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その男――瀬良一輝が視界に入るたび、私は決まって思う。
神様というものは、どうしてこうも配分が下手なのだろう、と。
容姿、才能、財力。
人が一生かけても手に入れられないものを、あの男は生まれながらに、さも当然のように与えられている。
なのに、肝心の人格だけは、産まれてくる途中でどこかに置き忘れてきたみたいに欠落していた。
身長は185センチを優に超えている。
高級ブランドのイタリア製スーツを纏った姿は、会社員というよりパリコレ帰りのモデルだ。無駄な脂肪のない長い手脚、ネクタイ越しにも分かる引き締まった喉元。歩くだけで自然と人の視線を奪っていく存在感。
その顔がまた、腹立たしいほど完成されていた。
すっと通った鼻梁に、薄く形の良い唇。切れ長なのにどこか艶っぽさを感じさせる目元は、伏せられるだけで絵になる。世の女性たちが熱狂するトップアイドルに瓜二つだと騒がれるのも納得だった。いや、実際に見た人間からすれば、本人より瀬良のほうが整っていると感じるかもしれない。
彼がエレベーターに乗り込めば、その場の空気は一瞬で変わる。
女性社員たちは息を呑み、男性社員ですら無意識に背筋を伸ばす。まるで映画のワンシーンみたいに周囲の景色が霞み、瀬良一輝だけが鮮明に浮かび上がるのだ。
――中身さえ伴っていれば、本当に完璧だった。
けれど実際には、その美しい外皮の内側には、煮え滾るタールのような悪意がぎっしり詰まっている。
「……おい」
低く落ち着いた声が、背後から鼓膜を撫てた。
本来なら耳に心地よいはずの、甘いテノール。なのに瀬良の声は、聞くたびに胃のあたりがじわりと重くなる。
資料室の前で鉢合わせした彼は、こちらをまともに見ることすらせず、不機嫌そうに眉間を寄せた。
「いつまでそこに突っ立ってるんだ。視界が汚れるんだけど」
吐き捨てるような言葉。
まるで道端のゴミでも見るみたいな口調だった。
私は反論する気力すら湧かず、無言で脇へ避ける。瀬良は礼もなく私の肩をかすめ、長い脚で悠々と資料室へ入っていった。
その後ろ姿に向かって、私は心の中で盛大に中指を立てる。
――滅びろ。できれば社会的に。
瀬良一輝。
私の勤めるこの会社で、「歩く猛毒」「令和の暴君」「人の心がない男」と陰で恐れられている存在だ。
とにかく彼は、他人の尊厳を削らずにはいられない。誰かを見下し、踏みつけ、自分の優位を確認しなければ呼吸ができない生き物なのだ。
会議では、新人を公開処刑のように叩き潰す。
「君の書いたこの企画書、小学生の自由研究かな? 途中で読む気力が失せたよ。紙資源の無駄遣いにもほどがある」
「その程度の数字も読めないのに企画職にいるの? 驚いたな。会社の採用基準って随分ぬるいんだね」
彼に指摘された相手は、例外なく顔色を失う。
怒鳴るわけではない。声を荒げもしない。むしろ終始、穏やかですらある。
だからこそ厄介なのだ。冷え切った刃物のような言葉が、じわじわと相手の自尊心を切り裂いていく。
しかも、相手が女性だろうが上司だろうが取引先だろうが、お構いなしに容赦がなかった。
「そんな安い靴でよく外を歩けるね。アスファルトが可哀想だ。私の半径三メートル以内には近寄らないでくれる?」
入社三日目の後輩にそう言い放ったときは、さすがに周囲も凍りついていた。ちなみにその後輩はトイレで泣いた。当然である。
彼の甘い顔に騙され、告白して玉砕した女性社員も数知れない。しかも瀬良は、ただ断るだけでは終わらない。
「君、自分の顔を鏡で見たことある?」
「なぜ私が君を好きになると思ったの?」
「自己評価が高すぎる人って、時々ホラーだよね」
そんな言葉で、人格ごと粉々に叩き潰す。
結果、泣きながら退職した派遣社員までいるという噂を聞いたときは、さすがに人としてどうなんだと呆れ果てた。
けれど本人は、悪びれる様子など微塵もない。
彼にとって他人とは、自分を引き立てる背景か、足元に敷くための台座でしかないのだ。
……本当に、顔だけは国宝級なのに。




