告白
昔(私、和佐の告白)
今夜も母はお店のママとして働いている。
昔は嫌だった母の仕事。
でも今日は、感謝している。
私と葵に時間をくれたのだ。
私は今日、人を一人殺した……。
罪悪感なんてない。
あんな非道で、人間のクズ、消えちゃえばいいんだ!
葵は私を湯船に浸からせ、その間に岩崎の死体を何処かへ隠した。
私はその時、興奮していたので、葵が何処に岩崎の死体を隠したのか訊かなかった。否、訊ける状況ではなかった。
今、私は自分のベッドで横になっている。
大分、いや、もうすっかり落ち着いた。
葵は私をベッドに寝かせると、
「和ちゃんは、何も考えなくていい。私が殺したの。そして、始末した。ただ、それだけ。明日からまた笑顔で会おう」
そう言って、葵は笑いながら帰って行った。
「葵、ごめんね」
私は急な眠気に襲われた。
と、その時玄関の方からガチャガチャと音がした。
時計は7時をまわったところ。
「お母さん?」
私は、小さく呟いた。
ガタンとドアが開いた音がした。
私は怖くて動けなかった。
ベッドの上に起き上がり、ジッと玄関の気配を読み取ろうと勤めていた。
ズッズッ、と足音が私の部屋の方へと近づいてきた。
只ならぬ気配に、私はすっかり怯えて、自分を守るための『何か』を探した。
サバイバルナイフは葵が処分した。
私はベッドの横に置かれた学生鞄を手に取り、近づいてくる何者かに応戦する体制をとった。
あの時、私が男子だったら、バットの1本や2本があったかもしれないけど、残念ながら非力な少女だったのです。
辺りは7時を大きく回っていたので、薄暗くなっていました。
その時、私の部屋のドアがガタンと力いっぱい大きく開け放たれました。
そこに立っていたのは……!
なんと、岩崎だった!
私がさっき殺したはずの。
「お、お前ら、俺を殺そうとしたな?」
岩崎は泥まみれになりながら、ゆっくりと近づいてきた。
私は、怖かったけど、岩崎の様子がおかしい事に気づいた。
そうか! さっき私が背中にサバイバルナイフを刺したのだった。
だけど、いくら岩崎が負傷していると言えども、やはり自分より背丈の大きい男には勝てないと思った。
岩崎は必死の力で私の方へと歩んでくる。
「この、クソチビめ! あのオカマ野郎はどこだ!」
私は、この時もの凄い怒りを感じた。
「オカマだなんて、言わないで!」
「オカマじゃねえか、ハハハっ」
岩崎は嘲った。
そして、はあはあ、と苦しそうに肩で息をしていた岩崎は、私の右腕を掴んだ。
やはり、その力はすごかった。
私は左手に持った学生鞄で、思いっきり何度も何度も叩いて応戦した。
岩崎は、私の首へと手を伸ばしてきた。
「!」
苦しい。
意識が遠のく中で、私の持っていた学生鞄の中から、デオドラントスプレーが転がり出てきた。
私は左手でそれを取ると、岩崎の目に向けてスプレーを噴射した。
「うわぁ!」
岩崎が怯んだ。
私は、はあはあと息を荒げながら、岩崎の下から退くと、目を押さえる岩崎を突き飛ばして、床に転がした。
私はこんな状況なのに、頭の中は冷静に判断していた。
今度はデオドラントスプレーを岩崎の口の中へと噴射した。
口を噤む岩崎の手の力は弱っていた。
私はその手を掴むと、抵抗できない岩崎に向かって、1本分のデオドラントスプレーを全部噴射した。
何分くらい経ったでしょうか。
岩崎はもう、完全に動かなくなってしまいました。
私はまず、岩崎が息をしていないことを確認すると、今度は胸に手を当てて、完全に心臓が止まっていることを確認した。
私は至って冷静だった。
そして、岩崎を憎んだ。憎々しく思うと、私は岩崎の処分を考えた。
