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金剛時代  作者: 金椎響
第一章 戦うさだめ
3/20

力の剣

「いいな? 忠告はしたぞ」


 男は言うが早いか片手を高らかに掲げると、芝居がかった仕草で指を鳴らしてみせた。


「“幽冥(ゆうめい)のエレボス”、不可視モードを解除。システム、戦闘モード」

<了解。“幽冥のエレボス”、装甲投影擬態をキャンセル。システムを戦闘(コンバット)モードへ移行します。システム、活性化(アクティヴェート)……>


 人工的に生成された合成音声が呟くと、ごうと一陣の風が吹いて大きな影が被さる。吹きつける強風に髪を押さえながら、美空は顔を上げた。

 すると、そこにそびえ立っているのは全長二〇メートルを超える漆黒の巨神の姿。

 背中と肩から幾重にも伸びる翼、そして両肘から突き出した刀身が刺々しい印象を与える。

 闇夜のような機体に、美空はなんとも形容しがたい不安と恐怖を覚えた。

 黒を基調に紫を差し色にしたデザインは毒々しい。鋭い紫色の双眸(そうぼう)が唐突に輝きを発し、美空を無言で見下ろしていた。まさに、天から降りてきた神の化身だ。

 有無を言わさぬ強大な力の発露、それが巨躯を得て地に降り立ったよう。

 一見すると異形の巨像のようだが、よく見ると細部には英語で細かな注意書きが書かれている辺り、ひどく現代的な工業製品のようでもある。

 そのちぐはぐさはどこかおかしいのに、今はちっとも笑えない気分だった。


「……これって、もしかしてリインフォース・デヴァイス?」


 一年前、決着したはずなのに。

 美空は奥歯をぐっと噛み締めながら、目の前に佇む巨人と真っ向から対峙する。


「いいや、違う。こいつはFHD――人型規格端末《フォーミュラ・ヒューマンタイプ・デヴァイス》。エリジウム鋼を用いた、人型次世代戦闘兵器だ。必ずしも戦闘に最適化されていなかった変形型デヴァイスでは到底対抗できない、来たるべき脅威に備えて老原翁が作らせていた“隠し玉”だ」


 リインフォース・デヴァイスが皆、複雑な変形機構を備えていたのは純粋な軍事兵器と化すのを、老原が何よりも恐れていたからだ。

 それなのに、こんなものがこの世に存在するなんて。美空はただただ絶句し、立ちつくしてしまう。

 胸に去来するのは大きすぎて抱えきれない無力感と、そして絶望。

 黒い翼を持つ漆黒の機体が男のもとに舞い降りる。


「ちょ、ちょっとっ!! 何する気!?」

「やるべきことはひとつだけだ」


 男は懐からコントロールギア・リングを取り出すと、流れるような手つきで腕に嵌め込む。


「脅威となるものを排除しに行く」


 輪が紫に発光すると“幽冥のエレボス”は主を認識したのか、巨大すぎてなんだか冗談みたいな右腕を男に向かって差し出した。


「……まさか。あなた、使用者(シンカー)なの?」

「そのまさかだ」


“幽冥のエレボス”の背部装甲がめくれあがる。

 人ひとりがやっと入ることができる小さな操縦席(コックピット)に、男は器用に巨人の腕を伝って這い上がるとそのわずかな空間に滑り込んだ。

 跳ね上がっていた背部装甲が閉まると、もう男の姿は見えない。

 不意に、嫌な予感がした。

 今、ここで一歩前に踏み出さねばきっと後で後悔するような、そんな気がした。


 行動しなくちゃな。


 亡き美晴の言葉が脳裏に蘇る。

 不思議な胸騒ぎに押し切られる形で、美空は今し方男がやってみせたように巨兵の腕にしがみつく。

 体力には自信がある美空だが、腕力――それも片手だけで自重を支えながら上へあがるのは至難の業だ。それに、この高さから万一落下すれば到底無傷では済まないだろう。それでも美空は弱る心を叱咤する。

