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天才料理人のお姉様の影武者だった私、廃村に捨てられたので好き勝手に食堂を開きました  作者: P作


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第一話 捨てられた夜と、誰も知らない私の味

この作品は全13話の完結済み作品です。

毎日更新で書き上げた、影武者×廃村復興×料理×ざまあの感情共感系ファンタジーです。

最後までお付き合いいただけると嬉しいです。それでは、どうぞ。

 私には、名前がなかった。

 正確には、あった。アンナという、ごく普通の名前が。

 でも誰も使わなかった。

 王都で知られているのは「天才料理人クロエの妹」という肩書きだけだ。クロエお姉様の厨房に出入りする貴族たちは、私を見ても目を向けない。食材を運び、仕込みをして、火加減を整えて、盛り付けをする。そうして完成した皿をお姉様が運ぶと、「さすがクロエ!」という歓声が上がる。

 七年間、そういう仕事をしてきた。


 始まりは、私が十歳のときだった。

 お姉様は天才だった。本当に、疑いようのない天才で、食材を見ただけで最高の調理法が浮かぶらしかった。ただ——手が、遅かった。頭の中の完璧な料理を、指先が追いつかない。

 そこで白羽の矢が立ったのが私だった。

「アンナ、あなたの手はお姉様の手よ。それを忘れないで」

 母がそう言った日から、私はクロエお姉様の「影」になった。

 お姉様が考えた料理を、私が作る。それだけの存在。

 不満はなかった、と言えば嘘になる。

 でも、お姉様の料理は本当においしかった。食べた人が目を閉じて「ああ」と言うあの瞬間を、隣で見るのは嫌いじゃなかった。

 ただ——一度でいいから、自分の名前で「おいしい」と言われてみたかった。


 捨てられたのは、十七歳の春だった。

 クロエお姉様が、王都最大の料理大会「黄金の皿」で優勝した日の夜。

 私が仕込んだスープで、私が焼いたパンで、私が仕上げた肉料理で。

 大広間は歓声に包まれていた。お姉様は花束を抱えて笑っていた。国王陛下の料理人として召し抱えられることが決まった、と侍従が告げた。

 私はその隅で、洗い物をしていた。

「アンナ」

 お姉様が私のそばに来た。珍しいことだった。普段、仕事以外で声をかけてくることはほとんどない。

「王宮の厨房には、私一人で入ることになったわ」

「……はい」

「あなたはもう、必要ないの」

 淡々とした声だった。怒っているわけでも、悲しんでいるわけでもない。ただ、事実を告げるような声だった。

「王宮の料理人たちは腕がいい。私の手を補う必要がなくなった。だから——」

 お姉様は封筒を一つ、私の手に押しつけた。

「東の辺境に、使っていない土地がある。そこに小屋が一軒あるから、しばらくそこにいなさい。お金は少し入っている。あとは自分でどうにかして」

 それだけ言って、お姉様は振り返らなかった。

 花束を抱えたまま、大広間の光の中へ戻っていった。


 翌朝、私は王都を出た。

 荷物は小さなカバン一つ。料理道具だけは全部持った。包丁、小鍋、木べら。これだけは、お姉様のものじゃなくて、最初から私のものだったから。

 馬車に揺られながら、封筒の中を確認した。地図と、銀貨が五枚。

 地図の先には「ガラン村」と書いてあった。

(……聞いたことない名前だ)

 御者の老人に聞いてみると、少し間があってから答えが返ってきた。

「ガラン村? ああ、あそこか。十年くらい前に疫病が出てな。ほとんどの村人が逃げた。今は廃村みたいなもんだよ」

 廃村。

 私は窓の外を見た。王都の華やかな景色が、少しずつ遠くなっていく。

(捨てられた先が廃村か。お姉様らしいな)

 不思議と涙は出なかった。

 ただ、カバンの中の包丁の柄を、そっと握りしめた。

 これは私のものだ。

 七年間、誰かの料理を作り続けたこの手も、私のものだ。

(ここからは——自分の名前で、作る)

 ガラン村に着いたのは、夕暮れ時だった。廃村、という言葉は正確ではなかった。人が「ほとんどいない」村だった。

 崩れかけた家が十軒ほど並ぶ中に、煙突から細い煙が出ている家が三軒。広場の端に、板が一枚立てかけてあった。風雨で文字が半分消えかけているが、かろうじて読める。

「食堂 営業中」

(誰が営業してるんだ、これ)

「……あんた、誰だ」

 振り返ると、杖をついた小柄なおじいさんが立っていた。腰が曲がっていて、顔中に深いしわが刻まれている。でも目だけが、鋭く光っていた。

「アンナといいます。ここに住むことになって」

「料理人か?」おじいさんは私のカバンを見た。「包丁の形がしてる」

「……よくわかりましたね」

「長年料理人を見てきたからな」おじいさんは顎でその板を示した。「その食堂、俺がやってた。でも今は腰が立たん。お前さん、代わりにやってみるか」

「……お客さんは来るんですか」

「三人いる。この村に残った人間が、俺を含めて三人」

 三人。王都の大広間で何百人もに料理を作ってきた。でも、誰一人として私の名前を知らなかった。

(三人でも——自分の名前で作れるなら)

「やります」

 おじいさんは少し目を細めて、それからゆっくり頷いた。

「名前は?」

「アンナです」

「アンナか。よろしく頼む」

 初めて、名前を呼ばれた気がした。

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