスロの声がした。

 瞬間、私は爽やかなレモングラスの香りに包まれる。

 顔を上げれば、目の前には聖女補佐官の制服があった。


「スイ様は、必要とされて召喚されました。それは事実です」


 私は、フィスロに抱きしめられていた。

 驚いて涙が引っ込みそうになったけど、涙は頬を流れ続けている。


「辛いでしょうけど、耐えてください。いつか、王太子殿下が迎えに参ります」

「王太子が……?」

「えぇ。あの絵画のように──」


 その後、フィスロが何か言ったような気がした。

 けど、私は何かに引きずり込まれるかのように意識が遠のいていく。

 ふわふわとした浮遊感がした後、一気に眠りへと誘われるような。

 目を閉じる最後の隙間、エメラルドグリーンの宝石が私を見ていた。

 そんな気がした。





「まだ、お伝えにならないのですか?」


 泣きながら眠ってしまったスイ。

 そんなスイをベッドへ寝かしながら、リンは後ろに問いかけた。

 衝立の向こうでは、高貴な方が立っている。


「……まだ、時期じゃない」


 低い声がこだました。


「聖女には、悪いことをしている。でも、伝えるにはまだ早い。そのための準備が整っていないんだ」

「殿下の心も、その『準備』とやらに含まれます?」


 少し、いじわるに聞いてみた。

 すると、衝立の向こうがムッと揺れる。


「うるさい。庇ってやったのに」

「すみません」


 彼は、幼い頃から仕えている主だ。

 完璧な主でも、どこか抜けているところがある。

 だから、そこをヒースもからかっていた。


「聖女を頼む。僕は陛下と話をしてくる」

「はい。かしこまりました」


 彼は、寝室の扉から姿を消した。

 その姿を見送ってから、リンは淡く微笑んだ。

 眠るスイを見ながら、まるで姉のように。


「いってらっしゃいませ」


 部屋には、かすかにレモングラスの香りが残っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