 なけなしの勇気を振り絞り、歯を食いしばって這い上がっていく。


<今すぐそこから離れろ、美空>機体表面が微細に振動してあたかも指向性のスピーカーの役割を果たす。

「嫌だよ、そんなの」

<その体勢で機体から振り落とされれば、脊椎(せきつい)を損傷しかねない。軽率な行動は慎め、美晴(みはる)が悲しむ>

「……でもっ!?」


 そのとき、機体が急に跳躍する。

 背部と脚部に搭載されたロケット推力ではなく、脚力だけでの飛翔だった。

 だが、それでも美空を襲う衝撃は半端なものではない。

 振り落とされないように、美空は両手を“幽冥のエレボス”の腕に回して無我夢中で機体にしがみつく。

 先ほどまで機体があった場所に、鈍色(にびいろ)の巨体が凄まじい速さで突っ込んでくる。

 一体どこに潜んでいたのか、先ほどふたりを襲ったエリジニアンよりも図体が大きい敵が牙を剥く。

 FHDと遜色がないくらいのサイズだ。

 あまりの重量に、ばきばきという嫌な音を立ててエリジニアンの四肢がアスファルトに沈み込む。

 裂けた口から怪しい光が迸っていた。

“幽冥のエレボス”はエリジニアンに向かって左腕を差し出す。腕の下にマウントされた高エネルギーレーザー砲《HELG》が眩い光を放つ。

 その光は正確にエリジニアンを捉えていた。宝石のような紫色の輝きは美しかったけれど、それは無慈悲な破壊をもたらす禁断の光だった。

 ガラスが割れるような高い音が響き渡る。

 エリジニアンが気色悪い叫び声を上げた。巨体が後方へ仰け反り、大きな咆哮(ほうこう)を上げて敵意を露わにする。

 だが、傍から見ている限り、致命傷には至っていないようだった。

 エリジニアンは一瞬だけ怯んだような動作をするも、すぐに逡巡を払いのけると“幽冥のエレボス”目がけて突進してくる。


「装甲切断ブレード、展開」

武器選択(ウェポンセレクト)、対装甲切断ロングブレードが選択されました。両肘のブレードを展開します。(ツー)(ワン)(マーク)……>


 空気を切り裂く音がして、肘から伸びていた長い刀身が一八〇度倒れる。

“幽冥のエレボス”は自身の腕から伸びた刃を向かってくるエリジニアンの体に向かって、巧妙に切りつけた。


「この雑魚(ざこ)どもめ」


 その切っ先は大した抵抗もなくエリジニアンの体に滑り込むと、易々と敵の腕を切り飛ばす。

 エリジニアンが悲痛な叫びを上げるのも構わず、“幽冥のエレボス”は素早い刀捌きで斬撃を繰り返して敵を切り刻んでいく。

 返す刀でエリジニアンの首を胴体から切り捨てた。

 がしゃんという音がして、亡骸(なきがら)が木端微塵になって周囲に降り注ぐ。

 電光石火の早業だった。

 美空には目の前で一体何が起きていたのか、率直に言ってよくわからない。


<さて、と。美空、わたしがこれから向かう場所は戦場だ。コントロールギア・リングを持たない生身のお嬢さんが行って何かできるような、そんな優しいところじゃないぞ>

「……わかってる。そんなことは、わかってるよ。でも」


 美空は“幽冥のエレボス”の頭部を見据えながら言う。


「全ては一年前に、もう決めちゃったことだから! わたしがこの街を、みんなを……守るって!」


 美空は拳を握り締めながら、力の限り声を張り上げた。

 はたして、外部スピーカーからは男の溜息が零れる。


<美空、きみのその純粋な心意気は買おう>


 男の言葉遣いに、美空の表情が曇る。


<だがな、気持ちだけでどうにかなる話じゃない。それがわからないきみじゃないだろう? 大体、守るったって、今の無力なきみが一体この街をどう守るっていうんだ? 早く機体から離れて最寄りの避難場所へ行け>


 言うだけ言うと“幽冥のエレボス”はその場で膝をついて右腕を地面に向けて差し出す。

 だが、美空はしがみついたまま一向に離れようとはしない。

 体力の続く限り、いやたとえ精根尽きたとしても、“幽冥のエレボス”から離れまいと腕に渾身の力を込めていた。


「……嫌だっ!」

<美空。わたしには今、時間がない。一刻も早く瑞穂埠頭(ノースピア)へ向かって連中を止めなくては……>

「連中?」


 美空が眉根を寄せるのと、遠くのほうから爆発音が轟いたのはほとんど同時だった。


「……時間がない。急がねば」



 北緯三五度二八分、東経一三九度三九分。

 横浜港「瑞穂埠頭(ノースピア)」こと横浜ノース・ドックにある在日アメリカ陸軍と海軍の関連施設からは無数のどす黒い煙が立ちあがり、人々は混沌のただなかに叩き落されていた。

 灼熱地獄というものがあるとするならば、きっとこのような情景のことをいうのだろう。

 終戦時に連合国の駐留軍に接収されて以降、在日米軍のある種の聖域と化していた場所から屈強な米国軍人たちが今、情けと遠慮を知らない火の手から逃れようと駆け出していた。

