黄色い嵐
1936年 4月22日 22:25
メース川鉄橋、その西岸にたどり着いたカリウスは、無線を手にとり、各所に指示を飛ばしていた。
「ティーゲル号のところまで燃料車を持ってきてくれ、ありったけ、大至急だ」
『それはいいですが、燃料補給なら一両だけで十分では……何に使うんです?』
「帝国を食い止めるのに必要なんだ。頼む」
カリウスの指示は、燃料車を集めろというものだった。
すでにティーゲルの周りには、3両の燃料車が集まっている。
しかし、これらの車両はベリエのものではなく、フランクのものだった。
「フリン、ノズルを見てくれ。使えそうか?」
「駄目だよ兄ちゃん。フランクのノズルじゃ規格が合わない」
「やっぱりか。ノズルを調整しよう。たしかアダプターが砲塔の行李にあったはず」
「いま確認してみます」
アデーレは砲塔の後ろについた行李の上蓋を開け、中を探る。行李はティーゲルの砲口カバーや養生シートのほか、日用品や予備の工具が入っていた。
「兄さん、ありました! 燃料ノズルです!」
「よし、ノッチを切って交換してくれ。作業が終わり次第、ホースをティーゲルのエーテル機関に接続するんだ。フリン、わかってると思うけど、エンジンだけじゃなくて、モーターの電源もちゃんと殺すんだぞ」
「わかったよ、兄ちゃん!」
「頼んだ。僕は燃料車を誘導してくる」
カリウスは灰色のタンクを積んだ燃料車の後ろに立って、手を振って駐車位置を教えた。運転席のドアを開け、振り返りつつハンドルを取っていたフランクの兵士は、カリウスに対して訝しげな表情を見せていた。
「おたく、エーテル機関を使って発電でもするのか?」
「まぁ、似たようなもんかな」
「ベアトリス大佐の許可が降りてっから、俺の知ったこっちゃねぇけどよ……。まさか全部使うんじゃねぇだろうな?」
「燃料がなくなり、そちらの車両が動かせなくなるという心配はもっともだ。ただ、鉄橋を守れなければ同じことになる」
「小難しい理屈で煙に巻かれてもね。まぁ好きにしてくれ」
「そうさせてもらうよ。ありがとう」
燃料車をその場に止めさせると、カリウスは、車両のサイドパネルからカタツムリのように丸められたホースを取り出した。
「ひえ、重いなっ……!」
ホースを地面に下ろして広げる。丸まった状態で燃料を通すと、ホースが暴れて触れるものみな傷つけるからだ。
ホースのねじれを直し、息を整える間もなく次の資材へ視線を向ける。
「くっ……やることが……やることが多い……!」
静電気対策、ポンプの圧力と気泡の確認、各接合部の点検。
化学的に安定しているとはいえ、エーテル燃料の取り扱いは色々と難しい。
これから待ち受ける作業の量に、カリウスは一種のめまいを感じていた。
「……ん?」
パンクしそうな頭を夜風で冷ましていた彼は、ふと違和感を覚えた。
対岸――メース川の東側、丘陵で黄色い花吹雪が踊っている。
たしかに風は吹いているが、花吹雪が舞い踊るほど強い風ではない。
カリウスは首にかけたままの双眼鏡をとり、レンズをそちらに向ける。
「……えっ!?」
双眼鏡を覗き込んだカリウスは、おもわず声をあげた。
花吹雪の上に何人かの人が乗っている。
それだけでも十分異常だが、先頭に乗っている人物がさらに問題だった。
印象的な赤髪に、そこから出る二対の角。
青ざめたような肌の色。
それらの特徴を持つ種族は、この世界に一種類しか存在しない。
「あれは……ナイトメア? なんで帝国がナイトメアを?」
魔王の末裔であるナイトメアは、煤人としてヨーロッパ全土で差別されている。比較的他種族を受容するベリエや連盟でもそうなのだ。
普通ならば、帝国がナイトメアを兵士として使うはずがない。
叛乱のリスクを考えれば、被差別民に武器を与えるなど正気の沙汰ではないからだ。
(――ということは、普通ではない。まさか、僕と同じ魔術師?)
帝国が被差別民を前線に送る理由――それは差別意識を打ち消すほどの「力」を持っているからではないか?
