#5-2 才能
紐の先には白いてるてる坊主の様な、縫ぐるみの様なものが、ぶら下がっている。
「…………お、おい、和馬……その変なてるてる坊主いつから持ってた……?」
和馬の知らぬ間の早技を見て、声が少し上ずっている俺に、和馬は顔だけこちらに向けて最初に出会った時の様な、酷く冷たい目でこちらを見下ろし、ゆっくりと俺の頭にしみ込ませる様に喋る。
「よく見ておけよ、夏比……これが俺の〈才能〉だ」
和馬は俺の顔を確認してからそっと首を戻し、もう一度「首吊り坊主」と、てるてる坊主に囁く様に呼びかける。
10センチあるかないか程の大きさだったてるてる坊主は和馬の呼びかけに応える様に、頭部を段々と膨らまして行く。え……いつから隠し芸大会始まったの? まだ俺、何の準備もしてないんですけど……あっ、とりあえず、未開封新品のトランプ頂いていい?
際限なく膨張して行くと思っていたてるてる坊主は1メートルを超え、頭の一部が床に着く大きさにまで巨大化すると、ピタリと動きを止める。
止まったのを確認したかの様に次は首から、骨の音が折れる様な不快で耳障りな音を鳴らし始めた。てるてる坊主の首が捻れ、顔が逆さまになると、次は口を再現しているであろう、縫い付けられたファスナーがひとりでに、しかも不気味な事にぎこちなく開き始めた。いや、
「怖っ……」
おっと、怖すぎて、声が漏れた。
「毎度、毎度、思うけど、普段は可愛い首吊り坊主ちゃんが、どうして能力発動時だけこんなに恐ろしい状態になるのよ……? アンタ……この子が一体何をしたって言うの?」
若干引きつった表情のまま放った俺の独り言が聞こえたのか、ロゼさんは俺と同じ表情のまま哀れみの声をかける。あぁ、毎回これ見せられるのか。夢に出てきそう。
そんな思考に至り、パクと呼ばれるてるてる坊主から目を逸らしていると、急に重たい物が落ちる様な鈍い音がして顔を戻す。
その時、視界に入った物に意識を奪われた。ただでさえ不気味なてるてる坊主が人間を口から吐き出している事実とは別に、何より1番驚きを隠せなかったのが、吐き出している人物だ。
「か……和馬……? ソレぇ、さっき俺を襲ったやつらろ……?」
意識がないチンピラの集団を指差しながら質問をするが、驚き過ぎて呂律が廻ってないのが自分でも十分にわかった。
個人ワールドで感じた不安感が頭を過ぎる。
突然のチンピラの登場に驚きを隠せないでいると、和馬が口を開く。
「あ? さっき夏比のワールドを出る時に縛って回収してただろ」
和馬のあっさりと流れるかの様な回答に「いつの間に……?!」と叫んでしまった。確かに、よーく見ると手足がきちんと縛られている。
「あー! この子たち、もしかして私が頼んでた盗賊の屑たち?」
ロゼさんの目をキラキラさせながらチンピラに駆け寄る姿を見て、確か和馬も誰かの依頼とかって言ってたっけ、と思い出す。
無駄な心配だった事に一安心して、気になっている事を訊こうと和馬に話しかける。
「え? いつ? いつそんなことやったの?! マジで何も気付かなかったんだけど!」
って違う! 俺のバカ! それを気になってたんじゃない! ……それになんかこの世界に来てから少しオーバーリアクションになった気がする。
「お前がゲート前であたふたしている時だが、本当に気付いてなかったのか……」
和馬はこちらの質問をサラリと流すと、ロゼさんに「追加だ」と赤黒く濁った水晶玉の様な物を手渡す。ええぇぇぇ……それはちょっと声かけてもらっても良かったんじゃないですかね! てかその血溜まりみたいな綺麗な色の球体なんだよ。
「あの……それはいいんですが、先ほど仰っていた才能って何のことでしょうか」
そうそうこれ、これが訊きたかったんですよ、ふぅ……訊きた過ぎて敬語になちゃったんですけど。も、本当、これが俺の才能だどやぁ、とか急に言い出すからちょっと厨二病心を擽られちまったじゃねぇかよ。ちきしょう。
「あぁ、忘れてた。今から説明する」
いつの間にかてるてる坊主を消して手ぶらになった和馬が咳払いをして息を整える。え……? この才能ってやつそんなに簡単に説明忘れちゃっていいものなの? 絶対ダメだよね? ね? うん。
「まぁ、そうだな。能力の説明の前に、"器"の説明からして行くか」
そんな前置きをしてから、和馬が語り出す。
「命や魂ってあるだろ? 俺らはそれらの総称を器と呼んでいる。この器には常に様々なものが入っているんだが、そいつが感情だったり、人格、性格、記憶だったり……その中の様々なものの1つが才能だ」