 そこここで怒号と悲鳴が上がり、誰もが一目散にその場から離れようと試みている。

 脱兎のごとく駆け出す人々を尻目に、火の渦から立ち上がる銀色と橙色の巨像の姿があった。

 灼熱の炎をものともせず、まるで火の衣を纏うようだ。

 双眸(そうぼう)のかわりにあるX字のクロスラインセンサーはまるで西洋の全身甲冑(フルプレート)の騎士のよう。

 機体の随所には斜め十字(サルタイアー)の意匠がちりばめられ、現代兵器というよりもむしろ西洋美術の作品に見える。

 数々の武装と補助推進器が収納された背部武装格納プラットフォームを斜めに背負った姿は、まるで十字架を背負わされた聖人だ。

 背部装甲の下にあるコックピット・ブロックにいて事態の推移を見守るのは、美しい銀色の長髪に夕日のように燃える橙色の瞳の少女だ。色白の頬には憂いの色が差していて、凛々しさを湛えた横顔はどこか儚い。


<並の使用者(シンカー)では起動もままならないと言われたあの“十字のオラクラ”を始動実験なしのぶっつけ本番で乗るなんて。本当にさすがとしか言いようがない、桜香(おうか)


 桜香はディスプレイ越しに表示された黒髪黒目のショートヘアの少女に向かって微笑を浮かべた。


「わたしに適性があることはわかっていました。だから、どうということはありませんよ、創奈(つくな)。それよりも、いくらなんでもやりすぎです。関連施設への被害は最小限に抑えてとあれほど……」

<いやいや、これはわたしのせいじゃない。招かれざる客が“積み荷”を開けようとすると働く汚い仕掛けだ。バトルドレスを着用していなければ、今頃は火達磨になってたところだ>


 創奈は眼下に広がる阿鼻叫喚に少しも動じることなく、朗らかに笑う。

 超然としていて、その態度からは彼女がそれなりの場数を踏んでいることは容易に想像することができた。


「わたしたちは無慈悲なテロリストではありません。ここでできることをやったら、すぐに撤収しましょう。……“例のあれ”は?」

<事前情報の通りだ。ラニーミード級汎用揚陸艇から事前の作戦計画通り、無事回収した。他にも気になるお宝がたくさん収められてるようだが、生憎今の装備と残された時間じゃ到底、持って帰ることはかなわない。まったく、本当に残念だ>

「創奈、わたしの理念をどうかお忘れなきよう……」


 桜香の言葉を遮るようにしてコックピット・ブロックに警告音(アラート)が鳴り響く。


<桜香、一一時の方向から高速で接近する機体を確認。空自の戦闘機やFHのスクランブル発進じゃない、FHDだ>


 創奈は視線を桜香から一瞬だけ話すと、情報を読み上げる。


「それは妙な話ですね。ずいぶんと早い対応です。昨日のシャトルの積み荷奪取を妨害した、赤い戦闘機型と赤紫の狙撃型ですか?」


 桜香は細くて長い眉をきゅっと寄せて疑問を口にする。


<いいや、違う。機種特定、FHDW六六S……“幽冥のエレボス”>

「“幽冥のエレボス”、初めて聞く機体です」

<わたしもだ。一体どこの勢力だ? とにかく情報が足りない。ぜひとも手合わせを願いたいところだが、生憎“例のあれ”を活性化する前に傷付けてしまうリスクは避けたい>

「創奈は先にこの領域から離脱してください。時間はわたしが作ります」

<それは助かる申し出だ。しかし、“十字のオラクラ”はまだ桜香に最適化されていないはず。くれぐれも無理はするなよな>


 金次第の傭兵(マークス)なんでな、と付け加えるのを忘れない。

 創奈の小言に桜香は無言で頷くと、機体を飛翔させる。

 空力特性はお世辞にもよいとは言えず、ロケット推力で無理やり飛ばしているのだが、それでも機体重量と比べて余裕のある大出力推進器(スラスター)が“十字のオラクラ”を軽々と浮かせた。


「“十字のオラクラ”より“幽冥のエレボス”へ。名前と所属を名乗り出てください」

<……名を名乗れと? ずいぶんと猛々しい盗人(ぬすっと)じゃないか? おまえに名乗る名前などない>


 発言に反して落ち着いた声音だ。

 桜香は相手の挑発には乗らないようにしてゆっくりと口を開く。


「そうですか。ならば、こちらから名乗り上げましょうか。わたしの名前は桜香、老原(おいはら)桜香です。人のものを盗み、人を傷つけるのは亡き父と祖父の教えに反しますが、わたしには成さねばならぬ使命があります。そのためならば、盗人の(そし)りだって甘んじて受け入れましょう」

