回想 ハインリヒ
「あなたがこれ以上傷つく必要はないわ」
城の姫の私室。そこに私は呼び出されていた。
呼び出された理由は我が国とアドラ帝国との戦争の件でだ。
状況は、ほとんど態勢が決し、あとはアドラ帝国からの白旗を待つだけになっていた。
「いえ、まだ私が戦う必要があります」
とはいえ、あの帝国は白旗を上げることなどないだろう。上げるくらいなら全滅を選ぶと私は思っていた。だから、最後まで私が指揮を執り、先陣を切って前に出なければならない。
「あとは私たち王族の役目よ。必ず相手と和平を結んでみせるわ」
「何を甘いことを……」
姫様……。フィートの言うことも分かる。この戦い、こちらが失うものが多すぎる。勝っても相手をすべて殺さなければ、いずれ世代を超え復讐にやってくる。あいつらはそういう連中だ。それに和平にしても、結ぶ状況までこぎつけるのに、この後も泥沼の戦争を繰り広げなければならないであろう。そもそもその状況までこぎつけるまでに戦争が終わってしまうだろう。
私が相手の主戦力をほぼ殺した。そして残っているので面倒なのはあと一人だ。
「あなたの心が汚れてしまうわ」
フィートは、前世では第三王女であり、アリア教の神官でもあった。
だから人の心の汚れが見えるという不思議な能力があった。
ただそれは、今世はもちろん前世でも信じられているものではなかった。
「またそれですか……」
そういう私も姫のそれを信じてはいなかった。
いや、信じていなかったと言っても、姫が嘘を言っているとは思ってはいなかった。
ただ、その汚れがどうしたと思っていた。
私は国のために身を汚すことに何もためらいがなかった。
心が汚れたからといって足を止める気はない。そもそもあるか分からない死後のことなど今は考える余裕がなかった。
「私はこれから会議に出ますので、これで失礼させてもらいます」
「そう」
私は姫の悲しそうな顔をあとに姫の私室を後にしようとした時だった。
「なら私が死ぬと言っても……?」
その言葉に私は足を止め、振り返る。
姫は自身の喉元にレイピアを突きつけていた。
「姫様。何を――」
「私は本気よ」
確かに姫の目に冗談や迷いのようなものは見えなかった。
「おやめください。あなたが死んでと何になると言うのです」
「ええ、そうね。この国からしたら何にもならないわ。ただ私はあなたが止まってくれるだけでいいの。そしたら来世を一緒に平凡に暮らしましょ」
「来世……」
この時の私は、来世など信じていなかった。ただ、その時の姫の言葉には何故か重みを感じた。しかしその時の私は――。
「来世などありはしません。バカな真似はおやめください」
「そう……。なら来世で会いましょ、ハインリヒ。それまでにこれ以上心を汚さないでね」
そう言って彼女は自身の首にレイピアを突き刺した。
私は急いで彼女のもとへ向かう。私の魔法を使えばいまならまだ間に合う。そう思っていた。だが――。
「無駄よ。あなたの心は汚れてしまっているわ」
「なぜだ……」
私が魔法を掛けても一向に姫の首の傷は治らない。
「さようなら、ハインリヒ。愛していたわ」
姫はそのまま息を引き取った。
◇◇◇
あの時、止まっていればフィートは死ななくて済んだのかもしれない。
いや、殺されていただろう。
あのあと、私は王に尋問を受けた。
私は包み隠さず話した。
王は私を無罪にし、フィートはアドラ帝国に操られて可笑しな行動をとったと言うことになった。
もともと、王はフィートのことを良く思っていなかった。私と一緒で、和平には反対だった。ただ理由が違った。このまま完膚なきまでにアドラ帝国を倒せば、領土が広がる。
そして、民の暮らしも良くなる。
私が汚れ、後少し兵隊が死ぬだけで民の暮らしは良くなる。だから和平を進めようとしていたフィートを邪魔に思っていた。どこかでフィートは事故に見せかけられ殺されていただろう。
王にとって今回の自死は都合が良かった。フィートの国民人気を利用して、アドラ帝国を許すなと言った雰囲気を作り上げることに成功した。
私は逆に止まれなくなってしまった。




