ファフニール隊、集合! (2)
丘を登ると、ゆっくりと一列になった人影が見えてくる。
兵営を見下ろす丘陵に、四つの小隊が横一列に並んでいた。
朝の冷気がまだ残り、兵士たちの吐く白い息がゆっくりと空へ溶けていく。
左端に位置するのは、カリウス率いる第一小隊。
だが、その隊列は他の小隊と比べて明らかに薄い。
定数五十名のはずが、並んでいるのは二十名にも満たない。
人間の偵察兵メリナ、ガルムとスカー、そして狼獣人十名。
それだけだ。
彼らはエマールから共に撤退し、そのままカリウスの元に集った者たちだ。
着込んでいるパワーアーマーは修繕されているが、ほぼそのまま。
銃弾の跡がへこみとなって装甲の各所に残り、大小さまざまの擦過傷や端の欠けが、エマールの戦闘の激しさを物語っている。
武装もまた異様だった。
帝国から鹵獲した機関銃を抱える者もいれば、中世の遺風を残した大剣や、薙刀を思わせるブレードスタッフを携える者もいる。
近代兵器と古めかしい白兵武器が混在するその姿は、中世の傭兵隊がタイムスリップしたかのようだ。
狼獣人たちは無言で隊伍を組み、列をなす。
呼吸は静かだが、どこか獣めいた獰猛さを忍ばせている。
第一小隊の右隣には、レオン率いる第二小隊が整然と並ぶ。
人間だけで構成された隊列は、しっかりと人員、装備が整っている。
定員割れの第一小隊の隣りにいると、その差がより際立った。
第一小隊が食パン一枚なら、こちらはそのまま一斤といった風だ。
その横には、第三小隊――ドワーフ工兵隊。
彼らは丘の上に据え付けられたようにどっしりと動かずにいる。
ツルハシや爆薬筒を抱えた姿は、まるで丘の中から生えてきたようだった。
一番左には、第四小隊――オークの重火力支援隊だ。
分厚い亀鎧が朝日に鈍く光り、20mm自動砲と迫撃砲が整然と並ぶ。
その姿は、丘の上に大砲の壁が築かれたかのようだった。
四つの小隊が横一列に並ぶと、丘はまるで巨大な砦のように見えた。
その背後には、重戦車ティーゲル号が静かにエンジンを唸らせ、さらに標準型戦車と対戦車自走砲が八両、砲塔を後方へ向けた姿勢で並んでいる。
だが、第一小隊だけ、どうも頼りない。
数は少ない。
装備はバラバラ。
いざ白兵戦闘となれば、他の三つの小隊を圧倒するのは間違いない。
だが、いかんせん数が少なすぎる。
中隊全体を見渡しながら、カリウスは隣に立つレオンへ声をかけた。
「……やはり、第一小隊だけが心もとないな」
「まあ、見りゃ分かるよ。……もうちょっと何とかならなかったのか?」
レオンは腕を組み、第一小隊の列を見て苦笑した。
レオン・ブラントは、カリウスの大学時代のルームメイトだ。
史学科で同じ講義を受け、同じ部屋で夜通しレポートを書いた仲だ。
開戦の前日は、こうして同じ中隊で肩を並べるとは思わなかった。
「俺もそう思うよ」
「ところで、お前が持っていった俺の自転車なんだけど――」
「自走砲の工作で手が離せなかったし、それに、俺がナイトメアだってのもある。
志願者が集まるわけがない」
「うん。それはわかる。でも、自転車の件は誤魔化さないで?」
「すまない。彼はエマールと共に……」
「マジか……」
レオンは二重の意味でため息をつき、第一小隊の列を見やった。
そこに並ぶのは、偵察兵メリナ、ガルム、スカー、そして狼獣人十名。
定数五十名の小隊としては、あまりにも寂しい人数だ。
しかし、負け戦の後でも彼らの士気は高かった。
やる気だけはどの隊にも負けていない。
避難民を救ったという自信が、彼らの士気を旺盛なものにしていた。
が、ガルムたちは遠距離戦闘の能力がまるっきり欠けている。
襲撃拳銃はあくまでも突撃時の牽制用。
アルデナの森で想定される戦闘の形は、川や谷を挟んでの撃ち合い。
帝国の歩兵小隊は、機関銃や軽迫撃砲を持っている。
どう考えたって分が悪い。
「あ、アデーレちゃんはどうなんだ? 彼女なら――」
「妹は無理だよ。俺以上に人見知りなんだから」
「英雄スタインドルフの娘でもか?」
「むしろ、そのせいで余計にだ」
レオンは「ああ……」と納得したように頷いた。
アデーレの気質を知る者なら、誰もが同じ反応をするだろう。
「そもそも彼女はまだ16歳だ。友達を遊びに誘うのとはわけが違う」
「おい、ふざけんなよ。妹をなんだと思ってるんだ。
そこまでわかってんなら、お前がやるべきだったんじゃないか?」
「……そうだな。」
「シャルロッテ教授に軍略を教えてもらったんだろ?
教授はなんかこういう時の……うまい方法教えてくれなかったわけ?」
「ある。でも、教授の方法は、あまりにも人の心がなさすぎてやりたくなかった」
「あー……例えば? 酒を飲ませて酔っ払わせるとか?」
「まず、何かに怒っている人間を探す。そうしたら、そいつの言い分を言い換えて、オウム返しに繰り返すと、勝手に懐いてくるからそれで完了」
「え、なんでそうなるの?」
「怒りっぽい人間は、大抵人に話を聞いてもらえない。そいつの価値観が他人とかけ離れてるからだ。だから本人の言葉が一番効く」
「ないわー」
「だろ?」
「てか、お前良く教授についていけたな」
「これだけじゃないぞ。もっと効率良くやるなら、同郷者の集まりとか、親しい集団の中で人気者を探して、そいつを起点に勧誘を連鎖させるとか……」
「マジで怖いな教授」
「やってるこっちの心が辛くなるんだよなぁ」
そのときだった。
丘の下から、複数の影がゆっくりと上ってくるのが見えた。
朝の光を背に受け、白い靄の中から浮かび上がるように近づいてくる。
レオンが目を細める。
「……おい、あれは?」
カリウスも視線を向けた。
その歩き方は、兵士のそれにしては静かすぎた。
足並みは揃っているのに、土を踏む音がほとんどしない。
まるで、影そのものが歩いてくるような――
丘の上にいた兵士たちが、ざわりと小さくざわめいた。
そして、白い髪と陶器のような肌が朝日に照らされた。




