訓練開始
丘の上に四つの小隊が整列し、その背後に戦車と自走砲が並んでいる。
いくつもの目が、自分たちの隊長を値踏みするように向けられる。
カリウスの第一小隊は、ライカンと、造命種からなる強襲歩兵。
レオンの第二小隊は、人間種族からなる、オーソドックスな歩兵小隊。
ガストンの第三小隊は、ドワーフたち熟練の工兵部隊。
マルクの第四小隊は、重武装のオークたちで構成された砲兵。
歩兵中隊としては、異様に火力の充実した陣容だ。
カリウスは、一歩前に出た。
中隊長として、初めて全員の前に立つ。
「――静粛に」
その声は大きくはない。
だが、四小隊のざわめきがすっと消えた。
「ファフニール隊の任務を伝える。これより我々は、アルデナの森に向かう。そして帝国軍が現われた場合、これに対し遅滞戦闘を行う」
どこか落ち着きのなかった兵士たちの動きが、一瞬だけ止まった。
レオンは腕を組み、ガストンはあごヒゲをなで、マルクは無言で頷いた。
「皆に伝えておく。遅滞戦闘とは、敵を倒す戦いではない。敵に〝戦闘準備〟を何度も強制し、進軍速度を奪い続ける戦いだ」
縦に立てた掌に、横から拳をぶつけるようにして示した。
さながら、帝国軍という鉄拳を受け止めるように。
「帝国軍が前進するたびに、我々はそれを妨害する。
倒木、地雷、狙撃、火力の投射……手段は何でもいい。重要なのは――」
カリウスは顔を上げ、全員を見渡した。
「――生き残り続けることだ。撃って、逃げる。その繰り返しだ。
敵を倒す必要はない。奪うのは命ではなく〝時間〟だ。それが本作戦の骨子だ」
カリウスが説明を終えると、すっかり兵士たちの表情が引き締まっていた。
というより、どこか安心したようにすら見えた。
自分たちの指揮官は有能だ。
その確信が、彼らの心を落ち着かせていた。
「これより、遅滞戦闘の連携訓練を行う。各小隊、指示通り配置につけ!」
号令と同時に、丘の上が一気に動き出した。
第二小隊がまず斜面へ散開する。
軽機関銃班が先頭に出て、二脚を開いて伏せ、射界を確保した。
装填手が素早く二十発入りの箱型マガジンを差し込み、予備弾倉を射手の左側に並べる。弾薬手は弾薬箱の蓋を開け、射手の肘が動きやすい位置に置いた。
「稜線の裏側に伏せろ! 射界は仲間と並行にとるんじゃないぞ。火線は重ねろ」
レオンの短い指示に、ライフル兵たちがメートル間隔で散開し、稜線の裏に腹ばいになって射撃姿勢を整える。
ボルトアクションの木銃床が、朝露の残る草を押し倒した。
一方、第一小隊の狼獣人たちは、まるで霧が流れるように静かに動いた。
パワーアーマーの青い装甲が朝の光を反射し、傷跡がその上を走る。
「ガルム、スカー。敵歩兵の接近を想定して側面を押さえろ」
「了解だ、中隊長」
ガルムとスカーはブレードスタッフを肩に担ぎ、人間の射線が届かない斜面の死角へ滑り込むように移動した。
その動きは、訓練された兵士というより、獲物を狩る獣に近い。
こうして、第二小隊の火力線と第一小隊の側面警戒が、ひとつの戦線として形を成していく。
「ステラ。シャッフェンは選抜射手を分隊に混ぜて敵の機銃と将校を狙え」
「了解。」
ライフル兵たちは、実弾の代わりに口で銃声を作った。
伏せた姿勢のまま、銃口を前に向けて、「バン! バン!」と短く鋭く叫ぶ。
一見すれば間抜けな光景だ。
だが、これは実弾を使えない訓練では昔から行われてきた正式な手順で、射撃のタイミング、射界の維持、分隊内のリズムを合わせるための重要な練習だった。
カリウスたちが練成を行っているのは兵営のすぐ近くだ。
こんなところで実弾を使うわけにはいかない。
兵士たちは声を張り上げながらも、射撃姿勢、照準の角度、散開間隔を崩さない。
その規律の高さが、逆に本物らしさを思わせた。
