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アーランディアの魔導付与師  作者: 鋼矢
仮面の紳士と謝肉祭の話
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67 肉を食べよう2

 アーランディア中央に位置する王城。

 行政の中枢であると同時に、この国で最も尊い血筋を受け継ぐ者たちが起居する場所。

 有事の際には民衆の避難先になることも想定されており、頑強な防衛壁が目を引くも、決して城としてと優美さは失っていない。

 その内では今日も忙しく文官たちが働き、衛兵たちが警備に目を光らせている。


 そんな城の中で特に厳重な警備を敷かれる場所がある。

 それはこの国の頂点に座する者が政務をこなす執務室。

 部屋の持つ役割からすれば苛烈なまでの警備体制は当然のものであるが――実のところ、この警備が外からの襲撃ではなく中からの脱走に主眼を置いたものであることは公然の秘密である。




「――ふむ、どうやら民たちは喜んでくれているようだな」


 見た目の豪華さよりも実用性を重視。

 それでいて王族としての威厳を損なわいよう配慮された内装。

 主の人となりが窺えるような執務室。

 その窓際に佇み、満足げに頷く壮年の男性。

 鷹のごとき鋭い眼差しが見据えるのは、この国の未来か、はたまた民の笑顔か。


「ベアトリスの弟子も良い仕事をしてくれたし、久々に充実した一時であったなぁ」


 思わずこぼれる含み笑い。

 それほど彼にとって先日の一件は心躍る時間だったのだ。


 もちろん政務を疎かにするつもりはない。

 しかし、しかしだ。

 ずっと城に籠りきりの上に、立場に応じた仮面を被り続けるのは肩がこる。

 偶には思い切り羽目を外したいと思う時もあるのだ。


 だからこそ、久々に存分に身体を動かせて心から満足していた。

 まだ年若く、色々と自由がきいていた頃を思い出しハッチャケてしまったとしても誰が責められようか。

 自分の個人的な趣味と合わせても素晴らしい試みだったと言えよう。

 是非とも、もう一度チャレンジしたいところだ。


 ――そんな彼の心持ちは巻き込まれた側からたまったものではなかったのだが。

 よって彼に然るべき沙汰が下されることも当然の事だったのである。


「――あなた、少々お時間をもらってもよろしいでしょうか?」


 背後からかけられた涼やかな声に振り向けば、そこにいたのは一人の妙齢の美女。

 青みがかったプラチナブランドに、子供がいるとは思えない若々しく透けるような白い肌。

 身を包む(よそお)いには装飾が少なく、身分に反して若干地味な印象を与えるが、それが逆に彼女の人形のように整った美しさを際立たせていた。


「ルフィーナか、どうかしたのかね?」


 唐突に執務室に顔を見せた女性に、彼は鷹揚に頷いて応えた。

 もとよりこの部屋を訪ねてくる人間など限られている。

 そして彼女は彼にとって最も近く長年連れ添った相手()である。

 この対応は当然と言えた。


 ――しかし後日、彼は初手の対応を間違えたと深く述懐することとなる。


「《迷宮》でこの時期に行われる"謝肉祭"のことは覚えていますか?」


「おお、勿論だとも。若い頃は私たちもよく参加したな、今となっては懐かしいものだ」


「……ええ、それで先日その"謝肉祭"にて義賊を名乗る人物が現れて、〈十年土竜グレイモール〉を根こそぎ掻っ攫っていったそうです。今朝方から配達人が忙しくしているのはその為かと」


