#6-2 こちらの世界
警察署、連続特殊失踪事件、特別対策課、受付。
警察署なんてそうそう来る場所でもないので、来てはいいものの、どこに何があるかなんてサッパリわからなかった。
何度かお世話になっているという旭に案内を頼んだのだが、比較的に新しい部署ということと、俺らと関わり始めてから久しくここには来ていないらしく、本人も見当もつかないとのことだったので、係の人に案内してもらった。
「でー? 湊 夏比さんでしたっけ? その人、いつからいないの」
「えっ……えっと、学校帰りだったので、午後3時半過ぎからです」
形ばかりの聴取を取る警察官に辿々しく答える奈央っち、警察官の態度は話半分にヘラヘラと閉まらない形で会話を進める。
「3時ぃ? 今何時だと思ってんの、後少しで6時だよ、ちゃんと探したの? 先に帰ったとかさぁ、もう定時過ぎてんの。わかるぅ? こっちだって忙しんだよねぇ、子供の遊びに付き合ってらんないんだよ」
忙しい? 元々聴く気がないだけだろ? 俺らが来た時なんか、何もせず大声で笑いながら話てただけじゃないか。
「け、けど! 私達の目の前で消えたんですよ! そんなこと普通じゃないじゃないですか! そ、それにちゃんと探しました!」
ほら、奈央っちがこれだけ必死に頼んでいるのに、話を聞こうともしない。
「目の前で消えたぁ? あっひゃっひゃっひゃっ! そんな訳ないだろ、大人をからかうもんじゃないよ。いい加減にしないと保護者や学校に連絡するぞ」
「でも……でも……」
とうとう奈央っちが折れてしまった。こんなやり取りをもう小1時間程繰り返している。逆によくここまで粘った方だと褒めてあげたいくらいだ。
旭に関しては30分程前に、聞く気のない警官に痺れを切らして突っかかり、何処かへ連れて行かれてしまった。
確かにこの警官の言う通り、明日になったら夏比がヒョッコリ学校にでも顔を出すかもしれない。もう、今日は諦めよう。そう奈央っちに声をかけようとした時、奥で電話していた婦人警官が、慌てて駆け寄ってくると、態度の悪い警官を押し除ける。
「ちょっと小林さん邪魔。ねぇ、君達の言ってる夏比くんってさ、妹さんいたりする?」
いつの間にか目にいっぱいの涙を浮かべている奈央っちに変わり、俺が答える。
「はい、中学生の妹が1人。」
それを聞いて、婦人警官の目の色が変わった。
「妹さんのフルネーム教えてもらってもいいかな?」
「み、湊 春比。季節の春に、比べるの比っす」
急に話が進展した様な気がする。今まで真面目に話を聞こうともしなかったのに、なぜ今更になって夏比の身内について聞いてくるのか気になり、婦人警官に問いかける。
「あの、すみません。何故今になって、そんなこと聞くんすか?」
「えぇ、さっきね、他の県警から電話があって修学旅行中の女子中学生が1人、連続特殊失踪事件として申請が来たんだけど、生徒の住所がうちの管轄だったもんで、確認しろってことだったの。住民課の人と連絡とり終わったら、あなた達が失踪した子の家族の名前と同じ名前で同じ申請をしようとしてたから、急いで確認したのよ」
婦人警官の話だと、春ちゃんも夏比とほぼ同時刻にいなくなってしまったらしい。こんな偶然があるのか……?
