マーリンの役目
この森は、門が出るまでは魔族が出たとかいう報告は上がっていなかったらしく、村人は猪やウサギを狩っていたりしていた。そのため森の中間地点ぐらいまでは道がある程度整備されたかのように踏み固められている。その中間地点から左に進むと泉がありそこで小休憩をする予定のようだ。その泉から北に行った所に門ができたらしい。
「森の歩き方とかは大丈夫?」
冒険者がクロックたちに話かけてくる。
「一応、薬草採集とかである程度は……」
クロックとシオンはお互いに顔を見合わせ、返事をする。まだ森に入ったばかりだからということもあるがこの前の薬草採集の時の森の方が鬱蒼としていたので、二人にとってはこっちの森は歩きやすい方だ。
「私もある程度はですね」
アリスも経験があるようだ。しかしそのわりにはきょろきょろしているし、足取りも重い。
「僕たちはあんまりないです」
新人組はあまりないようだ。アリスと一緒にきょろきょろしている。
もう一人の新人はもう一つの冒険者宿の所属なので騎士隊長の近くの最前線で勉強さしてもらえるようだ。クロックたちは最後列になっていた。さっきほどの気の弱そうな騎士隊員も後列に配置されていた。
「まぁ、騎士隊があれだけ重装備で歩いてたら意味ないけどね」
凄腕のレンジャーなどが一人で森の中に入るときは自然に溶け込む。そのために、人間独特の匂いを消すために酒などを一週間前から抜いたり、金属音などがしない装備をしていたりする。それなのに騎士隊員は昨日お酒を飲んでいたものが多かったうえに装備も重装備だ。
「人数も多いから初めから森に溶け込むのは無理と思って重装備なんじゃ?」
初めから野生の動物が襲ってくるのを覚悟で防御を固めているのかな? とクロックは思った。だけど森の中をあれで歩くのはすごく疲れるだろうなとも思った。
「……そうかもね」
少し不服そうにマーリンはしている。その目はこんなことも見抜けないのかといった具合だった。
「異界のゲートが現れたのはここから2時間くらい歩いたところだよ」
マーリンがあくびをしながら眠そうに言う。
「妙に詳しいですね?」
クロックはいくら騎士隊がいるからといってもこの冒険者はのんきすぎるなと思いながら質問する。
「まぁ……。君、気づいてたんだろ? 今回の依頼が冒険者を育てるためって?」
「やっぱりそうでしたか」
「五日前からずっと今日まで日に一回確認に行ってたからね。騎士隊長より正確に道も覚えてるよ」
騎士隊長よりと言ったところからはクロックの側によって小声で冒険者は言った。
「それなら、前列で隊長の補助をした方がいいのでは?」
クロックもそれにつられて小声で喋る。
「さっき冒険者を育てるって言ったけど、今回の依頼、騎士隊も育てる名目があるんだ」
その言葉を聞いてクロックは驚いた。とりあえずアーチスに全部任せているらしい。
「そういう事情って一介の冒険者に伝わりますかねぇ」
他人にあまり興味が無かったクロックでも自身の宿の有名冒険者の顔くらいは覚えている。だがこの男のことをクロックはほとんど知らなかった。
「言いたいことは分かるよ。人手がたりないのかなぁー。こんなことなら仮病使ってないで仲間が受けた海辺の護衛の任務について行けばよかったよ」
マーリンはそう言うと落ちているこぶし大の石を拾いそのまま歩きながら横の茂みのほうへアンダースローで投げた。
「何して……。ああ、すごいですね」
50mくらい先の所で猪だったと思われる動物が頭をつぶされて死んでいた。
「驚かないんだね」
マーリンは舌を少し出して残念そうな顔でクロックを見る。
「先輩冒険者ならそれくらいできてもらわないと。僕もいることはわかってましたし……」
クロック自身も何かいること自体は気が付いていた。周りの足跡から猪だとアタリはつけていた。マーリンが石を投げたことに驚いたのもわざわざ動物を煽ることをしなくてもと思ったからだ。だが魔法の気配を感じさせずにあの威力は内心すごいと思ったが、少し癪に障るので減らず口を叩いておくことにした。
「けど何も殺すことはなかったんじゃ?」
「ああ、まだそこまでは感知できてたわけじゃないんだね。内部に魔素がたまりすぎてたから、もうあれはダメだよ。じきに人を襲うようになる」
その言葉と同時にクロックは背中に悪寒を感じ身がブルっと震えた。先ほどの死体の方を振り向くとマーリンが言ったように魔素が死体から噴き出していた。
「本当ですね」
クロックは敗北を認め、それをわざと顔に出す。
「なにもそんな顔しなくてもいいよ。ボクは君より先輩だし」
さきのクロックの言葉がひっかかったのかマーリンは露骨に顔をニヤニヤさせている。
「そっちもそんなに顔に出さなくてもいいじゃないですか。投擲の威力と察知能力すごいですね」
すごくというよりかなり悔しそうにクロックは喋る。
「性分だからごめんね。それより騎士隊のほうを見てみな」
マーリンは急にまじめな顔になって首を騎士隊の方へ振る。
