#7 才能
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first memory 6
『才能』
こちらからではあまりよく見えないが、赤い紐の先にはうなだれた白い頭とそこから落ちるカーテンのような白い生地がぶら下がっている。
「…………お、おい、和馬……その変なてるてる坊主いつから持ってた……?」
一瞬の内に現れた奇妙なぬいぐるみを見て声が上ずっている俺を最小限の動きでこちらを視界に捉える和馬は最初に出会った時のような、酷く冷たい目でこちらを見下ろし、ゆっくりと俺の頭にしみ込ませるみたいに喋り出す。
「よく見ておけよ、夏比……これが俺の才能だ」
和馬は俺の顔を確認してからもう一度てるてる坊主に呼びかける。
10センチあるかないかほどの大きさだったぬいぐるみは和馬の呼びけに応じるみたいに頭部を段々と膨らまして行く。え……いつから隠し芸大会始まったの? まだ俺、何の準備もしてないんですけど……あっ、とりあえず、未開封新品のトランプ頂いていい?
脳内でどんな手品わやろうか模索している内にてるてる坊主の頭はとうとう1メートルを超え、頭の一部が床に着く大きさにまで巨大化すると、和馬は紐から手を離す。
和馬の手から離れ、膨張が止まったそれは紐で縛られた首から骨の音が折れるような不快で耳障りな音を鳴らし始め、首が捻れ、顔が逆さまになる。落ち着いたと思った矢先、今度は次は口を再現しているであろう、縫い付けられたファスナーがひとりでに、しかも不気味な事にぎこちなく開き始めた。
「いや、怖っ……!」
おっと、怖すぎて、声が漏れた。
「毎度毎度思うけど、普段はあんなにかわいらしい首吊り坊主ちゃんが、どうして能力発動時だけこんなに恐ろしい状態になるのよ……? アンタ……この子が一体何をしたって言うの?」
恐怖で若干引きつった表情のまま放った独り言が聞こえたのか、ロゼさんも俺と同じような表情のまま哀れみの声をかける。あぁ、毎回これ見せられるのか、こりゃ夢に出てきそうだわ。
おぞましいものを見せられてるような感覚に陥りパクと呼ばれるてるてる坊主から目を逸らしていると、急に重たい物が落ちるみたいな鈍い音がして視線を戻す。その視界に入った光景に思考を持っていかれる。
は?
ただでさえ不気味なてるてる坊主が人間を口から吐き出している事実とは別に、何よりも驚きを隠せなかったのは吐き出している人物だ。
「か……和馬……? ソレぇ、さっき俺を襲ったやつらろ……?」
意識がない盗賊の2人を指差しながら質問をするが、驚き過ぎて呂律が廻ってないのが自分でも十分にわかった。
あの時森で感じた不安感が蘇る。
和馬はやっぱり、盗賊の仲間? ここがヤツらの拠点? そうするとロゼさんもももももももも?
頭の中で思考が大暴走する。焦るな。落ち着け。出口には俺が1番近い。
俺の目が泳いでいたのがバレたのか、和馬が呆れたようにため息を吐く。
「さっき森から扉を開いて跨ぐ時に縛って回収してただろ」
「いつの間に?!」
和馬のあっさりと流れる夏の素麺かのような回答に思わず叫んでしまった。
確かに、よーく見ると手足がきちんと縛られている。
「お前がゲート前であたふたしている時だが、本当に気付いてなかったのか……」
和馬はこちらの反応を梅酒ぐらいサラリと流すと、ロゼさんに「追加だ」と赤黒く濁った水晶玉のような物を何個か手渡す。ええぇぇぇ……それはちょっと声かけてもらっても良かったんじゃないですかね! てかその血溜まりみたいな綺麗な色の球体なんだよ。初登場のアイテムにはチュートリアル必須でしょうが!