「ほほう、つまりあの美味なる肉を一般市民にも行き渡らせているのか。義賊の名に恥じぬ行いだな」


 臆面もなく言い切ってすっとぼける。

 大丈夫、あの魔導具の効果は完璧だ。


「そうですね、どうやら探索者ギルドに買い取りの手続きは行ったようですし、買い取ったものをどう扱おうとも個人の自由ですが……」


 スゥっと視線が鋭くなる。


「ちょうど同時期に随分お金を使い込んだようですが、何を購入したのですか?」


「むっ? いやなに、大したものではない。ちょとした趣味の産物だ」


「そうですか、まあ昔日に自力で稼いで溜め込んだまま使い道のなかったポケットマネーですからね。おかしな使い方をしなければソレ(・ ・)は問題ないでしょう」


 妻の言葉に内心でホッと息をつく。

 昔から財布のひもは彼女に握られっぱなしなのだ。

 しかし、次の言葉で背筋が凍りついた。


「ところで、件の義賊ですが。なんでも黒い剣を持ち、卓越した剣術と魔術で"謝肉祭"に参加した探索者たちを蹴散らしたとか」


 ルフィーナの視線は、壁に立て掛けられた夫愛用の漆黒の長剣へと向かう。


「そういえば、同日あなたの姿を見かけませんでしたね。どちらにお出かけになっていたのですか?」


 じわじわと。


「ああ、それにカタリナも休暇を申請していたようで……偶然でしょうか?」


 真綿で首を締められる感覚を彼は味わっていた。


 『真名隠しの蝶仮面シークレット・パピヨン』の効果は完璧、これは間違っていない。

 仮にルフィーナが直接"漆黒の魔剣士"を前にしたとしても、その正体を正しく認識することは出来ないだろう。

 しかし個別の案件を一つ一つ繋げて類推していけば話は別だ。

 当人と相対していないことも幸いし、自然と下手人の正体を連想することが出来たのだ。


「せ――」


「せ?」


「戦術的てった――ぬがッ!?」


 状況の不利を悟った彼は、窓から飛び出し危地からの脱出を試みようとした。

 何の解決にもなっていないのだが、長年の経験からくる条件反射である。

 しかし、それは愛する妻にとって予想済みの行動に過ぎなかった。

 よってあらかじめ施された対策によって、逃走は無様に失敗することとなった。


「な、なにが……く、鎖だとぅッ!?」


 予期せぬタイミングで足を取られ、顔面から床に倒れ伏して赤くなった鼻をさすりながら顔を上げる。

 その視線の向かう先は己の両足だ。

 見れば、いつの間にか見覚えのない桃色の鎖が絡まって彼を拘束していた。

 その鎖を握るのは、言うまでもなく妻であるルフィーナだ。


「くッ……! なんのこれしき……なにぃッ!?」


 若い自分に《迷宮》より入手した希少鉱石を用い、名工と名高い偏屈な〈岩鉱人(ドワーフ)〉に頼み込んで打ってもらった愛剣。

 幾度となく窮地を共に乗り越えてきた、自らが最も信頼する武器。

 その一閃でもって己を拘束する鎖を斬りさこうとするも、呆気なく弾かれてしまう。


 ――おかしい、これは単純な硬度の問題ではない。

 もっと違う、概念的なナニカによって防がれたのだ。


「この鎖は魔導具の一種で……銘は『愛の縛鎖(ラブリック・ジェイル)』だとベアトリスが言っていました。彼女のお弟子さんが創られたそうで、愛し合う者同士が互いを拘束すると、その両者の愛情の多寡によって硬度が変わるのだとか」


 ――あの若作り婆めッ!


 昔馴染みである〈闇森人(ダークエルフ)〉のニヤニヤ笑いが脳裏をよぎる。

 今回、仕事を依頼する際に紹介を頼んだのだが、きっとその時からこの状況を予測していたに違いない。

 にもかかわらず積極的に関与しようとしなかったのは、きっとそのほうが面白いと思ったからだろう。


「あなたの変わらぬ愛の実感出来て嬉しく思います」


「は……ははっ。わ、私もだよ」


 ほんの一瞬だけ垣間見えた花のような微笑み。

 普段表情を変えないルフィーナのソレは致命的なまでの破壊力を誇る。

 まだ若かった頃の自分もそれにやられて惚れ込み、必死になって口説き落としたものだった。


 はじめのうちは随分とつれなくされたものだ。

 恋愛は惚れてしまったほうが負けだというが、自分たちの関係は正にそれで、自分でもどうかと思うほど何度も諦めることなくアタックし続けた。

 パーティーを組むようになってからもそれは続き、他のメンバーには揶揄われた挙句に酒の肴にされた。

 あいつら性格が悪すぎだ。

 しかし、それも今となっては懐かしい思い出である。


 ――なんとなく走馬灯のような気がしないでもない。


「……でも、それはそれですよね」


 ポツリとこぼした妻から凍えるような冷気が流れてくる。

 これは断じて気のせいではない。

 ルフィーナから溢れる魔力によって物理的に気温が下がっているのだ。


(い、いかん……ッ!)


 彼は思い出す。

 人形のように整った容貌とは裏腹に、苛烈なまでの攻撃性によって同業者にも恐れられていた妻の在りし日の姿を。

 むしろそれが良いと言う信者(ファン)も多くおり、ある意味自分もそうであったのだが、今この状況は非常にまずい。


「待て! まてまて待ってくれ! その義賊とやらはきちんと買い取り手続きを行ったのだろう? ならばなんの問題はないはずだ!」


 この期に及んで自分だと言わない辺り、少しばかり往生際が悪い。

 しかし彼も必死なのである。


「ええ、その通りです。ですが『探索者同士で争うのは禁止』というルールを破ったのですから、ペナルティは必要でしょう?」


 探索者ギルドは国営組織である。

 なので、然るべき立場の人間であれば多少の無茶は通ってしまうのだ。

 しかし、そうしたことが常態化するのは好ましくないので、仕置きできる人間がきちんと行う必要がある。

 ――そう、ルフィーナは考えていた。


バレッツ(ギルドマスター)のほうにはカタリナにお願いしてお詫びすることにしましたし、あとは私の仕事でしょう」


 そう言って、用意してきた薬瓶を並べる。


「苦かったり、しみたり、幻覚を見たりするかもしれませんが、とても効果の高い回復薬(ポーション)も用意しましたし。……安心してくださいね?」


 全く安心できない。

 むしろ不安しか感じない。


「ぬぉおおおおおおおおおっ!?」


 この国で最も尊い血筋を受け継ぐ者が政務を行う執務室。

 その場所にアーランディア国王――ヘルムート・フォルドゥス・アーランディアの悲鳴が響いた。

 王族の警護を役目とする近衛兵としては無視できぬ事態だが、夫婦の営みに口を出すのは野暮というものだ。






 つまるところ――今日もアーランディアは平和である。

愛の縛鎖(ラブリック・ジェイル)

 拘束する両者の愛情の多寡によって硬度が変わる鎖。

 互いを思いやる愛が深ければ神域の硬度へと至り、逆に皆無であれば紙のように脆くなる。

 パートナーの浮気を疑っているのならば使えるかも?

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