「嘘……春ちゃんまで…………?」
奈央っちはその場でへたり込んでしまう。顔は確認できないが、震える肩と偶に聞こえる声を聞けば泣いていることは側から見てもわかった。
責任感の強い娘だ、自分を強く責めているんだろう。だが、今の俺には慰めてやることすらできない。その資格すらないんだ。
「今、特別対策課の刑事さんが、妹さんの担任さんの聴取を終えて、こちらに向かっているらしいから、休める場所に案内するわ。刑事さんはちゃんと話を聞いてくれるから、安心して」
そう言い、婦人警官は力の入らない奈央っちの肩に手を掛けながら、何度も謝っていた。
案内された部屋に行くと、怪我の手当てをされ、今にも人を殺しそうな顔の旭がいた。怪我の度合いを見るに警官と揉めたときに負ったものだろう。
その後行われた事情聴取は形式的なものばかりで、詳しいことは明日聞くとのことだった。
こんなんで本当に夏比が見つかるのかよ……
□■□■
資料室。
狩野 旭と、寺島 光輝の供述を中心に作成した一連の騒動を纏めた供述調書を片手に、その後の調査でわかったことを報告書に纏める。
湊兄妹に関しては皆、若干記憶が不安定な部分もあるが、ハッキリと証言している。
住民票、戸籍、マイナンバー、在学証明書などは正式なものを確認、コピーを取り揃えられたが、当人以外の血縁者に関しては一切の痕跡や、存在を証明する証拠などは出てこず、誰も血縁者の記憶は残っていなかった。そして1番の謎が、兄弟の周辺人物の記憶以外で兄弟の存在を確信させる証拠物品が、書類以外は全く見つからないことにある。
住民票に記載されている住所は、近隣住所と番号が連なっているのにも関わらず、現地に行くと、家など存在せず、湊家の存在するべき場所を飛ばして次の番号の家が建てられている。現場を見たまま捉えるなら、湊家は住宅の間のごく小さい隙間に当てられていることになる。そしてさらに奇妙なのが、近隣住民の話によると、湊兄妹の失踪以前は、住所の記載通りに湊家が並んでいたと証言した。両隣の家の住民は湊家を飛ばして自分らの家が隣家になったことに驚いていたぐらいだ。
在学している学校も2人だけの席が消え、湊家周辺や、学校付近に設置されている防犯カメラを1ヶ月分以上も鑑識に確認させたが、一瞬たりとも2人は写っていなかったそうだ。
この現象は連続特殊失踪事件でも、かなりのレアケースにあたる。
夜も老けてきた、報告書もできたし、もう一踏ん張りして、事件について調べるか。
渡辺は、事件の手掛かりになりそうな証言をいくつか見つけ、供述調書を棚にしまい、自分のメモ帳を懐に入れると、資料室を後にした。
□■□■
湊 夏比失踪から2日。
喫茶店いろは。
「よぉ! お前ら元気してるか!」
昨日と同じ様に店に入ってくる渡辺に昨日とは違う反応が返ってくる。
「刑事さん、今日も来たんすかぁ? もしかして暇なんじゃ……」
完全にわだかまりが消えたとは言えないが、渡辺の少年達へ向けられた真剣な言動が功を制した様で、店内の様子が昨日よりは明るい雰囲気になりつつあった。それでも少年達が不安に思うことや、友の失踪に何もしてられなかったという後悔が完全に消えるわけではない。
せっかくこいつらが歩み寄ってくれてるんだ、俺もこいつらの期待に応えなきゃな!
渡辺は自分に喝を入れて、できる限りの笑顔を作る。
「バカ言え! 仕事だよ、仕事!」
光輝の冗談に笑いながらツッコミを入れると、渡辺はカウンターに腰かけ、特製ブレンド珈琲を1つ、店主に注文する。
「早速だが、湊 夏比に着いて数点わかったことがある」
渡辺は真剣な表情に切り替え、3人を見据える。その渡辺に帰ってきた反応は予想もしない言葉だった。
「あ? 湊 夏比……? 誰だよ」
「ちょっと! 何言ってんの旭! 夏比だよ! 冗談でもそんなこと言わないで!」
旭の本当に何のことだかわからないといった反応に誰よりも早く倉橋が訂正を入れた。
「あっ……あ、あぁ、……夏比か…………そうか……そうだよな…………夏比だ、夏比…………何言ってんだ……? 俺は……」
自分の言っていることが信じられないとばかりに旭は顔に苦笑いを貼り付けて、自分を落ち着かせるために珈琲を啜る。
渡辺はその光景に疑問を抱きつつも、話を仕切り直すために口を開く。
「あれ……今、何の話をしようとしていたんだっけか」
渡辺は自分の口から出た言葉に驚愕し、目を見開く。おかしい。今確かに何か大事な話を持ち出したはずだ、なんだ? 俺は、何をこの少年達に伝えようとしていたんだ?
「いや……わからない。誰か……誰か大事な友達の話だった様な……」
そして、渡辺の漠然とした疑問の答えは当事者の4人も、その光景を今まで静観してきた倉橋 誠司にすら、答えることはできなかった。
そんな釈然としない4人の会話の最中、3人の少年少女達に1通ずつ、3枚の手紙が届いた。