表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金剛時代  作者: 金椎響
第三章 自己増殖機動要塞
16/20

モノリス・ゼロ

 空調用の大型排気ダクトのなかを進んでいた青霞(チンシア)は、手元の携帯端末(モブ)で現在位置を確認していた。

“モノリス・ゼロ”。

 それこそが、美空に事実上の“金剛のエスト”の保有を黙認してまで、ジョエルと青霞(チンシア)――そしてアメリカが得たい代物だ。

 ロシアの科学力をもってしても解析不能だったこの“モノリス・ゼロ”をこの動乱の最中に奪取すること。それが諜報軍(インテリジェンス)が極秘裏に立案した作戦名“ハンターレイ”だった。

“モノリス・ゼロ”は非常に強い磁性を持ち、周囲は磁気異常に陥る厄介な獲物だ。青霞(チンシア)は浴びせられる強力な磁気を軽減する特殊な合金で構成されたボディ・アーマーとヘルメットを着用する。

 狭いダクトのなかでの着替えはかなりの時間を要した。だが、まさかダクトの直下、“モノリス・ゼロ”の強磁性のなかで着るわけにもいかない。不慣れな青霞(チンシア)にとって、その時間は非常に長く感じた。

 すると、眼下の自動扉から離れた壁、その四方が爆破される。

 白い煙のなかから強化外骨格パワードエクソスケルトンに非常に酷似した戦闘服(BDU)で完全武装した女性が、室内へ入ってきた。

 背中に背負った刺々しい背嚢(はいのう)は一見するとこの世に舞い降りた堕天使のようだ。

 だが、超強力な磁気を熱に変換し廃熱していることが、青霞(チンシア)には一目でわかる。

 それはつまり、相手もまた“モノリス・ゼロ”の存在と、その特性を事前に熟知しているということだ。


「どうやら、一番乗りはわたくしのようですわね」


 謎の女性は自動小銃を抱えながら、慎重に進む。

 不意に、その姿がひどく曖昧になる。

 彼女のBDUには周囲の景色に自身の姿を溶け込ませる特殊繊維が織り交ぜられて、光学的な迷彩になっていた。

 青霞(チンシア)はかけていたコンバットグラスを赤外線モードに切り替える。

 赤外線特性もかなり巧妙に欺瞞しているようだ。

 なるほど、エリジウム鋼に飲み込まれて内部の情報が筒抜けになるこのエリジニアン・ベース内でも自由に行動できるわけだ。

 装備も充実しているが、着用者の技量もまた高い。足音を立てずに周囲を警戒しながら進んでいく。

 正体不明の謎の女性は、主兵装(プライマリー)に、銃身下部に擲弾発射器(ロケットランチャー)を搭載した自動小銃(アサルトカービン)、ホルスターからして副兵装(セカンダリー)は自動式拳銃。対エリジニアン戦を想定しているとすればずいぶんと軽装備に見える。

 特殊戦要員(オペレータ)らしからぬ、戦力の最小単位である二人一組(ツーマンセル)ではない、単独行動も引っ掛かる。それとも、今ここにはいないだけでどこか別の場所に相方がいるのだろうか。


「イェーガー・ワン、こちらグレー・ブレイン。“欲しい物リスト”の一番上の近くで完全武装の要員を一名発見。諜報軍(インテリジェンス)の“強力な助っ人”かどうか、至急確認を。どうぞ」


 青霞(チンシア)は声を出さずに口をぱくぱくさせた。

 喉元に張り付けられたフィルム状のデヴァイスが青霞(チンシア)の声を自動で合成して通信を繋いでくれる。

 すると、先ほどまで先行していた謎の女性が急に立ち止まる。銃口を下げた状態で、片手を振ってみせる。


<グレー・ブレイン、こちらイェーガー・ワン。ミズ〇〇七はこちらの味方だ。合流してくれ。“欲しい物リスト”の一番上を合衆国(ステイツ)が独り占めできないのは手痛いけれど、この動乱の最中に喪失することだけは避けねばならない。オペレーション・ハンターレイはプランBに移行しつつ、続行する>

