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7月20日(木)㉑

 現れたのは副校長だった。 ビクついた私の挙動を気にすることもなく、開口一番こう言った。

「ミウラくん、きみ、イマイって生徒、知ってるかい?」

「イマイ……」最初は、どこかで聞いたことがあるような……と思うぐらいだったが、ほどなくして思い当たった。図書館にいたあのクソガキの名前と同じだ。私は、その既に朧気なものとなりつつある容貌を思い浮かべながら、逆に尋ねた。「男子生徒ですか? かわいらしい坊主頭の?」

「え? かわいらしい……、かどうかはわからないですが、たぶん、君が想像しているのと同じ生徒だと思うのだけれども、知り合いなの?」

「いや、知り合いってほどじゃあ……、ついさっき、少し言葉を交わしたぐらいの関係だし……、いや、でも、そういうのを、世間では『知り合い』って言うのか……?」

「じゃあ、ついてきてくれ」

 副校長は納得した風にうなずき、踵を返そうとした。もちろん事情のさっぱりわからない私は、さらに問いかけを続けるしかない。

「え? 今ですか? なんで?」

 副校長はいったん立ち止まるとこちらに一瞥をくれ、それからはっきりと告げた。

「そのイマイくんが、きみを連れて来いと、言ってるからだ」

「……どういうことだよ」

「知らないよ、わかんないですよ、こっちが聞きたいんだよ、ホントはさあ」

 副校長はなぜか苛立ったようにそう言うと、今度は本当に扉を閉めて再び姿をくらませた。相変わらず状況が全く読めず、立ち尽くしたままでいた私に、次にアプローチをしかけてきたのは、よりにもよって、Kだった。

「あたしもついていっていいかしら」

 そして私の手を取って歩き始めた。すぐに振り払ったが、生ぬるい湿った手の感触に、全身の毛がよだつのを止めることができない。その悪寒から逃れるようにして、私もまた「応接室」を出ると、Kのあとを追った。副校長やKに倣おうとしたというよりも、自らが期せずして落ち込んだ妙な出来事の行く末に、正直興味があった。

 そのまま近くの階段を「一番上」までのぼった。

 私はそれまで、この学校の校舎の最上階が5階だと思っていた。教室の並ぶ廊下は5階までしかなく、また図書館もまた5階の端にあったからだ。

 だが階段はさらに上まで続いていた。その先は私もまだ行ったことがなかった。

 5階と6階の中間にあたる位置で段は途切れていた。どちらかと言えば踊り場に近いそのスペースは、今では物置になっているらしく、最後にいつ使ったのかわからない看板や、垂れ幕、さらに学園祭で作製したと思しき展示物の残骸などが放置されていた。

 爪先でガラクタの類を押しのけるようにして足を踏み入れたところで声がかかった。

「やっと来たか、待ちくたびれたよ」

 聞きなれない声に顔を上げると、ヤザキの顔がすぐ近くにあった。口を引き結んだまま、先ほどまで以上に渋そうな顔をしている。要するに、また何か気に食わないことがあるということなのだろう。さらに少し離れた位置に副校長が立っていて、やはりこちらを見ていた。校長の姿だけがどこにも見当たらなかった。いやそれよりも何よりも重大なのは……。

「ご苦労さん、あんたら、もう行っていいよ」

 そう、目下のところ最重要の問題は、先ほどから聞こえてくる声の主がイマイであり、そのイマイが向かいの壁に作られた大きな窓の桟に、後ろ向きに腰かけていることだった。もちろん窓ガラスは開け放たれており、それによってできた空間に身体を預けるように、腕組みをした状態で、フラフラと微妙に前後に揺れることさえしている。

 ……こいつはいったい何をしているのか? 何がしたいのか……?

 私の疑問を封じるように、副校長がイマイの方に向き直ると、早口で声をかけた。

「ほら、連れてきてあげましたよ、これでいいんですよね? 早くそこから下りなさい」

「この状況で指図するのか……、すごいなあ、すごい、脱帽だよ、ククク、クククククククク……」

 声を立てて不気味な笑みを漏らし始めたイマイに対し、ヤザキが吠える。

「おいイマイッ! お前そろそろいい加減にしろよっ!」

「うるせえジジイ、テメエは黙ってろっ! テメエみてえのが一番生徒を追い詰めるんだよ、それを自覚しろっ! 無理なら今すぐやめろっ! テメエに教師、いやニンゲンを名乗る資格はねえっ!」

「……」

 一喝されたヤザキが口をつぐんだ。普段であれば、心の中で拍手喝采でもしたかもしれないが、今はそんなことをしている場合ではない。とにかく状況の把握が最優先事項だと、私は考えていた。校舎の最も高い位置にあるだろう部屋?の窓に、後ろ向きに腰掛ける生徒、それを取り巻き、何やら説得する風の教師たち……、これはいったいどういうことなのか? ……いや、要するに、〝そう〟いうことなのか……?


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