そして、そんなことよりも話の本筋の方が大事なのを思い出し、強引に、だが非常に低姿勢で話を戻させて頂く。脱線の原因俺だからね。強く出れないよね。
「あの……それはいいんですが、先ほど仰っていた才能って何のことでしょうか」
そうそう! これこれ! これが訊きたかったんですよ! ふぅ……訊きた過ぎて敬語になちゃったんですけども、本当に、これが俺の才能だドヤァ! とか急に言い出すからちょっと厨二病心をくすぐられちまったじゃねぇかよ。ちきしょう。
「あぁ、忘れてた。今から説明する」
いつの間にかてるてる坊主を消して手ぶらになった和馬が咳払いをして喉の調子を合わせると、解説を始める。え……? この才能ってヤツそんなに簡単に説明忘れちゃっていいものなの? 絶対ダメだよね? ね? うん。
「まぁ、そうだな。能力の説明の前に、器の説明からしていくか」
そんな前置きをしてから、和馬は語り出す。
「命や魂ってあるだろ? 俺らはそれらの総称を器と呼んでいる。この器には常に様々なものが入っているんだが、そいつが感情だったり、人格、性格、記憶だったり……その中の様々なものの1つが才能だ」
器はつまり、目に見えないが、俺ら人間に必要な情報を収めている器官で、その目に見えない器官の中に才能が隠されていると。ふむふむ。
才能が、器の中身なのは何となく理解したが、1つ気になることがあり、和馬先生に質問を投げる。
「じゃあ、みんながみんな何かしらの才能を持ってるってことか?」
急に話を遮った俺に、和馬はコクリと顔を縦に振った。
「まぁ、そうなるな」
その肯定には矛盾が浮かび上がる。
「そりゃ、ダウトだよ……。俺の世界ではそんな瞬時に気味悪てるてる坊主出せるようなやつ見たことないぞ、俺もそんなマジックみたいなことできないし……。それとも俺の世界の人間は魂や器に才能が含まれていないってのか?」
確かに元の世界と、この世界では色々と原理や物理法則の概念に歪みがあるのはもう目の当たりにしている。
「いや、多分だが、俺らとお前らの世界の人間の構造に大した違いはないだろう。そちらの世界の人間も才能を持っているはずだ。勿論、も前もだ。夏比」
「何言ってんだよ、それじゃあおかし……」
和馬に反論しようと口を開くと、掌をこちらに見せ待てのジェスチャーで静止させられる。
「最後まで聴け。才能ってのは、これから説明する中で最も所有者が少ない貴重な能力だ。つまり、この世界でも極々少数を除く殆どの人間が才能を開花させれない。現にロゼは才能所有者ではない。ただ、才能が全員に備わっていても、それを表現する術が無かったり、表現できるほどの能力自体のポテンシャルが備わってなかったりする。これが才能と言う能力の所有者が1番少ない理由の1つだ」
ここまで説明されてやっと、何となく理解する。
つまり、才能の素になる何かは誰にでも備わっているが、それが何かに影響を及ぼさない限り、才能として扱わない。だから、『全員に才能がが備わっているが、才能所有者は少ない』という難解な説明になったのか……。
「成る程な……。なら皆、コントロールする練習をすれば多少なりとも才能を自由に使えるんだろ?」
才能という特殊能力が発見され、それが公になっているのであれば、研究機関なり、教育機関が練習法を編み出してもいいはずだと思ったのだが、渋い表情見せる和馬を見るに違うらしい。
「確かに、何かに影響を与えられるみたいな、既に素質を芽生えさせている者なら同系統の熟練者や実戦経験で能力の上達が見込め、才能を扱えるようになるだろう。だが、そこまでが問題だ。さっきも話した通り、器にはその人物の様々なものが含まれる。形や容量、質感に至るまで千差万別の形無いものから何をどれだけ抽出して利用する? 能力を1度も再現できていない者は、自分が何を秘めているかすらわからない状態にある。そんな状態では何をコントロールすればいいのかすらわからないだろ?」
確かに言われてみればそうだ。じゃあそのたまたま自分の能力に気づけて、その扱い方をマスターしている和馬ってめっちゃすごいんじゃね?
「けど、俺のいた世界の人口は70億人以上だぞ? もし、俺らの世界にも才能って概念があるなら、いくら珍しいと言っても数人……いや、数千人単位でいてもおかしくないだろ? 流石にそんだけの特殊な人間がいたら研究されたり、もっと大々的に報道とかされそうな気もするけど、一切されてない……やっぱり、こっちの世界からすれば才能は突拍子もない能力に見えるよ」
世の中世知辛い。俺だって厨二能力全開で無双ハーレムを築きたかったよ。
少し黙っていた和馬は少し間を置いて何かを考えた後に俺の発言を否定する。
「その可能性は確かにないとは言い切れないが、この世界に来て、夏比の存在に何の影響も与えてないところを見ると、やはり、そちらの世界にも才能に類する能力はある気がするな。今までの夏比の話を聞くと、どうもこちらの世界とそちらの世界での規格が違うように思える。なんだか、個々の本来の能力が存分に発揮できていないような……制限が大きいような」
え? なんで急に故郷ディスられてるの? キレそう。