才能が器の中身の1つなのは何となく理解した。だが、確認したいことがあり和馬の話を遮る。
「じゃあ、皆んなが皆んな才能を持ってるってことか?」
急に話を遮った俺に、和馬はコクリと顔を縦に振る。
「まぁ、そうなるな」
その肯定に、まだ疑問が浮かぶ。
「そりゃ、ダウトだよ……。俺の世界ではそんな瞬時に気味悪てるてる坊主出せる様なやつ見たことないぞ、俺もそんなマジックみたいなことできないし……。それとも俺の世界の人間は魂や器に才能が含まれていないってのか?」
確かに元の世界と、この世界では色々と原理や物理法則の概念に歪みがあるのはもう目の当たりにしている。
「いや、多分だが、俺らとお前らの世界の人間の構造に大した違いはないだろう。そちらの世界の人間も才能を持っている。勿論、夏比もな」
「何言ってんだよ、それじゃむじゅ……」
そこまで言うと和馬に止められてしまう。
「最後まで聴け。才能ってのは今から説明する3つの能力の中で最も所有者の少ない能力だ。この世界でもちゃんと才能を特殊能力として扱えるのは、極々少数の人間のみ。つまり、殆どがお前の世界と同じく、才能なんて特殊能力は持っていない。現にロゼは才能非所有者だし、才能の能力自体が何かに影響を与えられる様な内容なのか、実際にコントロールできるのかは人それぞれだ。才能が全員に備わっていても、それを表現する術が無かったり、表現出来るほどの能力自体のポテンシャルが備わってなかったりする。これが才能と言う能力の所有者が1番少ない理由の1つだ」
ここまで説明されてやっと、何となく理解する。
つまり、才能の素になるになる何かは器に備わっているが、それが何かに影響を及ぼさない限り、才能として扱わない。だから、全員に才能が備わっているが、才能所有者は少ないと言う難解な説明になったのか。
「成る程な……。なら皆、コントロールする練習をすれば多少なりとも才能を自由に使えるんだろ?」
それを聞いて和馬は渋い表情をする。
「確かに、何かに影響を与えられる様な素質を持っている者なら、その通り、才能を扱える様になるだろう。だが、そこが問題だ。そのコントロールする技術は自分で見出さなければいけない。さっきも話した通り器にはその人物の人格なり性格なり、記憶、経験なんかも含まれる。それは一人一人違う物なのは言うまでもないが、そこに類する才能も人によって様々だ。ここまで言えばわかると思うが、才能のコントロール方法や感覚自体も人それぞれあり、誰からも教わることはできない。それに既に能力としての何かを発現して、自分が才能保有者だと自覚している者は今のやり方が通じるが、能力を1度も再現できていない者は、自分が何を秘めているかすら分からない状態にある。そんな状態では何をコントロールすればいいのかすらわからない。才能を使うなんて夢のまた夢だ」
確かに言われてみればそうだ。じゃあそのたまたま能力に気づけて、その扱い方をマスターしている和馬ってめっちゃすごいんじゃね?
「けど、俺のいた世界の人口は70億人以上だぞ? もし、俺らの世界にも才能って概念があるなら、いくら珍しいと言っても数人……いや、数千人単位でいてもおかしくないだろ? 流石にそんだけの特殊な人間がいたら研究されたり、もっと大々的に報道とかされそうな気もするけど、一切されない……やっぱり、こっちの世界からすれば才能は突拍子もない能力に見えるよ」
世の中世知辛い。俺だって厨二能力全開で無双ハーレムを築きたかったよ。
少し黙っていた和馬がこちらを見て、少し間を置いてから話出す。
「その可能性は確かにないとは言い切れないが、この世界に来て、夏比の存在に何の影響も与えてないところを見ると、やはり、そちらの世界にも才能に類する能力はある気がする。今までの夏比の話を聞くと、どうもこちらの世界とそちらの世界での規格が違う様に思える。なんだか、個々の本来の能力が存分に発揮できていない様な……制限が大きい様な」
え? なんで急に故郷disられてんの? キレそう。
「何だよそれ……こちらの世界では才能が発現しずらいように元々なってるってのか?」
「簡単に言えばそうなるな」
少し喧嘩腰に言ったにも関わらず、何も意に返さず梅酒ぐらいサラリとした即答で返されてしまった。えぇ……そんなバッサリ言わんでも……だけど人間の脳みそは本来の1割程度しか使われていないとかいうしなぁ……辛味噌汁。