「了解しました、イェーガー・ワン。グレー・ブレイン、合流します。交信終了」

 青霞(チンシア)はダクトから這い出ようとすると、ミズ〇〇七は背部の武装懸架ラックから高周波ブレードを取り出して、空調用のダクトを易々と溶断してくれた。

「助けに来てくれたんですね」

 青霞(チンシア)の言葉に、ミズ〇〇七はフェイスガードを外して微笑みながら、首を左右に振る。

「ええ。でも、あなたを助けたのは、ある女の子の勇気と覚悟よ」



 北緯五五度三一分、東経六一度五分。

 ロシア連邦チェリャビンスク州チェリャビンスク市の中心部から一八キロの距離にあるチェリャビンスク国際空港。周囲の闇を切り裂いて照らす投光器で浮かび上がるハンガーの一画を丸々間借りして、その周囲は厳重な管理下に置かれている。

 PMCブラスト社第一三企画部付特別作戦執行部(SOE)ユニットX“スピアヘッド”は出撃準備に追われていた。ベアトリクスはタブレット端末で次の出撃の際に使用する兵装を確認していた。


「YW三三“エクスウォーカー”、なんだか“十字のオラクラ”のプロトタイプみたいな機体ね」


 目の前に立つ全長二〇メートルを超える、濃灰色で塗られた機械仕掛けの巨神のような機体を前にして、手元の端末の情報と見比べながら、ベアトリクスはそう評す。

 ベアトリクスの陰で寝そべる瑞姫はふわあと欠伸(あくび)をしながら言う。


「“十字の”とか“黄金の”とかつかないんだね」


 瑞姫はこれっぽっちの感慨もなさそうに、ゆったりとした口調で言う。


「少数とはいえ量産型だからじゃないの。命名規則、知らないけど」


“真紅のアレルイア”は可変機特有の膨大な整備箇所のせいで、次の作戦までに機体を準備できない。そのような事情もあり、ベアトリクスは次の作戦ではアメリカから供与された機体に搭乗する予定になっている。


「エリジウム鋼を装甲に用いたFHDだけど、無線誘導式の衝突飛翔体を搭載しない、なんだかプレーンな機体だね」


 X状のクロスラインセンサーの鋭い眼光をした“エクスウォーカー”の横顔。それを見た瑞姫が端的な言葉で表す。


「問題ないわ。なんたってこっちは英雄様なき時代を一年間、どうにか駆け抜けてきた使用者(シンカー)なんだから。むしろ、機体性能に頼らない戦いを上層部に見せつけてやるんだから」


 急ピッチで進められる機体の整備に、思わずベアトリクスは口を挟む。


「たとえ武装の強度が落ちたとしても、なるべく死重(デッドウェイト)になるような――発射器(ランチャー)みたいなものは固定装備にしないでよね」


 機体に取りついていた整備班たちもベアトリクスの好みは熟知している。賢明な判断だ。皆を代表して整備班の班長がそう叫び返す。ベアトリクスも手を振ってそれにこたえる。


「ドイツの米軍基地で極秘裏に開発されていた数々の兵装の提供。ずいぶんとまあ大盤振る舞いよね」

「先の“アルティメイタム”戦を踏まえると、焼け石に水だと思うけどな」

「でも、ないよりはマシでしょ?」


 ちらりと瑞姫に視線を送りつつ、ベアトリクスは腕を組む。


「それに、どんな困難にも最善を尽くす。それがあたしたちの戦い。そうでしょ?」

「……いや、『そうでしょ?』とか言われてもね。何事にも限度ってものがあるでしょ」


 やる気でみなぎるベアトリクスに、瑞姫は水を差すような風に言う。

 ジョエルの権限で辛うじて使用可能な状態のエリジウム鋼製兵装や補給物資。

 それが今、続々と他国の施設に到着していた。これはまさに異例中の異例の事態だ。空輸できない大型の兵装も鉄道貨物からズラトウースト駅を経由して、到着している。


「やつの強力な雷撃や電磁パルス(EMP)は厄介だ。誘導部(シーカー)のない、無誘導空中発射ロケット弾(AR)がいいと思う」

「直径二・七五インチ(七〇ミリ)だと小さすぎるんじゃない?」

「その点は量で補うしかないよ。発射ポッドは心置きなく捨てられるし」

「あたしの機体は重くしたくないから、装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS)はミズキが積んでね」

「んー、そうだね。最大射程は標準型榴弾を使用した場合で三〇キロ、ロケットアシスト弾を使用した場合は八〇キロの五二口径一五五ミリ砲か、これは実にいいね。最大射程三六キロのスイス製もお気に入りなんだけど。カタログスペックだけでなく、実践でも使い勝手がいいと頼りになるんだけど」

