7月20日(木)⑤
ナカムラはいつもとは異なりジャージではなく、背広を着用していた。要するに、正装していたということだが、こちらとしては余計に強い違和感を催させられた。そもそも、留めた上着のボタンがはち切れそうなほど大柄な体躯の男がカウンターに両肘をつき、組み合わせた手の上に顎を載せている様子というのは、明らかに場から遊離している。
私は左の眉だけを顰めるようにしながらもう一度繰り返した。
「なんで? どうした?」
「ナンデって、開口一番それかよぉ、せっかく代わりに見張ってやってたっていうのに」
そう言ってナカムラは手の指や首の骨を鳴らし始めた。自分の働きぶりをアピールしたかったようだが、残念ながら芝居じみたしぐさは私にとってはイラつきの対象にしかなりえない。そもそも「見張ってやってた」と言うが、ざっと見たところ、館内には一人か二人しか利用者がいなかった。どう考えても、「見張り」など必要な状況ではない。
「……お前、確か担任だろ? こんなとこで何やってんだ?」
「今日、終業式、もう学校終わったよ」
「……」そう言えば、そうだった。学生時代にはこの私でも、「夏休み」という響きを聞くだけで少なからず心躍ったものだが、すっかり忘れていた。……これが大人になるということなのか……。
「それにしてもここの空調、何回ボタン押しても全然つかねえんだけど、壊れてんの? マジで暑すぎて死にそうなんだけど」
確かに暑かった。館内は純度の高い「蒸し暑さ」で満ちていて、開放されている入り口の扉から時折入り込んでくるらしい廊下の生ぬるい空気だけが、ほとんど唯一の「冷気」だった。ただ佇んで静かに呼吸を繰り返しているだけで、汗が垂れ落ちてくる……。
だが反面、「空調が壊れている」という認識は微妙に誤っている。空調は壊れているのではない。私が意図的に壊したのだ。室外機につながる管に小さめの穴をあけ、中にそこらへんの地面の土を削って大量に詰め込んでやったのだ。もちろん私がそうしたのは、単なるいたずらではない。極めて神聖な使 命に基づいての行動である。
ナカムラが額の汗を指先で拭い、そこらへんの床に投げるようなしぐさを繰り返した。じっと見ていると、感情がゲシュタルト崩壊を起こしそうだったので、無理やり再び口を開いた。
「……原始、この世には空調など存在しなかった」
「え? ……まあ、うん、そりゃそうだな」
「人間は他の動物と同じように、季節の移り変わりを肌で感じながら、それとともに生きてきたんだ」
「うん、それは、まあ、そう、なんだけど、俺が言いたいのは、それでも、さすがに暑すぎるって、ことなんだが」
「暑い」ことに囚われ、思考力が限りなく0に近づいているらしい奴と議論しても無駄だと悟った私は、本題に切り込むことにした。
「体育館の方がひどいだろ? こんくらい我慢しろよ……、だいたいヤマギシはどうした? 俺がいない時こそ、あいつが喜んでしゃしゃり出て来そうなものだが……」
「あ、なんか風邪ひいて休みらしいよ」
「へえ……、そう……、なんだ、そりゃ朗報だ、アハッ、アハッ、アハハハハハハ……」
「センセイッ!」
ひきつった笑みが消えるよりも前に、別の第三者の声が場に挿入された。背後だった。