ライフル兵たちが「バン! バン!」と声を張り上げて射撃を再現する横で、軽機関銃班も負けじと声を出していた。
射手が伏せた姿勢のまま銃口を前に向け、腹の底から叫ぶ。
「バンバンバンバン!!」
装填手と弾薬手も横で声を合わせる。
だが、二十発分を叫び続けるのは意外と体力を使う。
次第に息が上がってしまい――
「バン……バリ……バリバリ……」
と、妙に間延びした音になり、周囲からクスクスと笑いが漏れた。
「おい、笑うな! 恥ずかしがらずに続けろ!」
カリウスが鋭く檄を飛ばす。
だが、その声にはどこか懐かしさが滲んでいた。
――動作訓練。
――シミュレーション訓練。
前世で、彼が狩生という自衛官だった頃。
銃の取り扱いを覚える基礎訓練で、同じように声で銃声を作っていた。
笑いでもしようものなら「恥ずかしがるな、声を出せ!」と助教や班長に怒鳴られたものだ。
兵士たちのどこか間抜けにも見える掛け声を聞きながら、カリウスはふと、あの頃の汗と土の匂いを思い出した。
あの頃は、ただ必死に声を出していた。
まさか自分が〝教える側〟になる日が来るとは思わなかった。
カリウスの指揮ぶりを見て、レオンは胸の内で小さく息を吐く。
(……あいつ、数日前まで大学生だったよな?)
大学時代、同じ部屋で暮らしていた頃のカリウスは、どちらかといえば静かで、必要以上に前へ出るタイプではなかった。
だが今、目の前にいるのは――
まるで何年も前線で部隊を率いてきた将校のような男だ。
(俺だって軍人家系だが……あそこまで将校として振る舞える自信はないぞ)
尊敬と呆れが同時に胸に湧き上がる。
だが、それは不快なものではなく、むしろ頼もしさに近かった。
(……まぁ、机上演習の時のあいつならやりかねんな)
レオンはそう思い直し、再び部隊の動きへ視線を戻した。
「――軽機関銃班、二マガジン撃ち終えたと仮定する。後退開始!」
カリウスの声が丘の上に鋭く響くと、第二小隊の軽機関銃班が即座に反応した。
射手は銃口を下げ、装填手が素早く二脚を畳むのを手伝う。弾薬手が弾薬箱を抱え、三人が一体となって後方へ滑るように移動した。
「第一分隊、援護射撃! 撃ち続けろ、敵を見ようと思って頭を出すなよ!」
レオンの号令と同時に、ライフルマンの「バン! バン!」という掛け声が続く。
彼らは間隔を保ち、射界が重ならないように微調整しながら撃ち続けた。
その間に、軽機関銃班は後方の新しい射撃位置へと移動する。
だが、稜線の上は決して通らない。
空にシルエットが浮かべば、敵の格好の標的になるからだ。
「煙幕、投射!」
ガストンが訓練用の煙幕グレネードを抜き、丘の斜面へ放り投げた。
続いて、オークたちの迫撃砲が煙幕を展開する。
白い煙が風に流され、ゆっくりと広がっていった。
「風は左からだ! 煙の下を使え、上に出るな!」
カリウスの指示に、兵士たちは即座に反応した。
煙が風に押されて右へ流れるのを見て、彼らは風下の煙の厚い側を選んで移動する。稜線の裏を這うように、姿勢を低く保ったまま腰を曲げて走る。
歩兵分隊が移動したのを確認して、ガルムが手を振った。
シャッフェン、そしてライカンたちは、手信号だけでスムーズに配置転換を終える。さすが古参兵といったところだ。
誰一人として、丘の頂点を踏もうとしない。軽機関銃班が新しい位置に着くと、射手が二脚を開き、装填手が空っぽのマガジンを別の空マガジンと交換する。
「軽機関銃、射撃準備完了!」
「よし――第一分隊、後退開始!」
今度は第一分隊が後退に移る。第二分隊が援護射撃を引き継ぎ、支援する。
兵士たちは、まるで歯車が噛み合うように動く。
ただ、訓練された軍隊として淡々と、確実に後退していく。
その様子を見て、カリウスは小さく頷いた。
「――いい動きだ。これなら、帝国軍の前進を止められる」




