表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アーランディアの魔導付与師  作者: 鋼矢
魔導付与師と全身甲冑の話
23/68

23 従業員を雇おう

 アーランディアのとある路地裏に店を構える金貸し――ゴツク・バール。

 彼は路地裏に構えた店の中で気色の悪い笑みを浮かべていた。


「エッヘッヘ。この国の馬鹿ども相手だと商売がやりやすくて助かるぜ。まっ、こいつのおかげでもあるがな」


 元々ゴツクはアーランディアの住人ではなく、隣国からの移住者であった。故郷で少しばかり厄介な連中に目を付けられてしまい、この国に逃げてきたのだ。

 肥えた腹をさすりながらニヤニヤと笑みを浮かべ、蒼色の水晶を太い指で弄ぶ。

 ゴツクが手にする置物にしか見えない蒼水晶、その正体は嘘を見抜く効果を持つ魔導具である。

 『虚偽看破』の効果が付与されたこの魔導具は、周囲の嘘に反応することで鮮やかな紅色に染まるのだ。

 

「こいつを手に入れるのには苦労したもんだが、そのかいは十分あったってもんだ」


 『真偽の蒼紅水晶』の所持に関しては厳しく規制が設けられており、本来は司法関係者しか持つことを許されない品である。

 しかしゴツクは金とコネを使い裏ルートでの入手に成功していた。

 彼はこの魔導具を用いて、金を貸す相手に返す気があるかどうか、余計な真似をしないかどうかといった心情を見極め、手堅い荒稼ぎを行っていたのだ。

 つい先日クレームをつけてきた生意気な小僧も、魔導具を見る限り嘘はついていなかったからこそ放置したのだ。

 どうせ鎧のほうの借金は、壊れた安物の壺とチンピラ役(キャスト)の手間賃くらいなものなので、十分に元は取れていたという理由もある。


「これからも稼がせてくれよ。俺の魔導具ちゃん」


 ニマニマと気持ちの悪い猫なで声で水晶に語り掛ける太った中年男。実に醜悪な絵面である。

 これから先も馬鹿な連中を使い倒し金を稼ぐ――ゴツクはそんな未来を全く疑っていなかった。

 そんな彼の思い描く未来への展望は――

 