「因みに和馬の能力って、そのよくわからん不気味てるてる坊主を出したり消したりするだけのクソショボショボな才能なの?」
見てろとか言った割にしょうもなくね? という本心を包み隠して問いかけると、和馬が鬼の形相で、こちらを睨んでくる。
「あぁ? 殺すぞ」
「怖い。怖いよ……顔のおかげで洒落になってないから! わー! わ−! ごめんなさい! 調子乗りました! 僕が悪いです反省してますから、本当はどんな素敵なスバラシ能力なのか教えてください! お願いしますこの通りですだから殺さないで虐めないで痛いのやだ言葉の暴力も反対ですしお寿司!」
物凄い早口で誠心誠意謝ったのが通じたのか、殺されるのは回避した様で、和馬は渋々能力の説明をしてくれる。なんだかんだで説明はちゃんとしてくれるジェントルメン。それが城崎 和馬。
「才能の名前は〈狭世〉。簡単に言うと、新たな生命を創造する能力だ。造り出せるのは生物限定で、1度造り出した生物は俺が死ぬまで死ぬことはない。普段は俺の……何て言うか、器の中にいるイメージだが、器からの出し入れは俺の自由。生み出せる生物の数や能力は、俺の器の中に収納出来るまで。大体こんな能力だな。さっき出した首吊り坊主は俺の生み出した生物の1つだ」
え、新しい生き物作り出せるとかチートかよ、もう神様の領域じゃんか。そら、馬鹿にされたら怒るし、自慢したくもなるわ。
「え、え、何そのつよつよな能力! 極論、いっぱい猛獣とか出して突撃させれば怖い者なしじゃん」
俺の画期的な提案に、和馬はそうもいかないと能力について補足し始める。
「生み出した生命にも、感情や痛みはある。死にはしないと言っても死なないだけで、傷も負う、体力も減る。そうなれば苦しみ動かなくなる。生み出した生き物たちは俺の器の中の住人、つまり俺の分身とも言える存在だ。自分自身も同然の生き物に、そんな酷いことはしたくないし、それに、やりたくとも、できない」
「確かに、作り出した生き物だからって、感情がないわけじゃないもんな。動物も同じ生き物、命は大切ってやつか」
当たり前のことだ、変なことを口走ってしまったのを反省しながら、和馬が確かに言った、言葉に少し引っかかった。
「でも、やりたくてもできないってどういうことなんだ? まだ何かしらの熱い心温まる心意気でもあるの?」
和馬は俺の新しい問いかけに、「そんなもん、最初からねぇよ」と付け加えてから、自身の能力について解説を再開する。
「俺の能力は、新しい生命を誕生させる能力だ。つまり裏を返せば、新しくない、既に存在している生命体は造り出せねぇ。そして、俺の能力で作り出した生命体は既存の生命体扱いになり同じ種族は2つと存在できない」
和馬は最後に「だから、俺の能力で軍隊や集団は作れないし繁殖もできない」とだけ言い残すと、話を締める。なんだかんだで、使い勝手がいいのか悪いのかわからない能力でした。まる。っておい! 動物に対する熱い心の優しさがないとかどうなっとんねん! しばくぞ!
「俺の能力の制限なんてどうでもいいんだよ! 才能についてはまだ説明する事もあるが、一旦、次の説明いくぞ」
おおぅ。びっくりしたぁ……心の声もれてて、逆に和馬さんにしばかれるのかと思った……急に話しかけてくんなよ! 全然会話の途中だったけど。
和馬の唐突なツッコミに心臓が止まりそうになっていると、この和馬君、また変なことを仰っている。
「い、今結構説明パートありましたよね? このままぶっ通しですか? もうワテクシ、聞き飽きましてよ?」
とうとう集中力が切れて言語能力がイカレ始めた俺を見て、和馬が休憩の合図を出す。
「…………はぁ、わかったよ、俺も少し話疲れた」
和馬のお許しの言葉を受け、授業終わりの昼休みの様な開放感に、握り拳を作った両手を、思いっきり天に伸ばす。
「やっちゃー!」
大きくストレッチをして、上にあった両腕を後ろに回し床に手を着くと、ふと天井を見上げる。白いライトで煌々と光る天井には無数の武器が飾られており、博物館と見間違う程にラインナップが充実していた。
この世界に来てからどれくらい時間が立っただろうか。
大人気ゲーム、RAST GAMEに似た世界からどうすれば生きて元の世界に帰れるのだろうか。
上の喫茶店から持ってきておいた珈琲で喉を潤しながらこの不思議な数時間に思いを馳せる。
みんなは今頃どうしているだろうか、俺はどんな扱いになってんのか。
暖かい珈琲の温もりが、すっと胸に馴染んでいく感覚を残しながら、元いた世界の友人達の顔が脳裏に溶けていった。