7月20日(木)㉚
「いつもいつも、グチグチグチグチ言いやがってよお、おかしいだろ? おかしくねえか? いや、どう考えてもおかしいだろ、間違ってるだろ、そうだよ、お前が一番おかしいんだよ、他人にゴチャゴチャ言うならなあ、まず自分の振る舞いを見直せよ、自分の振る舞いを完璧にしろ、話はそれからだ……」
既に成人と遜色ない体躯を備えた男子生徒が、結構お年を召した、言わば「おばあさんモドキ」に暴行を加えるという迫力ある構図に、私はまず圧倒された。覿面に硬直した喉が、それでも言葉の残滓を求め、声にならないくぐもった音を鳴らす。しかしより驚かされたのは、イマイの行動の詳細である。
これまでの記述から明らかな通り、私は言葉では表せないほど強くKを恨んでいる。マジで姿を見かけただけで、死を願うレベルだ。もちろん「願う」だけで済ますつもりはなく、いつかちょうどよい機会があれば、その元より潰れたような形の鼻っ柱をさらに隆起がなくなるぐらいまでぶっ潰してやろうと、常々考えていた。つまり実際に、何らかの形で「わからせてやる」こと、それこそが、私の当面の目標だったのだ。
そして翻って考えれば、目の前でイマイという男子生徒が体現してくれたのは、まさしくその「わからせてやる」の、個人的な理想形そのものだった。まるで私の意向をくんで、敢えて行動したかのような、そんな符合を、単なる偶然で済ませてよいのだろうか……。
昔から主に家庭内において、所謂「不可解な事態」に巻き込まれることの多かった私は、だから所謂「暴行現場」に居合わせたその時も比較的冷静だった。だが反面、身体が意識による統御を越えて様々な症状を呈し始めるのは抑止できないでいた。
まず心臓がギュッと委縮し、かと思えば反動のようにして素早く、かつ激しく脈打つことを開始する。それと呼応するように、呼吸が浅く短く頻繁になり、全身の毛穴が一気に開いたような感覚が兆す。首の後ろ辺りから鳥肌が生じ、全身へと広がる。脇の下から、冷たく水のような汗が一筋、また一筋と垂れ落ちていく……。
そういう「症状」の数々に触発されたのか、もしくは無意識のうちにそこから逃れ出ようとしたのか、それは定かでない。だが事実として私は、気づくと両者の間に割って入っていた。内側から押し広げるようにして2人を引き離す。イマイはそれで特に抵抗するでもなく、普通にKから離れると、肩で大きく息をつき始めた。豚の泣き声みたいな夾雑音が、押し広げられるようにして空間全体に広がっていく。Kの方はと言えば、なぜか床に横向きに寝そべり、不貞寝を開始していた。イマイによる難詰がよほどショックだったのだろう。行動の意味不明さに、顕著に拍車がかかっている……。
「まあ、そう熱くなるなよ」
ひとまず私はそんな風に声をかけたのだが、2人のうちいずれからも返答はなかった。癇には障ったが、わかっていたことだったので構わず続けた。
「どうせなら勝敗は公平にレースで決めよう、50メートル競走だ、一本勝負、勝った方が何でも一つ、相手に言うことをきかせられる、それなら文句ないだろう?」
「また、その、話か……、あんた、マジで、イカれてるんじゃあ、ないのか?」
Kは相変わらず寝そべった状態でこちらに背を向けて微動だにしないままだったが、イマイの方はとぎれとぎれの吐息に乗せるようにして、そう呟いた。要するに、頑張って言い返してきたということだが、もちろん私は無視した。筋金入りの異常者から、「特異性」(イカれていること)について指摘されたところで、痛くも痒くもありはしない。努めて冷静に、再度「告知」を行うことだけに集中した。
「いいか? もう勝負の火ぶたは切って落とされたからな、来なかったら負けとみなすから、覚悟しとけよ、いいか? 負けだぞ? これから先、一生負け犬として、肩身の狭い人生、いや犬生を送ることになるというわけだ……ククク、面白い、実に興味深い、ククククククク……、いや、だがそれだけじゃあ面白くないかもな、そもそもお前ら2人が負け犬だというのは、敢えて暴く必要もなく、もとより自明なことだ、他人とまともに会話できない時点で、正直論外だろう、だから、そうだな……来なかった奴は……あ、そうだ、よし、学校辞めてくれ、お前ら2人とも、俺にとってはあまりにも大きすぎる精神的ストレスの原因になってるから、これを機にハラスメント関係の機関に相談して、クビ、もしくは退学にしてもらうわ、そうだ、そうしよう、それがいい……」




