7月20日(木)⑬
そんな風に口を歪めたまま硬直した私の内部で、Uによる叱責がやかましく響く。
《何やってんだよ、そうじゃねえだろ、あれほど教えたのに、なぜ教えた通りにできないのか……、本当に貴様はダメだな、もう一回、正しい質問をして来いよ、何を言えばいいかわかってるよな、一緒に50メートルを》
私は耳障りな戯言を遮った。
《いやあでも、今日はもう、いいんじゃないかなあ、コイツ絶対に何か知ってるでしょ、亀の息の根を止めるとか言ってたし、間違いないよ……》
「あのお」
そう呼びかけられて意識を目の前の現実に戻すと、イマイが何か言いたげな表情でこちらを見ていた。
「……なんだ?」
やはり馬脚ならぬ「亀脚」をあらわし、私のことを成敗しにきたのかと身構えたが、違った。
「あのお、この前大丈夫でしたか?」
「は?」
「この前、漏らしてましたよね、大の大人が漏らすなんて……、よっぽどヤバかったってことですよね、大丈夫でしたか?」
「……いいか」私は左手で両頬を挟んで揉むようにしながら、努めて冷静に言った。「俺は漏らしてない、漏らしかけただけだ」
しかし結局のところ、イマイは私の重要な「訂正」を完全に無視し、代わりに長台詞を口ずさむことを開始した。
「糞の臭うところには/存在が臭う/人間は糞をしないことだってできたかもしれぬ/肛門の袋を開かぬこともできた、しかし彼は糞をすることを選んだ/死んだまま生きることには同意せず/生きることを選んだからであろう。」
「……大丈夫か? ……いや、大丈夫じゃないからここにいるのか……」私はそう呟くことしかできない。しかしイマイの中では何らかの整合性が取れているらしく、さも当然と言った態度で問いかけてくる。
「アントナン・アルトーですよ、知りませんか?」
「……アントナ? え? 何?」
「まあ簡単に言うと、ウンコをすることは存在していることと切り離せないものであり、だから漏らしても恥ずかしくないということですよ」
「……だから俺は別に漏らしてなどいないと、何度言ったら……、まあいい、疲れた、そうですか、慰めのお言葉どうもありがとう」
やはりこいつもまた、まともなやり取りの通じる相手ではなさそうだ……と考え、どす黒く濁った虚無感を抱えたままイマイの傍から離れることにした私は、思うところがあり、頭の中でUに呼びかけてみた。ほんの短い期間のうちに、【イマイ=「亀」側の関係者】との図式に対する確信がますます強まっていたため、改めてその旨を伝えてやろうと考えたのだったが、あいにくUからの返答はなかった。
……どうやら「通信」が途絶えたようだと私は考えた。どうやっても思い通りに動かない私に、ようやく愛想をつかしてくれたのかもしれない。そうだといい。それならそれで、とても、好ましいことだ……。