「こんなヤツ、消えればいいわ」
私は時計を見た。
8時前だった。
母は『ママ』という仕事がら、朝方4時を過ぎた頃に帰ってくることが多かった。
時間は沢山ある。
私はシャワールームへと岩崎の死体を運ぶと、裸になり死体の解体を始めた。
時間は優にある。
少しずつ少しずつ解体しては、排水溝へと流して行った。
全部終わったのは3時頃。
完全に処分をすると、私は酷い睡魔に襲われた。
どうせ、母は私の部屋には入らない。
廊下と玄関だけ、足跡や土を拭きとると、そのまま自室で朝までぐっすりと眠った。
翌朝、私は久しぶりに快眠出来て、気分が良かった。
朝食を摂り、私は眠っている母を起こさないように、静かに学校へと向かった。
「おはよう、和ちゃん!」
「葵」
私達は並んで歩きだした。
葵は何も知らない。
私にとって葵は特別な存在。
男子だけど、女子でもある。
私達は席替えで隣同士になってから仲良くなった。
葵は私に無い物を持っている。
一つ、二重の大きな目。
一つ、整った美しい小顔。
一つ、細いウェスト。
一つ……挙げだしたら切りが無い。
私はと言えば、綺麗でも、可愛いでもなく、平凡な女子だった。
だから、葵に憧れた。
葵は周りを気にせず、制服はセーラー服を着ていた。
それがまた、良く似合っていた。
私は異性でいて、同性として友達になった葵のことを、いつしか愛するようになっていた。
葵は私の気持ちに気が付いていたのだろうか。
気付いていたじゃん。そう、葵は私の気持ちを知っていた。
だから私は、極力葵には同性として振舞った。
だって、葵は女の子になりたがっていた。
だから、私の気持ちは抑えて抑えていた。
それはとても切なくて、苦しい選択だったけど、異性として葵に接したら、葵の自尊心を傷つける、そう思っていた。
その日、体育の時間が終わって、女子更衣室の前で待っていた葵に、
「和ちゃん、デオドラントスプレー貸して」
と、言われて、改めて殺したんだ……と実感した。
葵には知られてはならない。私はそう思った。
だって、葵を傷つけたくなかった。
私は葵を愛している。
だから、葵を傷つけたり、見下したりする奴を許せなかった。
「和ちゃん?」
「あ、次の授業始まるね」
私達はクラスまで走って行った。
今
「なんで、泣くの?」
「だって……ごめん」
「なにが?」
僕は返答に困ってしまった。
「私ね、あの時の岩崎の一言が許せなかった。葵のことを『オマエ、男だな』って。私の葵を侮辱しないで、って……」
「和ちゃん」
僕は、本当は僕が悪いのだ。
和ちゃんとは女子同士として仲良くなった。
でもそれは、長く続かなかった。
和ちゃんが僕を好いてくれるようになったことに、僕は気付いていた。
「あの頃、私はコンプレックスの塊だった。お世辞にも可愛いだなんて言えないってことくらい分かってた」
和ちゃんは続けて言った。
「だから、自信が無かったのよね。葵は私のことを友達として思ってくれてる。だから、私も好きだけど、異性として愛しちゃいけないんだって、思ってた」
そう言って、一気にキャラメルマキアートを飲んでから言った。
「だから、岩崎が許せなかった」
「……」
僕は下を向いて、涙を自分の太ももにぽたぽたと落とした。
「もう! 葵泣かないでよ」
僕は震えながら言った。
「僕だって、段々自分の気持ちの変化に気づいてた。女の子になりたい……そう思ってスカートを履いてたし。けど、途中から、自分の気持ちに変化が出てきたことが怖かった。和ちゃんの気持ちも知ってたよ。知ってたのに、『変わる』ことが怖かったんだ」
和ちゃんの視線が突き刺さる。
