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7月20日(木)⑭

 カウンターのところに戻ると、ナカムラは相変わらず律儀に座席の一つに腰かけ、私を待っていた。

 壁にかかった時計によれば、確か「ナカガワ」とか「ヤマカワ」とか何とかいう名前の、部長?らしき生徒がやってきてから、少なくとも15分は経過しているはずだった。……こいつはいったいいつまでここにいるのか? 先ほどは「体育科」の内情について、聞いてもないのにベラベラ喋りまくってたし……、つまり、よほど暇ということなのか? それとも何か部活に行きたくない事情でもあるのだろうか……? 

 そう考えながらも、一応「待たせたな、もう部活行っていいぞ」と、努めて柔らかく声をかけた。腐っても幼なじみの知人なのだから、むげに扱って傷つけてしまうことは私の本意ではない。しかしナカムラは立ち上がろうというそぶりを見せることさえせず、逆に私を立たせたまま言った。

「話、できたか?」

「え? ああ、でも、なんか、やっぱりよくわかんないな……」

 私は首を軽く回しながらそう呟いた。ナカムラもまた同調するように、小声で感想を述べる。

「そうか、まあ、いろいろと複雑な奴だからな」

 次の瞬間、そういう我々のやり取りの無意味さや呑気さをまとめて糾弾するように、準備室の電話が鳴り始めた。


 罵声や泣き声、さらには人間が発狂する際に発する常軌を逸した声などが日常的に飛び交う環境で暮らしてきた私は大きな物音が嫌いで、さらに電話の呼び出し音というのはその「苦手」の最たるものだった。不自然に間延びした高音の、最初のほんの数拍を耳にしただけで、心臓に直接張り手をかまされたかのような異様な感覚に襲われる……。

 それゆえ反射的にビクついたのだったが、動揺を悟られたくなくて私はすぐに居住まいを正した。頻りに指をこすり合わせ、半ば無理やりに冷静さを取り戻すと改めて受話器に手を伸ばした。耳に当てる。音量こそ呼び出しのベルよりいくぶん低めであるものの、しかし不愉快さという点では同等以上に耳障りな声がすぐに届けられた。

「あ、やっと出た、なんだぁ、いたんだぁ、なら早く出なさいよ」

 心臓の鼓動が速まり、頭に血が上るのを感じる。言うまでもなく、電話をかけてきた相手はKだった。……いや、だがどういうことだ? お前は確か今日、休みだったはずではないのか……? 

 疑問に思った私は受話器越しに、「なぜ学校にいるのか」ということをそれとなく、本当に遠回しに尋ねてみた。もちろん間違いだった。

「なに? そんなにあたしに休んでほしいわけ? だったら残念でした、ごめんなさいねぇ、うっとうしいクズで」

「……」

 私の疑問は至極真っ当なものであるはずだったが、Kからしてみれば、なかなかどうして癇に障る問いであったらしい(というよりも、私が発言すること自体が、気に食わないのかもしれないが……)。それでも私が弁解せず、黙することに終始したのは、すぐ前のところで、反応すること自体を「間違い」と認定したことに加え、Kの自己認識が、被害妄想でも何でもなかったことに由来する。つまり私は実際にKが「休」むことをこのうえなく強く望んでおり、またKのことを「うっとうしいクズ」×∞と感じていたということだ。

 しかし当のKはと言えば、私の沈黙をどう受け取ったのかは知らぬが、「そう言えば気づいたんだけどぉ、同じ国語科のヤマダっていう教師の髪の毛がぁ、てっぺんだけぇ、丸く禿げててぇ、まるで河童みたいなのねぇ」とか何とか、究極にわけのわからない与太話を立て続けにいくつか並べたのち、やがてこう言ってのけた。



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