7月26日(水)①
私はその日も体育館に来ていた。
「その日も」と言うからには、語法からして2日以上同じ「日」を経験している必要があるが、厳密に言えば5日目だった。7月20日の翌日の21日、さらに24、25日にも、同じように体育館内を訪れていた。ちなみに22・23日が抜けているのは、その2日間が休日で、私が家を離れられなかったためである。休日に家を出ようとすると、必ず父親が発狂し、「あーあ、また一人か、今日も誰とも話さずに終わるのか、あーあ」などと聞こえよがしに喚き散らして来るので、私はいつからか、無駄な抵抗をやめ、週末は遠出するのを控えるようになっていた。
だから裏を返せば私は、夏休みに入ってから自由に使える時間のうちの大半を体育館で過ごしていたことになる(もちろん「7月26日時点で」という条件付きだが)。
この事実に対し、あれほど「バドミントンの話は聞きたくない」だのなんだの、ゴチャゴチャと駄々をこねていたのに、いったいどういう風の吹き回しなのかと、非難めいた言葉を投げかけて来る輩がおられるかもしれない。だがその糾弾は、実際には自らの思慮の浅さを世間に公表しているのも同然の愚行なのであるからして、悪いことを言わないから是非やめておいた方がよい。つまり、件の「羽根打ち」に対する私の悪感情には全く変化などなく、にもかかわらず体育館を頻繁に訪れていたことにはそれなりの理由があったということだ。
「理由」は大きく捉えれば、「形式的なもの」と「本質的なもの」とにそれぞれ大別できる。
前者は単純で、簡単に言えば、図書館にいられなくなったのだ。サボりすぎてKから戦力外通告を受けたというのではない。これまでの記述から明らかな通り、Kはむしろサボればサボるほど、その分の埋め合わせを要求してくるという非常に厄介なタイプの人間である。
だからそうではなくて単純に、図書館がしばらく閉ざされることになったのだった。
夏休み初日の7月21日金曜日、夏休みだというのになぜ働かねばならんのかと不満を抱きながらも、でも家にいるよりはずっとマシだと考えながら、例によってカウンターのところに座り、普段にも増して人気がないように思われる館内をぼんやりと眺めていると、誰かがやってきた。初めはKかと思ったが、違って、「事務局長」だった。眼鏡をかけ、どこを見ているのかよくわからない小太りのデブだ。
館内に足を踏み入れた瞬間、「うわっ、アチッ!」とか何とか、わざわざ大声で言い放ち、近づいてきた。ここまで上って来るのがよほどキツかったのか、呼吸を乱してフガフガ言っており、反面、私の前では威厳を保ちたいのか、カウンターから30センチぐらい離れたところで立ち止まって胸を張った様子が信楽焼の狸そっくりで、存在自体がギャグみたいな奴だと、私は笑みを漏らしかけたが、すぐに笑っていられなくなった。デブ(「事務局長」のこと、以下、Jと記載)がハンカチで汗を拭きながら、こう言ったからである。
「ご苦労、今日はもう帰っていいぞ」
突然の話に思わず目を見開き、「はぁ?」と漏らしてしまった私に対し、奴が続けて言うには、「空調が壊れたままだと命の危険があるので、復旧するまで臨時休館になった」とのことだった。要するに私が人払いのために講じた渾身の「措置」について、何者かが管理職あたりに告げ口したということなのだろう。あらゆる意味で、忌まわしいことこの上ないが、もちろんその「告げ口」の主体の最有力候補はKである。何しろあいつはただ近くに存在しているだけで私の気分を害してやまないという、稀有な能力の持ち主なのだから。今更奴が何をしたところで、それほどの驚きはない。
だが繰り返しになるが、「図書館の休館」などというのはあくまで「形式的」な理由にすぎない。
私が体育館に入り浸ったことについての、より「本質的」な理由は、20日の一件から、私の中でナカムラに対する疑念が格段に強まっていたことにある。