「今回の依頼と関係ない話とかが聞こえてくるんですが……」
クロックは先程の魔素が流れているのを騎士隊が気づいていないのかと思い困惑している。
「魔素に気付いていないどころか、猪がいたことすら気づいていないと思うよ」
クロックの心を読んだのかという位のタイミングで、真顔でマーリンが言う。
「そんなわけ……。何も言えませんね」
実際、かなり浮ついており、本当に騎士隊なのかと言いたいくらい不適当な行動をしている。
「まぁ。そういうことだよ」
マーリンの顔が真顔からやれやれといった表情になった。
「そういわれると、何で森の中でこんなに重武装なのかとか突っ込みどころがたくさん出てきますよ」
クロックは意味があっての武装だと思っていたが、違ったようだ。
「めんどくさい任務だと思ってたけど、思いのほか収穫があって良かったよ」
マーリンは小声でつぶやく。それと同時に前の方に居たアリスたちがクロックたちに駆け寄ってくる。
「あのー。なにかありましたか? 魔素の気配が……」
アリスが不安そうにマーリンに尋ねる。シオンは見当がついているのか茂みの奥のほうをアリスの後ろから伺っている。
「そっちの子は気づいてるみたいだけど、あそこで猪が死んでるだけだよ」
そう言ってマーリンは振り向かずに親指で後ろをさす。
「死んでるだけって、あきらかに急に魔素の気配が増えたんですが……」
「あなたたちが話し込んでたから何か知ってるかと思ったのだけれど?」
二人ともクロックたちが何か知っているとアタリをつけて来ていた。
「ボクたちはボクのパーティーの女の子の、水着の話をしてただけだから」
その言葉を聞いてアリスの顔が少し引きつった。
「こんな時にですか?」
アリスのこんな顔を見たことがない。クロックは瞬間的に首を横にぶんぶんと振っていた。
「そんなに首振らなくてもいいじゃないか。カマトトぶっても後々自分が苦労するだけだぞ」
そう言いながらマーリンはまた手ごろな石を拾って茂みの方へ投げる。
「今度もわかりましたよ」
クロックは自慢げな顔をしてマーリンに言う。
「まぁ、君らなら心配ないだろうけどパーティー組むならバランス考えたほうが良いよ。ボクみたいに役割考えずに女の子ばっかりとかにならないようにね」
クロックを無視しながらマーリンは違う話をし始める。
「……きちんと護衛はしているみたいなので任せますわ」
シオンはアリスの袖を引っ張って元の位置に戻るように促す。
「クロックさん。あまりそう言う話は人前でしないでくださいね」
アリスは一礼してからシオンと一緒に戻って行った。
「それで話戻しますけど」
「水着の話?」
クロックは冷ややかな目でその言葉を躱す。
「君、けっこう顔に出すタイプなんだね」
「この都市の騎士隊ってそこそこの評判だったと思うんですけど?」
「それは、別の部隊だね。君の見張り役の神官が所属している部隊だよ」
マーリンは50mほど後ろの茂みを指差す。
「そのこと知ってたんですか?」
クロックは茂みのほうを見ると、遠くて確かには分からないが、驚いている神官と目があったような気がした。
「ちょっとしたツテで聞いてね。新聞に載っている程度のあらましと君が容疑者に上がってるってのはこの村にいても伝わって来たんだ。で、君が挨拶に来た時に後ろであの子がいるのに気づいたんだ」
クロックは顔に出さなかったが、マーリンの認識を改めようと思った。
「話戻すけど、この隊、隊長初め前の方の列は貴族のボンボンの集まりだよ。それに後ろの方はとりあえずの人数合わせの、戦闘経験のない貴族の下働きの人たちだよ」
「だからですか」
「今回、なんで重装備なのかボクも聞いたよ。そしたら、見栄えって返事が返って来たよ」
確かに貴族は自身の力を見せるために見栄えを気にする。クロックもそれ自体が悪いとは思わない。しかし、今回は別だ。だから自分があるて程度しっかりしなくてはと思った時、ふと感じた。
「魔素の濃度が高いところが三、四か所ありませんか?」
クロックは自身の周りで濃度が高い場所を指差しながらマーリンに聞く。
「精度が高いね。――冒険者所属の子はこっちに集合して」
マーリンは冒険者たちを集めだした。
「どうしたんですか?」
同じ宿の子たちがなんだろうと駆け寄ってきた。
「クロック、魔素の濃度が……」
シオンとアリスは気づいているようだ。
「もう一人は?」
マーリンは、少し焦ったのか大きな声を出す。
「前のほうにいたと思いますけど?」
新人の子はマーリンが焦っているのに気付いたのかおどおどしながら前を指差す。
そこには隊長と談笑している違う宿の冒険者がいた。
「ダメか」
マーリンが小声でつぶやいたと同時だった。
ドドドと大きな地鳴りと共に猪やシカが魔素の濃度が高いところから一斉にこちらの隊列に向かって走り出してきた。
「なんで、こんなところに門があるんだー」
騎士隊長の大声が森に響き渡る。