「何だよそれ……こちらの世界では才能が発現しずらいように元々なってるってのか?」
「簡単に言えばそうなるな」
少し喧嘩腰に言ったにも関わらず、何も意に返さずに即答で返されてしまった。えぇ……そんなバッサリ言わんでも……サリーだけにブーになっちゃいそう。驚いたら電気代安くしてくれないかな。
だけど人間の脳みそは本来の1割程度しか使われていないとかいうしなぁ……はぁ。俺の有頂天大逆転玉の輿ハーレムは夢ってことかぁ……辛味噌汁。
「因みに、和馬の才能ってそのよくわからん不気味てるてる坊主出したり消したりするだけのショボショボなの?」
見てろとか言った割にしょうもなくね? という本心を包み隠して問いかけると、和馬が鬼の形相で、こちらを睨んでくる。
「あぁ? 殺すぞ」
「怖い。怖いよ……顔のおかげで洒落になってないから! わー! わー! ごめんなさい! 調子乗りました! 僕が悪いです反省してますから、本当はどんな素敵なスバラシ能力なのか教えてください! お願いしますこの通りですだから殺さないで虐めないで痛いのやだ言葉の暴力も反対ですしお寿司ー!」
物凄い早口で誠心誠意謝ったおかげでネタだって通じたのか、殺されるのは回避しました。神様に感謝。その神様は渋々能力の説明をしてくれる。なんだかんだで説明はちゃんとしてくれるジェントルメン。それが城崎 和馬。
「俺の才能の名は〈狭世〉。簡単に言うと、新たな生命を創造する能力だ。造り出せるのは生物限定で、1度造り出した生物は俺が死ぬまで死ぬことはない。普段は俺の……何て言うか、器の中にいるイメージだが、出し入れは俺の自由。生み出せる生物の数や能力は、俺の器の中に収納できるまで。大体こんな能力だな。さっき出した首吊り坊主はそのうちの1匹だ」
うわ。新しい生き物作り出せるとかチートかよ。もう神様の領域じゃんか。そら、馬鹿にされたら怒るし、自慢したくもなるわ。あっ……自慢はしてないですね。そうですね。
和馬さん、自慢してるとかドヤ顔に妙に反応するから、勘づかれる前に褒めとこ!
「え、え、何そのつよつよな能力! 極論、いっぱい猛獣とか出して突撃させれば怖い者なしじゃん」
俺の画期的な提案に、和馬は能力について補足し始める。
「あのなぁ……ヤツらだって生きてんだぞ。感情や痛みはある。死ぬことは無いってだけで、傷も負えば、体力も減る。そうなれば苦しみ動かなくなる。そしてそんなことを続ければ俺らの信頼関係も無くなる。それにそんなことやりたくてもできねぇよ」
「確かに、作り出した生き物だからって、感情がないわけじゃないもんな。和馬の創った動物も同じ生き物、命は大切だよな」
当たり前のことだ。変なことを口走ってしまったのを反省しながら、和馬確かに言った言葉に少し引っかかった。
「でも、やりたくてもできないってどういうことなんだ? まだ何かしらの熱い心温まる心意気でもあるの?」
どきどきわくわくした
「そんなもんはなからねぇよ。俺の能力は、新しい生命を誕生させる能力だ。つまり裏を返せば、新しくない、既に存在している生命体は造り出せねぇ。そして、俺の能力で作り出した生命体は既存の生命体扱いになり同じ種族は2つと存在できない」
そうなると、軍団は作れないだろうし、繁殖もできないだろうから、それで“やりたくてもできない”か。なんだかんだで、使い勝手がいいのか悪いのかわからない能力でした。まる。っておい! 動物に対する熱い心の優しさがないとかどうなっとんねん! 俺の代わりに愛護団体がしばいちゃうぞ! ヤーイ! ヤーイ!
「俺の能力の制限なんてどうでもいいんだよ! 才能についてはまだ説明する事もあるが、一旦、次の説明いくぞ」
おおぅ。びっくりしたぁ……心の声もれてて逆に和馬さんにしばかれるのかと思った……急に話しかけてくんなよ! 全然会話の途中だったけど。
和馬の唐突なツッコミに心臓が止まりそうになっていると、この和馬君、また変なことを仰っている。
「い、今結構説明パートありましたよね? このままぶっ通しですか? もうワテクシ、聞き飽きましてよ?」
とうとう集中力が切れて言語能力がイカレ始めた俺を見て、呆れたように和馬は休憩の合図を出す。
「…………はぁ、わかったよ、俺も少し話疲れた」
和馬のお許しの言葉を受け、授業終わりの昼休みの様な開放感に、握り拳を作った両手を思いっきり天に伸ばす。
「やっちゃー!」
大きくストレッチをして上にあった両腕を後ろに回し床に手を着くと、ふと天井を見上げる。白いライトで煌々と光る天井には無数の武器が飾られており、博物館と見間違う程にラインナップが充実していた。
この世界に来てからどれくらい時間が経っただろうか。
このRAST GAMEに似た世界からどうすれば生きて元の世界に帰れるのだろう。
上の喫茶店から持ってきておいた珈琲で喉を潤しながらこの不思議な数時間に思いを馳せる。
みんなは今頃どうしているだろうか、俺はどんな扱いになってんのか。
暖かい珈琲の温もりが、すっと胸に馴染んでいく感覚を残しながら、元いた世界の友人達の顔が脳裏に溶けていった。