「私も、葵が北海道に行ってから、親の都合で何度か引っ越しをしたの。でも、あの約束は忘れて無かった。例え、葵が忘れてても、私は覚えていようと思ってた」
「僕だって、覚えてたよ」
「ふふ」
和ちゃんは笑って、続けた。
「ある日、私は偶然葵を見つけたの。私達はしばらく離れていたけど、すぐに葵だって気がついた。綺麗だった。ミニスカートを履いて、メイクをして……男の人と一緒だった」
「!」
「恋人だったんでしょう?」
「そ、れは……」
「ふふ。良いんだよ。私はあの頃からずっと、葵の全てが好きだった。認めてた。だから、驚いたけどショックは受けなかった。葵は、性に捉われず、ヒトを愛せるんだな、って思うと、それって素晴らしい! って、感動したわ」
「和ちゃん」
「ん?」
「僕は和ちゃんを始め、沢山の人を傷つけてしまった。あの人も……」
「そう」
和ちゃんはそう言うと、
「安西先生よね?」
と笑った。
「えっ、何で知ってるの?」
「そんなの、全部分かってたわ」
驚く僕に和ちゃんは続けて言った。
「実は私、設計士の卵なのよ。いま、勉強中」
「えっ?」
「安西先生とは、何回か会ったことがあるの。あ、もちろん仕事のことでね。私はまだ学生だけど、お世話になっている教授と安西先生が知り合い同士なの」
「そうなの?」
「うん……さらに言えば、安西先生と葵を取りあってたのよ。ふふ」
「え?」
「今日は葵の二十歳の誕生日。安西先生も本気だわ。私だって本気だった。だから、わざと同じ時間に待ち合わせをしたのよ」
僕はうなだれた。
「あ、悪気はないのよ。落ち込まないで」
「僕はセンセイを裏切った」
「それは違うわ」
僕はまた涙した。
「確かに、安西先生は葵と結婚……ていうか、一生のパートナーとして考えていたわ。昨日も本気で葵にプロポーズしたのよ」
「そんなことまで知ってるの?」
「あ、ごめん」
和ちゃんは、笑って続けた。
「でも、私は勝てると思った。だって、私達には秘密があるもん」
カラッと明るく和ちゃんは言った。
僕は面食らって、気が遠くなった。
「ところで、和ちゃん」
僕は神妙な面持ちで訊いた。
「岩崎のことだけど……」
僕の質問を聞き終える前に和ちゃんが口を開いた。
「葵、私のしたこと怖い? 私が怖い?」
「それはないよ!」
僕は慌てて言った。
「世の中には、しかるべき処置を受ける者もいるって事。アイツは葵を、葵のことを馬鹿にした。私はそれが許せなかった。ただ、それだけ。それに、もう終わったことだもん」
と笑った。
「……うん」
多分、多くの人は僕たちの、今のこの関係を『歪んでる』、もしくは『壊れてる』と感じることだろう。
けど、今の僕たちには、今の関係が一番いいのだ。
もう、僕たちを阻む者は何処にもいない。
僕は……男として目覚めた僕に出来ることを和ちゃんにしてあげたいと強く思った。
これからは二人は離れ離れになることはないだろう。
「全部、飲んじゃった」
「出ようか」
「うん」
僕たちはカフェを出た。
今、僕の右側を歩く、彼女をもう二度と離さないと誓った。
僕の初恋は、遠回りをした上に、曲がりくねった道だったけど、僕は自分の居場所を見つけることが出来た。
これからは僕が和ちゃんを守って行こう、そう誓うと、僕は和ちゃんの左手を握った。
和ちゃんは嬉しそうに、僕を見上げた。
通りには人がいなかった。
二人は二回目だけど、初めてのキスをした。
あの時と違うのは、僕は男であって、男として和ちゃんにキスをしたこと。
今、二人の想いは一つになった。
壊れてるかもしれないけれど、今が一番幸せだ、と僕は感じていた。
きっと、和ちゃんも。