「ぶっつけ本番ね」

「いいじゃん。捲土重来(けんどちょうらい)でしょ」


 瑞姫は言いながら、楽し気に笑う。

 その目は狩人(かりうど)のように鋭く、先の戦いでの苦い思いを払拭しようという気持ちで満ちていた。



“白金のサージスト”と“アルティメイタム”を囲むようにして現れた多頭竜型のエリジニアン“ゼムリャ”の火蓋が切って落とされた。

 都市と同化した“ゼムリャ”は“アルティメイタム”の死角を巧妙に突いた攻撃を繰り出す。

 先端の尖った口で“アルティメイタム”の側面を突こうとする。

 しかし、“アルティメイタム”はあえて避けずに、刺々しく尖った尾で“ゼムリャ”の頭のひとつを払うように殴りつける。

 はたして、両者の表面は激しく損傷する。

 だが、すぐに体表の形状を変化させ、破壊される前の状態へと戻った。

“ゼムリャ”の口が次々と開くと、今度は短距離プラズマトーチ攻撃を繰り出す。

 青白い光で打ち出される禍々(まがまが)しい光線が夜の黒を割き、“アルティメイタム”の体表に焼きあとをつける。

 しかし、この攻撃もまた“アルティメイタム”の形状変化能力ですぐに先ほどと同じ姿を保ってみせる。


<この“アルティメイタム”、そう易々と倒せると思うのは大間違いだと言っておきましょう>


 連なる山脈のようにそびえ立つ“アルティメイタム”と、閉鎖都市(ZATO)を飲み込むように拡大し続ける“ゼムリャ”との激しい攻防が繰り広げられるも、優劣のつけがたい戦いが続く。

“アルティメイタム”は剣山化した背部の(パイル)状のエリジウム鋼を周囲に向かって打ち続ける。とはいえ、“ゼムリャ”は形状を粘着性の液状に変化させると(パイル)の運動エネルギーを相殺しにかかる。


<“アルティメイタム”がどんなに強力なエリジニアンであろうと、この都市規模の“ゼムリャ”のスケールを前にすれば、その存在感も霞むわ。さあ、このまま飲み込んでしまいなさい>

<……そううまくいきますかね?>


“白金のサージスト”の装甲貫徹ランスが“ゼムリャ”の多頭竜の一頭を背後から捉えると、そのまま一突きにしてみせる。


<リータ・ロース=マリー・ローゼンクウィスト、一体どんな理由で戦うのかは存じ上げませんが、このわたしの前に立ちはだかる以上、そのままで帰すわけにはいきません>

<……弱い犬ほどよく吠えるッ!!>


 リータの怒号とともに“ゼムリャ”の多頭竜から次々と短距離プラズマトーチの波状攻撃が繰り出される。

 テウルギストは即断即決、すぐに愛機“白金のサージスト”を下がらせると、そこには無数の青白い光の光芒が重なり合う。複数の竜の口から続々と青白い光線が打ち出されると、網状に交錯する。

 そして、テウルギストの機体“白金のサージスト”は必要最小限の動きで避け切ってみせた。乱数回避行動ではできない芸当だ。


<未来予測演算を使いこなしていないと見える>

<そんなものは必要ないわ。だって、あたしには“モノリス・ゼロ”があるんだもの>

<……なんですって?>


 テウルギストの微かに困惑の滲んた言葉に、リータはにっと嫌な笑みを浮かべた。



“アルティメイタム”と“ゼムリャ”の攻防を遠目から見守っていた“金剛のエスト”と“双身のデュアリス”のなかで、美空とララティナはお互いに声を上げた。


「戦いがッ!」

<……始まってる>


 今まで見たことのない、首長竜の姿。それが都市の至るところから出現し、米軍と特別作戦執行部(SOE)ユニットX“スピアヘッド”を退けてみせた“アルティメイタム”に戦いを挑んでいた。

 甲乙のつけがたい戦いで、実力はほぼ互角。

 米軍相手には本気を出していなかった“アルティメイタム”の攻撃に、“チェリャビンスク六一”と同化した“ゼムリャ”は軟化と再構成を繰り返すことで事実上攻撃を無効化している。

 その戦いはまさに異次元。

 今までの対エリジニアン戦闘とは一線を画す。激しい攻撃の応酬だが、互いの使い手の能力の高さからか決定打がなく、攻防は激しさを増すものの、なかなか決着がつかない。もどかしい一進一退の展開が続く。


