魔王様とその夜
「はぁっ!」
精神を集中させ、魔力を形に具現化させる。それはオーラを放ち魔法となり、やがて大きな力に変わっていった。
それは『土』と『炎』の力。この世界が私に与えたのは、この二属性の魔力であった。炎を生み出し操る力。そしてもう一つは、地形を変えて武器などに変質させることができる力。
私はこの世界へ来てから2週間目にして、ある程度の魔法を習得したのだった。
「すごいですね。これが人間の成長速度なのですか」
アヴリアさんも私の魔法を見て、驚いたような声を出していた。どうやら普通の魔族と比べて私は魔法の習得速度が速いらしく、三ヶ月のところを私はたったの1週間で習得したみたいだ。
今となっては、炎を自由自在に操れるのはもちろん、少し時間はかかるが鉄から武器を生成することもできる。
私はそれに感心しながらも、ずっと気がかりなことがあった。
「アヴリアさん、その、私以外に召喚された人たちってどこにいるんですか?」
私は満足そうにしているアヴリアさんに、そう聞いた。あの時に学校全体を包んでいた白い光、恐らくは人間たちが作った召喚陣みたいなものだろう。私はそれに巻き込まれる前に悪魔たちが私を連れ去ったのだ。
ここで生じた疑問は一つ。今、皆はこの世界のどこにいるのか。会いたいわけではない、むしろ会いたくないがために聞いたのだ。
「それは簡単な質問です。彼らはこの世界の中心にある王都エグリシアに纏めて召喚されています」
アヴリアさんは淡々とそう答えた。纏めて召喚されたということは、そこが人間たちの本拠点であり、恐らくは世界の中心なのだろう。
ーー世界の中心、人間の本拠地
いつま私はクラスメイトに殺されるのではないかと考えると、体に寒気が走る。
「私、殺されないですよね?」
そう聞く私に、アヴリアさんは少し難しそうな顔でこう答えた。
「それを否定することは難しいと思います。この世界は魔族と人間が対立している世界。あなたが魔族の味方だと知れれば、人間共に命を狙われるでしょう」
それは紛れもなく本当のことだった。どこのRPGでも、人間でも敵ならば殺す。それがほとんどのRPGの鉄則であり、この世界でも変わらなかった。
たしかに守る必要が無ければ、剣の生成や炎の魔法など覚える必要がないのだ。
「あなたは自分の身を守るために、魔法を覚えたのです」
それは誰かを傷つける力。簡単に生き物を殺すことの出来るもの。
ーーお前に殺す覚悟はあるか?
心のどこかでそう聞こえた気がした。
否、私に殺す覚悟などない。ましてや争う勇気さえもない。今までずっと争いから逃げてきた私は、これ以上に厳しいことは無かった。
恐れを抱くその様子を見たアヴリアさんは、私にある提案を持ちかけた。
「そうですね、魔族の最前線の砦に行ってみてはどうでしょうか?これから戦う上で必要なものが得られると思います」
「最前線の砦?」
最前線ということは、もっとも人間に近いところに張ってある魔族の陣地だ。どこら辺にあるのかは分からないが、少し怖い感じがする。
だがこの持ちかけを断れば、この先生きる上で大切なものを学べなくなる気がした。故に私は少し怖気つつ、こう答える。
「少し怖いですけど、是非ともお願いします」
それを聞いたアヴリアさんは「ふふっ」と微笑んだ。いつも思うのだが、アヴリアさんは微笑んだ姿が特に、すごい美人なのだ。
アヴリアさんに合わせて、私も微笑み返した。
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その夜、私は自分の部屋のベッドで、憂鬱そうに寝転がっていた。
これから先、私が見るのはこの世界の現実であって、確実に血を見ることになるとわかっていた。
正直に言えば怖い。だが、私は最前線の砦で現実を目にする覚悟を決めたのだ。戦うのは怖いが、生きるためには真っ直ぐに向き合わなければならない。
そう無理に考えようとしたが、どうしても恐怖で押し潰されそうになるのだ。
コンコン
部屋の扉からノック音が聞こえた。
たまにアヴリアさんが私のことを心配して部屋に来てくれたりしていて、今日も来てくれたのかと思い、駆け足で扉まで行ってドアを開けた。
だが扉の目の前にいたのは彼女ではなく、いつも出している王者の風格を出していない、部屋着の魔王様の姿があった。
私はお茶をお出しし、魔王様と対面になるように椅子に座った。魔王様は机に出されたお茶を一口飲むと、私にこう言った。
「お前は心が弱いな。今まで見てきた人間の中でもっとも弱い」
「……ですよね」
魔王様の率直な言葉が胸に突き刺さった。その通りで私は心が弱い。他の人と比べれば圧倒的に強さが足りないのだ。
私は俯きかけた。
「前を向け。そんなんじゃ生き残れんぞ」
魔王様は呆れたようにそう言う。魔王様は部屋着でもやはり魔王様なのだな、と実感した瞬間だった。
私も落ち着くために一口お茶を飲んだ。
ーー温かい
そういえばここに来たばかりの時、この世界にもお茶があると知った時は驚いたものだった。
「お前は魔王が相手でも、のんびりしていられるのだな」
「あっ」
お茶を飲んで一息ついていると、魔王様にそう言われてしまった。
私はハッ、と気づき思わず声が出てしまった。何故だろうか、魔王様であると言うのに緊張感が持てなかった。
慌てふためいている様子を見た魔王様は口元が少し綻んだ。
「ふっ、やはり面白い奴だな」
頭の上にはてなマークを浮かべる私に、魔王様は不器用な笑いを見せた。初めて魔王様が笑っているとこと見たのだ。
魔王様はお茶を飲み干すと、私にこう告げた。
「最前線の砦はもっとも戦闘が過激な地にある。たった1人で指揮を執り、人間共の猛攻を身ごとに防いでいる魔将軍レーネがいる。彼女に俺が渡した紋章を見せろ。力になってくれるはずだ」
それだけ告げると、「仕事があるから」と言って満足そうにしながら部屋を出ていこうとした。
「あ、待ってください!」
そんな彼を私は引き止めた。
どうしても言わなければならないことがあった。それは、この世界に来てからのお礼と今までの感謝。短い間ではあったが、私の心は救われたのだ。
そして心から感謝を述べる。私は敬意を示してこう言った。
「魔王様!短い間でしたが、ありがとうございました!」
フッ、とクールに笑って彼はこう返す。
「魔王デストリアだ。覚えておけ」
そして彼は部屋から姿を消した。後に残ったのは、気が和らいだ私の心と、夜の静寂だった。
私はバタンとベッドに転がった。支えてくれる人がいるだけでこんなに違うのだと実感した。魔王様のためにも、私は最前線の砦で多くを学ばなければならない。
きっとまた戻ってきて、魔王様の下で働くのだと。そう胸に決意を抱いて眠りにつくことにした。
「魔王様、本当によろしかったのですか?」
部屋を出た魔王デストリアは、サツキの部屋の前で待っていたアヴリアにそう言われた。
デストリアは静かに答える。
「これで良い、ここは戦火に包まれる。共存の道は既に無い。彼女にーー惨劇を見せる必要はない」
デストリアは魔法で鎧を作り出し身に付けた。魔王だけが扱える魔剣を握りしめたその姿はまさしく魔王。
デストリアとアヴリアは夜の闇へと消えていったのだった。