「御用改めである! 違法金貸しゴツク・バール! 王の御名において成敗いたす!」


「なにぃいいいいいっ!?」


 バンッ! と勢いよく扉を蹴破り飛び込んできた兵士たち。

 その代表者の奇妙な口上によってあっさりと霧散したのだった。



 ◇ ◇ ◇



「――ということがあったらしいわよ」


「むごっ!? んんーっ! んぐんぐんぐっ!! の、喉に詰まっ――ゴホッ……ケホッ……!」


 探索者ギルドは今日も喧噪で賑やかだ。

 ちょうど時刻は昼過ぎ。

 昼食を食べながらミリィと話していると、彼女の口からそんな話題が振られてきた。

 隣で勢いよく皿を空にしていく作業に没頭していたイツキが、その話を耳にした途端に顔色を変える。

 乙女の嗜みとして中身を噴き出すことは(こら)えたようだが、慌てて喉に詰まらせてしまったようだ。

 水差しからコップに一杯注ぎ差し出すと、必死な様子で飲み干した。


「はぁ……はぁ……た、助かった。手間をかけさせてすまない、エルト。……それでミリィ、その金貸しの名前だが――ゴツク・バールというのは確かな話なのか?」


「ええ、確かそうだったはずよ。……って、ひょっとしてあんたが借金していたのって……」


「ああ、そのゴツク・バールなのだが……この場合、私の借金はどうなるのだろう?」


「そうね……聞いた話だとゴツクに借りていた債務者は、全員が借金帳消しらしいわよ。良かったじゃない」


「……むぅ。それは……本当にいいのだろうか?」


 せっかく借金が消えたのにどことなく困った様子を見せるイツキ。

 根が真面目な性格なので、どうも素直には受け入れにくいらしい。


「お上が決めたことなんだからイツキが気にする必要はないだろ。犯罪者が捕まったんだから喜ぶべきことだと思っとけよ」


「……そうだな。少し納得はいかないが、犯罪の被害が減るのは良いことだな」


 イツキが自分に言い聞かせるように言葉を飲み込む。

 それでいい、大人しく納得しとけ。でないと俺が困るから。


「んー、どうにも反応薄いわね……あんたひょっとして何か知ってるの?」


「いやいや、俺はなーんにも知らないよ」


 うん、全く知らないな。

 金貸しの店を後にした足で向かった先で、うっかりマッチポンプ詐欺とか金貸しのことについて口を滑らしたりはしていない。

 その場所にお役所の人間がいて、そいつが時間をかけて証拠集めして踏み込んだとかそんなことはない。

 ゴツクが持っていた『真偽の蒼紅水晶』に気がついていて、その場での言動に気をつけていたなどという事実はない。ないったらない。


「……まぁ、いいけどね。イツキもこれからは無理せずに探索業に専念できるんじゃないの」


「うむ、その通りだな。よし、『キリキリ丸』も修復できたことだし、次は『ダイナゴン』の効果付与を目指すとしよう。そのためにも確り働いて金を稼がねばな」


 俺の顔を見てミリィは何かを察したようだが、どうやら流してくれるらしい。

 イツキはといえば、気合を入れなおすように修復した『キリキリ丸』に手を添える。

 ……うん、この様子なら俺も話を切り出しやすいというものだ。


「――では頑張るイツキに俺から贈り物がある」


「贈り物? いきなりどうしたというのだ?」


 おもむろに懐から取り出した一枚の書類をイツキの前に差し出す。

 イツキは目をパチクリさせ戸惑った様子を見せた。


「ええっと、なになに……読めない。すまないがミリィ、読んでくれないか?」


「どれどれ……」


 まだアーランディアの文字には不慣れなのか、眉根を寄せたイツキはミリィに書類を渡した。

 紙上に一通り目を通したミリィは暗赤色の瞳に呆れた感情を浮かべ、文字を言葉にし始める。


「探索者イツキ・カンナギに以下を請求する――1.食事代及び宿泊費」


「……へ?」


 食料も空から降ってくるわけじゃないからな。

 特にイツキはよく食べるし。


「――2.甲冑の貸し出し代及び修理費用」


「……え?」


 別にあれはイツキにあげたわけじゃないからな。

 あれも立派な魔導具だし、〈白毛猿〉にボコボコにされて修復費用は当然かかる。


「――3.『キリキリ丸』修繕費。以上、魔導付与師(マギス)エルト・フォーン」


「……」


 効果を付与するための触媒は自力で手に入れたから無料で構わない。

 でも労働費は別だ。仮にも魔導付与師(マギス)無料(ただ)働きさせられると思ってはいけない。

 沈黙したイツキがギギィっと錆びた扉のような動きで顔を向けてきた。

 すでに透き通った黒瞳が若干潤み始めている。


「……わ、私は今借金がなくなったばかりなんだが?」


「ああ、だから遠慮なく請求できるよ」


 そんなイツキにあえて透明な笑顔で告げてみる。


「私には返すようなお金はないぞ……?」


「じゃあ、働いて返してもらうしかないな」


 使い減りしない人材を逃すつもりはない。

 このために日頃から(かぶと)を外して人慣れしてもらってきたんだし。


「探索者くらいしか稼ぐ当てがないんだが……」


「それに関しては大丈夫だ。うちの店で働いてくれればいいから」


 客を呼び寄せるために良いアイディアがあるんだけど、俺じゃあ無理なんだよな。

 だけどイツキなら適任だ。見た目『だけ』は美少女だし。


「払うよな?」


「……」


「ちゃんと借金を返してくれるよな?」


「…………」


「特別に無利子・無担保・無期限だし?」


「……はい、頑張って返します」 


 イツキはがくりと肩を落として頷いた。

 うむ、少し悪いことをした気もするが――


従業員(労働力)GETだぜ!」


「もう言い訳しようもないほどに外道ねー」


 傍で見ていたミリィが呆れた溜め息をこぼす。

 聞こえない聞こえない。


 それにうちは職場環境としては優良だよ。

 だから俺は悪くない……たぶんな。

真偽の蒼紅水晶

 『虚偽看破』の効果が付与された魔導具。通常時は蒼く、嘘に反応し紅く染まる。

 ただし発言者自身が嘘と認識していなければ反応しない。

 アーランディアでは所持の際に届け出が必要。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