懺悔
「今日は、いい天気だね」
ベッドから立ち上がると、葵はまだベッドの中でまどろんでいた私に声をかけた。
「うん」
「今日はお互い、休みだし、何処行く?」
葵が爽やかな笑顔で言った。
「えっと……そうだねぇ……」
私は、ちょっと悩んでから「二人でなら何処でもいい」と答えた。
葵が嬉しそうにキスしてきた。
私も嬉しかった。
葵がこんなに早く私のものになるだなんて。
私は何も知らない葵のことが急に愛おしく、否、可哀想になってギュッと抱きしめた。
「和ちゃん? どうしたの?」
葵は無邪気に笑う。
「何でもない」
私はそう言うと、体を葵に委ねた。
後悔……違うな、じゃあ……謝罪、これも違う。
何て言うんだろう、この感情。
……『懺悔』!
そう、懺悔だ。
私は極悪非道だ。
そう、人非人……それもちょっとじゃない。
ああ、神様! 私をお許し下さい!
私は今とても幸せです。
でもこの幸せは、真実じゃないのです。
私の中の良心が、そう叫ぶ。
「でも、今は充実してるんでしょ? こんな日が欲しかったんでしょう?」
私の中の黒い感情が私に語りかける。
私は14歳でした。初潮も遅く、女子として自信が持てないくらい暗く、歪んだ性格を持っていました。
ある日、席替えで隣になったのは、男の子なのにセーラー服を着て女言葉を話す、キモイけど、でもとても美しく、綺麗な人でした。
私は毎日に虚無感を覚えていました。
だから、授業中は眠って夢の世界で遊んだり、学ぶ気がなかったので、教科書なども敢えて持ち歩かなかったのです。
そんな私に彼は、優しく接してくれました。
彼もまた、思春期に置いての自分の身の置き所を模索していたのです。
私達はとても仲良しになりました。
私には彼の気持ちが痛いほど分かったのです。
自分の性に悩む彼と、まだ初潮を迎えていない不完全な身体なのに、私はすっかり女として目覚めてしまったことへの罪悪感……そこら辺が似通ってたのです。
私は母親と二人暮らしです。
母は小さなバーでママをしながら私を育ててくれていました。
夕方から出勤し、朝方まで戻って来ないのが常でした。
母には岩崎と言う、歳の離れた男がいました。
母は岩崎に自宅のマンションの合鍵を渡すほどのめり込んでいました。
私はと言うと、母が男にのめり込む姿など見たくなかったし、自分だけはそうならない、と固く思っていました。
そんなある日、私は学校から帰ると急激な眠気に襲われました。
いつもなら部屋に鍵をかけるのに、その日はすっかり忘れて、ベッドに倒れ込んで眠ってしまったのです。
どれくらい眠ったことでしょう。
私はとても気持ちよく目覚めました。
「んん……」
「そんなに良いか?」
男の声で私はしっかりと目をさましました。
私の上に覆いかぶさっていたのは、岩崎でした。
「なにするの? 止めて!」
「何って、感じてたじゃないか」
抵抗する私に、男は容赦なく襲い続けたのです。
私は……私はまだ初潮も迎えていない子供でした。
なのに私は不覚にも感じてしまったのです。
それも深く、激しく。
全てが過ぎ去ると、男は私に向かって言い放ちました。
「秘密にしといてやるよ。また、よろしくな」
私は深く自己嫌悪しました。悔やみました。襲われたことよりも、感じてしまった自分が許せなかったのです。
その日を皮切りに、私は何度となく男と関係を持ちました。
辛かった。嫌だった。自分を消したいと思いました。
そんな悪夢の様な日々の中でも、私に許された喜びは、只一つ。
『葵』の存在でした。
私は岩崎がいない時に葵をマンションに呼んで、無邪気な時間を楽しんでいたのです。
それなのに、あの日、岩崎と葵は偶然に会ってしまったのです。
その時の、岩崎の葵を見る目に、嫌な予感がしたのです。
葵が帰ると、岩崎はまた顔を出し、必要に葵のことを聴いて来ました。
私は、葵を愛していました。それは……それは多分、否、異性として。
いくら葵が男の子だとは言え、その美しさは少女さながらのものでした。
岩崎には、葵は十分に女子として伝わったのです。
「あの子を連れてこいよ。じゃないと、全部、バラス。みんなにな」
岩崎はそう言い放ったのです。
それを聞いて、まず私が恐れたのは、自分と岩崎の関係を葵に知られることでした。
葵にだけは知られたくない!
実は私は数日前から、セーラー服のスカートにサバイバルナイフを潜めていました。
けど、一人で大の男を殺すことなど、到底無理だと理解していました。
何か、岩崎の隙が出来れば……。
そして、私は考えたのです。
岩崎を始末して、葵を……葵の気持ちを自分に向けたい、例えどんな手を使ってでも、と。
私はある日、仮病で学校を休みました。
岩崎には、葵が家へ来るような嘘をつくように言って、葵を自由にすれば良い、と耳打ちしました。
岩崎は単純でした。
私の計画など何も考えずに、のこのこと下校する葵の元へと向かったのです。
チャンスは一度だけ。
葵は、私が岩崎に襲われたと思い、マンションの私の部屋に来ました。
そこで、誰もいない部屋で、岩崎はドアを閉め葵に襲いかかったのです。
もう一度、私は「チャンスは一度だけ」と心に誓って、自分の部屋の鍵をゆっくりと静かに開け、葵に覆いかぶさる岩崎の背中にサバイバルナイフを渾身の力で刺しました。
それから後は、順調でした。
岩崎を処分したことで、葵を助けた私に葵の気持ちが傾くのでは? という計算のもとに進んで行ければ、もう完璧でした。
ただ一つ誤算だったのは、岩崎が生きていたことでした。
葵が岩崎を捨てた後、岩崎は傷を負いながらも、私を殺すためマンションまで帰って来たのです。
だけど、なんとか岩崎が負傷していたので、思ったよりも簡単に岩崎を処分できました。
そこから後は、皆さんも承知のように上手く事が運びました。
秘密……それもトップクラスの『殺人』という秘密を分かち合った私と葵は、少しずつ変わったと思います。
それも良い方向に。
私は……私のしたことは、果たしていけないことだったのでしょうか?
今、葵は完全に私の手の中にある。
ああ、神様、私は人非人です。
いつか罰が当たるのでしょうか?
今のこの幸せがとても怖いのです。
けど、だけど……。
私は葵に抱かれながら思ったのです。
「思春期の女子をナメんじゃねぇ!」
ってね。クスっ。
これで、私の懺悔は全てです。
私はこの懺悔を持って、今の幸せに浸り続けます。
葵を、もう離さない。
いいえ、葵はもう私から離れることはないでしょう。
そう、ずっとこの先も永遠に……。