<……来たわね、榛木美空>


“ゼムリャ”の多頭竜が一斉に美空の“金剛のエスト”へ向く。


<旧クラストの残党派として、ここはお礼のひとつでもさせてほしいのよ>

「旧クラスト派の残党……」

「ええ。一年前、我らが首魁(しゅかい)山都竜人を倒し、老原動乱を終結させた礼よッ!」


 短距離プラズマトーチ攻撃の連続攻撃が“金剛のエスト”を襲う。

 美空は咄嗟に“力の剣”を掲げて、凄まじい力の奔流を刀身に発生させる。

 次の瞬間、街の至るところから伸びるエリジウム鋼から成る竜の口から凄まじい勢いで吐き出される青白い熱線が空を焼き、大気を舞う小さな塵を焼き払いながら、“力の剣”に向けて衝突し、激しく交錯する。


「くっ、なんて強い力ッ!?」

<正面からこの攻撃を継続して受け止め続けることはできません。美空、機体の高度を上げて上空へ退避してください>

「わかったよ、オデッサ」


 画面の指示通りにフットペダルと操縦桿コントロールスティックを動かして、機体が飛び上がる。

 ふわりと軽々と上がった“金剛のエスト”はそのまま青白い光の攻撃を、線と線をぬうようにして避けながらじょじょに高度を上げていく。

“金剛のエスト”の背中を追うように、光線が駆ける。青い光の後に、赤い炎が軌跡となって夜空に残る。


<あんたが邪魔をしなければ、竜人は世界を変えられた。そうよ、こんなにもたくさん、エリジウム鋼があったのに、各国は自国の利益だけを考えて、未だにその存在を秘匿し、化石燃料に依存した経済を維持してる>


 リータは黄緑色の瞳に薄らと涙を浮かべながら、エリジウム鋼を蒸着(メタライジング)させた両腕を振って、“ゼムリャ”の頭部を巧みに操る。

 リータの細くて長い腕の動き、その指遣いに合わせて、“ゼムリャ”と呼ばれる多頭竜型エリジニアンは執拗に美空とテウルギストを追う。


<その結果世界はどうなった? ちっともよくなってない。ただ、竜人と老原(おう)が戦っただけ。そして、テウルギスト・タリスマン、あんたのような胡散臭い宗教家が世界を御すると言ってる。そうでしょう?>

<ふん。こんなところで恨み節とは、情けない>


“白金のサージスト”は多頭竜の頭のひとつを装甲貫徹ランスで一突きにして潰し、その残骸を蹴り上げるとそのまま踏みにじった。


<あなた方旧クラスト派残党の皆さんは若くて情熱的だ。ですが、過激な運動に伴う観念上の奇妙な倒錯や矛盾は、青年期に現れる理想ならではのヒロイズムや自己劇化を伴うものです>


 テウルギストは穏やかな笑みを浮かべながら、“ゼムリャ”の頭部を次々と一突きにして倒していく。


<英雄の不在が今の凋落を招いたのですよ。そう、世界は選んだ。山都竜人ではなく、老原(おう)でもない、榛木美空を。その事実に蓋をして、事を進めようとするから齟齬が生じるんですよ>


 言い終わるとふん、と鼻で笑ってみせるテウルギスト。その姿に、リータは細くて長い眉をキッと立てると、“ゼムリャ”の攻撃がより激しさを増す。いくつもの首長竜が“白金のサージスト”目がけて殺到する。


<何が老原動乱を治めた英雄様よ>

<あなた方にはいろいろなものが足りていなかった。老原(おう)に同志を殺されてヘファイストスを独占された点から、政治的な後ろ盾もなく、精神的な支柱もなく、肝心の山都竜人には人を殺すという根本的な覚悟すら欠いていた。もはや論外ですよ>


 防戦一方の美空に比べて、テウルギストはさすが歴戦の勇士、“白金のサージスト”をまるで自身の手足のように巧みに操って、さらに“アルティメイタム”をときに矛として、ときに盾にすることでリータの猛攻をしのいでいた。


<……もう一度言いなさいよ>リータが低い声ですごむ。

<ええ、何度でも言ってあげましょう。論外ですよ。所詮は先進国の一二歳児のボーイズ・アンド・ガールズのおままごとだったと>


 リータの答えは“ゼムリャ”の噛みつきだった。

“アルティメイタム”はその首をへし折ろうとする。

 が、“ゼムリャ”は形状を変化させて必死に食らいついてくる。今まで一進一退を繰り広げていた戦いが、はじめてリータの優勢に変わろうとしている。今までとは違う展開に、テウルギストは目を細めた。