<……老原、だと>

「そうです、老原です。オリハルコン研究の第一人者であり、旧宇宙研究機関(AEO)を率いた末、動乱で命を落とした老原の孫であり、車爆弾で非業の死を遂げた老原清志の娘です」


“幽冥のエレボス”の使用者(シンカー)が一瞬だけ押し黙る。


<老原の忘れ形見(がたみ)がいまさらなんの用だ? こんなことをしでかして、一体何を成すというんだ?>

「説明は不要でしょう。わたしたちの行動は、時を置かずしてその全てが明らかになるはずです」

<……それは一体、どういうことだ?>

「今は何を説明するにも早過ぎます。ただ、わたしにはこの機体が必要なのです」

<必要性があれば盗みだって正当化されると言うのか? まったく、盗人猛々しいな。正しさの狂信者め>

「言いたいことはそれだけですか? わたしはここであなたとお話し合いで問題を解決するつもりはありませんよ」


 桜香は、操縦桿を握り締める。


「わたしは善人ぶるつもりはありません。自分がテロリストではないと強弁するつもりも毛頭ありません。悪党で結構。悪業背負って悪を断つ。それがわたしの正義です」


 桜香はふうと小さく溜息をついてから、引き金(トリガー)を引いた。



“十字のオラクラ”が背負った斜め十字の武器庫(ウェポンベイ)から、無数の円錐状の飛翔体が放出されると、凄まじい速さで“幽冥のエレボス”目がけて殺到する。

“幽冥のエレボス”の卓越した機体性能と男の操縦技術ならば、辛うじて回避できる攻撃だった。

 だが、右腕に無防備な美空がしがみついている今、驚異的なマニューバでかわすことはできない。

 必要最小限の所作での回避行動しか取ることができなかった。

 美空の目と鼻の先を、鋭く尖った楔形の飛翔体が掠めていく。がきんと鈍い音が響いて、直撃コースの飛翔体を装甲切断ブレードで打ち返す。

 ともにエリジウム鋼で成形された武器同士だ。一歩間違えば、一撃で機体を破壊しかねない。

 防戦一方になっていたところを、急に距離を詰めていた“十字のオラクラ”が飛びかかる。

 長い刃渡りの直刀状の装甲切断ブレードを巧みに操る二刀流で“幽冥のエレボス”を切り刻もうと襲い掛かった。

“幽冥のエレボス”は展開した左腕と右肘から伸びたままのブレードという中途半端な状態で攻撃を受け流す。

 もちろん、美空を振り落としてしまうような動きはできない。このままでは美空の体力が危うい。

 だが、ここで“十字のオラクラ”の逃亡を見逃すこともできない。

 彼女らの詳しい目的と使途は不明だが、事態が好転するとはとても思えない。むしろ、世界にとって取り返しのつかない結果になりかねない。

 ひとりの少女の命を捨ててでも、男には老原桜香を名乗る人物の野望を止めなくてはならない。


<お引きなさい。無防備な女の子の命を奪うほど、わたしの魂は穢れちゃいません>

「人様の機体を奪っておいてよく言う!」

<あなたとて、善悪の区別がつかないわけじゃないでしょう? それに、戦場に無力な少女を連れ出しておきながら、よくそんなことを真顔で堂々と言えますね>


 桜香に答えるかわりに、男は舌打ちをしてみせる。


<桜香、気が変わった。“幽冥のエレボス”は今ここで排除しよう>

<創奈、手出しは不要です。あなたは早くこの場を離れてください>

<いや、そうはいかない。本調子じゃない“十字のオラクラ”では荷が重すぎる。それに、本来の性能を発揮していない“幽冥のエレボス”を倒すのに、今は絶好の機会だ。この好機を逃すことなんて、絶対にできない>


 そう言って、黒煙を切り裂くようにして現れたのは、夕日を浴びて黄金に輝くFHDだ。

 漆黒と黄金の二色に彩られ、頭部に王冠状のブレードアンテナを備え付け、背部には金色の眩い光を放つ無数の長剣を連ねたマントを纏ったかのような、まさに威風堂々たる姿が美空たちの前に立ちはだかる。


<初めまして、名無しの権兵衛(ごんべえ)くん。わたしの名前は筑波創奈(つくばつくな)。そして、このわたしが操るのは王のなかの王、全てのFHDのなかで最高傑作と称される“黄金のグロリア”だ>