カリウスの額に嫌な汗が浮かんだ。
「警報! 対岸に敵だ!」
カリウスは周囲に敵襲を報せながらティーゲル号に戻った。
燃料者のホースをつなげ終わっていたフリンも、慌ててドライバー用のハッチから車内に戻った。
「兄さん! 敵襲ですか!?」
「うん。でも様子がおかしい。襲撃をしかけてきたのはナイトメアの魔術師だ」
「魔術師……ですか?」
「僕の見間違いじゃなければ、敵は花吹雪に乗ってやってきてる。まるで絵本の中から飛び出てきたみたいだ」
「えぇぇぇぇぇ……?」
「フリン、エンジンを回せ。モーターに電気を送らないと砲塔が回せない」
「うん、わかった!」
ティーゲルが再起動している間、フランクの騎兵砲部隊もそれに気づいた。
カリウスの発した警報を聞き、川に沿って砲列を敷いていた22門の|75mm砲《QF-15 pdr MKII》のうち、鉄橋の近くに布陣していた部隊が動き出す。
双眼鏡を下ろしたセントールの下士官は、信じられないものを見たという表情をしていた。
「なんだありゃ?」
「花吹雪に乗ったナイトメアと……鉄人形か? あんなの見たこと無いぞ」
「軍曹、なんですあれ?」
「俺が知るか! とにかく撃つんだよ!」
下士官が檄を飛ばしたことで、ようやく砲に取り付いていた要員が動き出した。
「対人用の榴弾で良いんですかね?」
「花吹雪を生き物といっていいのかわからんが……爆発は効くだろ」
半信半疑と言った様子で砲弾が薬室に放り込まれる。
何度も繰り返したはずの操作なのに、今夜だけはぎこちなかった。
「距離900、偏差をつけて撃て。かなり速いぞ」
「時速100キロは出てますよ。まるでグリフォンだ」
「こりゃ当たりっこない」
「いいから撃て!」
下士官がどやしつけると、砲のレバーが引かれた。
騎兵砲が閃光を放ち、放たれた砲弾が山なりに丘陵に向かって飛んでいくが――
「外れた!」「早すぎる!」
砲弾は黄色い花吹雪のはるか後方に落ちた。
それもそのはず。
75mmの短砲身から放たれる砲弾は、毎秒400mほどの低速で進む。
900メートルの距離なら、およそ2秒。時速100km/hの速度で進む目標が相手となると、その進行方向の50mから60m先を狙わねばならない。
これほど極端な偏差を正確に取るのは、ほぼ不可能といって良いだろう。
「クソッ、もう一発だ!」
「榴弾、装填しました」
「次は適当に手前に落とせ。敵の進行方向を塞ぐんだ」
< パウッ!! >
二発目は指示通り目標の手前に落ちた。友軍の砲も彼らと同じく直撃を諦めたらしく、でたらめに落ちて火網を形成する。
すると、黄色い花吹雪は渦を巻いて向きを変え天に登っていった。
「あっ、逃げた?」
「追い払えたのか……」
彼らは上空を旋回する黄色い花吹雪を目で追う。
しかし、その下では帝国の実験小隊――愛国連隊の造命種が丘の窪みに姿を隠しながら、例の兵器の調整を行っていた。
パワーアーマーに身を包んだ兵士が、丘にコンテナを並べる。
「1番から5番、コンテナを展開。レールを伸長せよ」
ノインが短く指示すると、5名の造命種が甲冑を鳴らして地面にコンテナを展開し始めた。
まず、コンテナの背面に付属した脚を広げ、ペグを打って地面に斜めに固定する。続いてコンテナの上蓋を開き、中のレールを手で引っ張って伸長する。
すべての作業が終わると、地面に置かれたコンテナからは、角のようなレールが夜闇に向かって伸びていた。
「コンテナを固定、レール伸長。〝噴霧器〟の展開を完了しました」
「よし、角度60。方位4800、真西に向かって射撃開始だ」
指示を受け、5人は発射機の根本に電気着火装置のコードを接続した。
「発射3秒前……2秒前……1秒前……今。発射!」
発射機のレバーを握り込むと、静寂の中、カチリという音がした。
刹那――
< ヴワァァァァァァン!!! >
この世のものとは思えない唸りを上げ、いくつもの流星が空を舞った。
愛国連隊 VS ファフニール隊
ようやくだぁ…
しかも前線に燃料車を置いてる最悪のタイミングで来ちゃった…