<みんなをッ! みんなを殺しておいて、その言い草ッ!! 本ッ当に許せないのよ。あんたみたいなやつ。絶ッ対、地獄に堕ちるわッ!>

<言われなくても、わたしは大罪人ですよ。ですが、単なる理想主義者で終わるつもりはありません。同胞たる民を吸収した“アルティメイタム”が、彼ら彼女らの生が決して無駄でなかったことを証明してみせましょう>


“アルティメイタム”の形状がさらに変化する。

 恐竜(ダイナソア)のような姿から、首のない巨人のような形態に変化していく。もとが山脈のように巨大だったため、その姿は一見すると人型には見えない。遠く離れてみて、はじめてそれが四肢のあるように見える。

 そして、ちょうど首の辺りに“白金のサージスト”がすっぽりと収まった。


<先の戦いでは共鳴現象のせいで、“アルティメイタム”との戦術リンクが強制的に切られてしまいましたが、このテウルギスト・タリスマンに同じ手は二度と通用しませんよ、美空さん>


“アルティメイタム”の巨躯が、巻き付いた“ゼムリャ”の首をへし折るとそのまま容易く引きちぎってみせる。


<“アルティメイタム”をその身に纏った“白金のサージスト”を相手に、止める者など存在しない>



 高度二五〇〇〇フィート(七六〇〇メートル)を巡航速度マッハ〇・八で飛行する“空飛ぶ翼(フライング・ウィング)”内。そのなかの一室に設けられた、壁面に無数のディスプレイを備え付けられたミッション・ルームでジョアンナとジョエルは戦いの行方を見守っていた。


「テウルギスト・タリスマン。ついに“アルティメイタム”の形状を変化させ、合体するとは。いやはや、なんて規格外なやつなんだ」

「あんたねえ、そんなこと悠長に言ってる余裕あるの?」


 謎の余裕を漂わせているジョエルに、ジョアンナは眉を(ひそ)める。


「さすがの美空も――というかODESSAも今回ばかりは出し惜しみはなしだ。本気で“力の剣”を使わないと勝てない。そういう戦いになるだろう」


 そのとき、通信要員がジョエルに向き直った。すぐに秘匿回線が繋がる。


<“空飛ぶフライング・ウィング”、こちらミズ〇〇七。グレー・ブレイン――青霞(チンシア)との合流に成功しましたわ>

「よくやったわ、ギフォーズさん」


 ジョアンナの表情から曇りが消える。


<ただ、彼女はどうやらやることがあるらしくて、このまま施設の深部に向かいます>

「ちょっと、どういうことよ。作戦目標は青霞(チンシア)の救出だって言ってたでしょ!? 何よ、『やること』って!」

「それはそうなんだけど」


 ジョエルはにこやかな笑みのまま、詰め寄るジョアンナを両手で制してみせる。


「この“チェリャビンスク六一”にはロシアが今まで秘匿していたあるものが存在する。せっかくの機会だとは思わないかい? 少なくとも、ぼくは一目見ておきたいと思っているよ」


 ジョエルの場違いな笑みに、ジョアンナは殺気立つのをどうにか堪える。


「まったく、そんなことだろうとは思っていたけれど、よくもまぁそんな大胆なことが言えるわね」

「きみはともかく、ギフォーズ女史も興味がおありのようだ。どちらにせよ、ここは静観する他あるまいよ。そうだろう?」


 ジョエルの問いに、ジョアンナは何も言えずに黙り込んでしまった。



 グラディスと青霞(チンシア)はエリジニアン・ベースの内部となった研究施設の深部へと進んでいく。青霞(チンシア)は手元の計測器を確認する。強力な電磁波が発せられていて、青霞(チンシア)のボディ・アーマーとヘルメットの温度が急上昇していた。

 グラディスの着用する装備も、背部から煙が上がるほど熱せられている。ふたりは冷却のため、少しの間の休みを取り、少しずつ進んでいった。それだけの強い磁性を持つ物体なのだ。迂闊には近づけない。


「お嬢さん、あなたの目的は“モノリス・ゼロ”ね」


 ミズ〇〇七――グラディスの問いに、青霞(チンシア)は確信を突かれて目に見えて動揺した。


「……ど、どうしてそれをッ!?」


 声が上ずり、思わず大きな声を出してしまった。


「本国も“常に道化”というわけではありませんわ」


 対するグラディスは妖しく微笑んでみせる。


「“モノリス・ゼロ”、ロシアが旧ソ連時代からここで極秘裏に管理してきた“遺物”。アフリカはタンザニア北部ンゴロンゴロ保護区にあるオルドヴァイ峡谷で発見された、未知の石柱」