 創奈は口元を歪める。

 美少女ながら、そこに浮かんだのは凶暴な笑みだ。


<極めつけは、今し方奪い取った“力のザ・ソード・オブ・パワーだ”>

<創奈、おやめなさい。今この場で不用意に“力の剣”を活性化させようとすれば、いたずらに被害を拡大させるだけです>

<何をそんな甘っちょろいことを。アメリカに、そして世界に喧嘩を売るってことがどういうことか、桜香はどうやらよくわかっていないみたいだな。どちらにせよ“力の剣”の真贋をどこかでこの目で確実に見極めなくちゃならない。どうせなら、今ここでやってしまったほうがいいだろう?> 


“黄金のグロリア”は両手で保持していた長方形のキャリアーを高らかに頭上へと掲げた。ばごんとキャリアーの外装がパズルのように外れると、なかから全長二〇メートルのFHDにも匹敵する刃渡りの長剣が姿を現した。

 その刀身が眩い光を纏う。

 すると、“幽冥のエレボス”、“十字のオラクラ”、そして“黄金のグロリア”のみっつの機体が微細な振動に包まれる。


「なんだ、この振動は?」

<共鳴現象だよ。“力の剣”は対エリジウム鋼製兵器を打倒するために開発された近接格闘用の特殊兵装さ。ヘファイストスという、オリハルコンを加工するための特殊装置はご存知だろう? こいつはそれをFHD用の武器として作ったものなのさ>


 創奈は高らかに謳い上げるようにして言う。

 自らの力を無邪気に振るう喜びに打ち震えている子どものようにも見えるが、その大粒の瞳は炯々(けいけい)と輝き、真っ直ぐに“幽冥のエレボス”に向けられている。


<“力の剣”は機体との同調率が高い使用者(シンカー)でないと握ることすらままならない、かなり刺激的な代物だ。まして、それを自由自在に操りその力を十二分に引き出すなんて芸当はごく一握りの選ばれた者でなければ到底、不可能だ>


“力の剣”を握り締めた“黄金のグロリア”は、天に掲げた切っ先を眼下に広がる港湾施設に向けると、軽く振るう。

 刀身の内部に蓄えられていた膨大なエネルギーが瞬く間に解放され、力の渦が地表を舐め、埠頭を事実上の母港とし今は沿岸へ退避していた米海軍の海洋監視艦もろとも薙ぎ倒す。

 有無を言わさぬ、圧倒的な力の発露。

 先ほどまでの惨劇などまるで戯事(ざれごと)であると言わんばかりの徹底的な破壊だった。

 轟音が駆け抜けた後の、場違いな静寂の訪れに、美空も男も戸惑う。


「……あ、ああ」美空は力なくうなだれる。

<創奈、あなた……>


 たった一振りの斬撃で、横浜ノース・ドックに立ち並んだコンクリート製の構造物は瓦礫の山となり、火の海さえも一層されてしまった。

 鼻孔にこびりつく不快な臭いすら、どこかへ行ってしまったかのよう。


<凄いもんじゃないか。“力の剣”、やはり前評判に違わぬ桁違いの高性能だ。十分に活性化させ、その力を十二分に引き出せさえすれば、どんな相手だろうと敵ではない>

「……きさま、楽しんでいるのか?」男は眉を(ひそ)めながら言う。

<別に、楽しんじゃいないさ。所詮仕事だからな>

「狂っている」


 そこには、かつて死闘を演じた山都竜人のような無邪気な陶酔と思慮の浅さはない。

 創奈は恐らく、自分の犯した罪を頭で理解している。把握したうえで、強大すぎる力をどこか弄んでいるように美空には見えた。彼女に良心から訴えかけたところで、なんの意味もないだろう。

 一体、どんな手段を用いれば、彼女の蛮行を留めることができるのか。

 今の美空には具体的な解決策が思い浮かばず、絶望で目の前が真っ暗になりそうだった。


<そんな言葉でわたしが動じるとでも? 数多(あまた)の職があるなかで、よりにもよって戦いを生業(なりわい)にした時点であなただって大概なはずだ。それに、こんなものを陰でこそこそ作っておいて、わたしだけを悪者にしようったって……それはずいぶんと虫のいい話だ>

「……おまえは、ここで死ぬべきだ」

<面白い。やってごらん>


 創奈は言いながら、“力の剣”の切っ先を“幽冥のエレボス”へ向ける。

 そこには無防備な美空に対する配慮や手加減といったものは一切感じられない。

 その所作が何よりも雄弁に心境を語っていた。

 創奈はふたりを殺す。

 彼女の声の端々からそんな強い決意が色濃く滲んでいた。

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