7月20日(木)㉛
本心を隠すことをせず、ありのまま外に向かって垂れ流すというのは、極力避けるべき、非常にみっともなく、だらしない行動である。私は普段はそう心得て、自重している。「言いたいこと」を言うことによって利益を得られるのは、もちろん「言った方」だけで、「言われた方」からしてみれば、たまったものではないからだ。
だがこの時の私は珍しく、「言いたいこと」の半分ぐらいまで口にすることができた。いや、「口にしてしまった」と言い直すべきなのか……。わからないがいずれにせよ、私の弁舌が普段よりも滑らかに動いたのは事実である。Kに対するイマイの爆発的な糾弾に、無意識のうちに勇気づけられていたのかもしれない。
もっとも、対する他の2人はと言えば、相変わらず無反応で黙って口をつぐみ続けていた。
……あくまで無関係を装うつもりというわけか。私はそう考え、みるみるうちに頭に血が上っていくのを感じた。「現実逃避」は「自己防衛」のためには確かに必要な措置ではある。だが反面、外せない重要な局面において、しかも他人に向けてそれを行うことは、決して許されてならない蛮行である。
だから私は次のように改めて念を押すと、今度は本当に、その場を立ち去ることにした。
「対戦日は1週間後、7月27日だ、13時から、この学校のグラウンドで号砲を鳴らす、それまでにせいぜい準備しておくようにな、ちなみに、一秒でも遅刻したらもちろんその時点で負けだからな、当たり前だ、時間を守るのは人間として当然の常識だ、遅れないよう、くれぐれも注意するようにな、フハハ、フハハ、ハハハハハハッハハハハアッハア」
階段を下りる途中、下の方から人の声が聞こえてきたところで、私はふと思いついて、イヤホンを耳にはめてみた。形はどうあれ、「50メートル競走」の約束を取り付けたことを、「成果」としてUに報告してやるつもりだった。いくら常に過剰に攻撃的姿勢を崩すことのない奴でも、ここまでやればさすがに私を認める以外あるまい。つい先ほど、褒められたばかりだし……。
そう想定しての装用だったが、Uの反応はもちろん私の予想から大きく外れたものとなった。
ずっと喋り続けていたのか、それともタイミングを見計らって話し始めたのかは定かでないが、イヤホンを装着してすぐのタイミングで、Uの声は既に耳に流れ込んできた。
「お前今のどうやったんだ?」
「え? イマノ? どれ?」
「……いや、いい、わかった、そういうことか、全て理解した」
Uは独り言のようにそう呟いた。
「だから何が? 勝手に納得するなよ、いつもいつも、どうしてお前はそうなのか……、たまには俺にも理解できるように、ちゃんと説明してくれ……」
しかしUからは応答がなかった。どれだけ呼びかけ続けても、それ以降、一向に何の反応もなかった。試しに以前のように、声に出さずに念じてみたが同じだった。
不意に始まった「沈黙」の意味が全くわからない私は、ただ首を捻り、そのまま階段を下りていくことしかできない。
※
いずれにしろこれでようやく、長い長い7月20日の記述を終えられる。
電車の遅延から始まり、図書館ではイマイとお近づきになり、ナカムラとともに体育館に向かい、かと思うと応接室に連れて行かれ、さらに自殺未遂の現場に出くわした挙句、Uから「学校が亀の勢力に乗っ取られている」とか何とかいう与太話を聞かされるなど、午前中いっぱいかけて一通り波乱万丈な出来事を経験した私だったが、反面、残りの半日はひとまず何の変哲もなく時が流れた。
6階?から現世に戻った私は少し迷ったが、再び図書館の業務に専念することにした。と言っても、恐らく夏休みが始まったということで利用者が皆無に等しく、だから少し本を棚に戻したら、あとはほとんどずっと、座ってじっとしているだけだった(何度も言うが空調が効いていないので、それ「だけ」でも十分修行たりうるわけだが……)。
午後5時にはいつも通りKがやって来た。イマイにメチャクチャ言われたばかりということで、多少なりとも凝りて振る舞いを改めてくれることをほんのわずかだけ期待したが、「早く帰れ」との小言を初めとして、普段と全く変わった様子はなかった。「学習」というのは、それこそ神から選ばれた高等生物にのみ与えられた特別な機能なのだということを、私は身を以て思い知らされた。
家の方でも特に変わったことはなくて、おかしい父親とおかしい姉との間で、それ以上現実の在り様が悪化することのないよう、私だけがただひたすら息をひそめて存在を押し隠すことを続けていた。
それからの数日間もまた、特に変わったことなく過ぎ去った。
次に事態が大きく動いたのは、6日後、7月26日のことになる。