 刺々しいエリジウム鋼の結晶が伸びる廊下を、一歩一歩慎重な足取りで進むふたり。逃げ遅れた人々が石柱に飲み込まれて、そのまま結晶化していた。

 青霞(チンシア)はグラディスの電子的な欺瞞装置の範囲に隠れることでどうにかその存在を気取られないようにしていた。エリジウム鋼はそれ自体が自己完結したセンサーであり、アラートだ。しかし、その特性さえ正しく把握していれば、欺瞞することも不可能ではない。

 たとえば、“虚ろな男(ホロウマン)”の操る“幽冥のエレボス”の不可視モードなどがその一例だろう。


「独立後に大統領となったジュリウス・ニエレレは、自身が提唱した『アフリカ社会主義』の失敗を清算する際に、旧ソ連からの極秘支援と引き換えにこの“モノリス・ゼロ”――“進化の柱”を譲渡しました」

「“モノリス・ゼロ”こと“進化の柱”。人とエリジウムが思考を通じて相互に作用できるきっかけとなった石柱。その存在は危険よ。美空さんのように自由自在にエリジウム鋼を操れる人間が大量に『生産』できる」

「その危険性はアメリカも重々承知しています。だから、わたしは命懸けでここにいます」


 小さくともはっきりとした青霞(チンシア)の言葉に、グラディスは目を丸くする。


「あら、わたくしはてっきり、アメリカは美空さん級の使用者(シンカー)を大量生産するために、“進化の柱”を狙っているものとばかり……」

「それは違います。米軍の戦闘の未来は無人機化と民間軍事請負会社(PMSCs)に移行しています。むしろ、他の国が歯止めのない使用者(シンカー)の量産に乗り出さないように、なんとしてでも手にするか破壊しておきたい、そんな代物なんです」


 青霞(チンシア)の真意に、グラディスは感心してみせる。榛木美空やララティナ・レクスのような意志と覚悟を持った人間はなかなかいないが、なかなかどうして、こういう心の芯が太い人間に出会えるとは。


「それは好都合ね。なら、わたくしが爆破処理してしまってもあなたは別に構わないんですわよね?」

「無論、ジョエルたちはいい顔をしないでしょうが、これが世界のためです。使用者(シンカー)がいても、世界は平和にはならなかった。これが現実です」


 しんとふたりの間に沈黙が降りる。


「残念、ですわよね」

「わかり合うよりも争い合う。難しいですね、人は」


 そこでふたりの言葉は途切れる。

 行き止まりのようだが、よく目を凝らして見ると微かに一本の線が走っている。


「……これは扉です。グラディスさん」

「大丈夫ですわ。この手の類のものはエリクシルの民も用いていたから解錠が可能ですわ。少々待っていて」


 グラディスが左手首に装着した端末を操作すると、扉が音もなく開いていく。


「くそっ、テウルギスト・タリスマン。邪魔をして」


 はたして、なかにいたのは“モノリス・ゼロ”――“進化の柱”ではなく、両腕にエリジウム鋼を蒸着(メタライジング)させた西洋人の少女だった。


「そこまでですわ、リータ・ロース=マリー・ローゼンクウィスト」


 グラディスはすぐに小銃を構えると、威嚇射撃をしてリータの動きを牽制する。


「“モノリス・ゼロ”――“進化の柱”。人とエリジウムが思考を通じて相互に作用できるきっかけとなった石柱さえあれば、あたしも榛木美空のように自由自在にエリジウム鋼を操れるはずなのに」


 ぎりっ、とリータが奥歯を噛んだ。目の前の勝負に気を取られていて、グラディスと青霞(チンシア)のことなど眼中にないとでも言わんばかりの態度だった。これは尋常ではない。グラディスの数々の修羅場をくぐり抜けて来て培われた勘がそう告げていた。


「いけません! その人は……」


 青霞(チンシア)はぎょっと目を剥くと、反射的にグラディスの体を引っ張る。


「なのに、それなのに……どうしてッ!!」


 リータの腰掛けているもの。それは、非常に滑らかで傷ひとつない。透き通っているが光をほとんど反射しない。まれに光を強く反射する。その光に呼応するかのように、リータの両腕がまるでエリジニアンのように鋭角的なフォルムに変わっていく。


「どういうことなの、これは!」

「まさか、エリジニアン化? でも、こんなことって……」


 ふたりの前で、リータは激しく鋭い咆哮(ほうこう)を上げた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